6 解放の信徒
「駄目だな。多すぎる。引き返そう」
チームリーダーはそう判断した。
他のメンツにも異論はない。不満がありそうなのはフェイだけだった。
俺たちは他のパーティーと組んで、合計九人で探索に出ていた。その過程で魔物の群れを発見した。
異界から流れ込むエネルギーと、この世界の物質が融合して生まれる魔物。
豚と融合したオーク。
猿と融合したゴブリン。
犬と融合したバーゲスト。
鳥と融合したハーピー。
ニワトリと蛇と三種融合したコカトリス。
死体と融合したゾンビ。
それ以外にも大量の魔物が崖下に蠢いている。その数100は下らないだろう。
この物量、近くに「扉」が開いているとみるべきか。
自分たちの手には負えないので引き返して応援を要請する。チームリーダーの判断に反対する気はない。
「勝てそうに思える時ほど、予想外のことが起こったりするものなのだよ」
不満気なフェイの様子を見て取って、仲裁に乗り出してくれた人がいる。他パーティーの聖騎士。中庸の神の聖騎士が、口髭を揺らし、穏やかにフェイを諭す。
「まして、今回は自分たちだけでなく、よそのパーティーの命も預かっている身ですからな。慎重に慎重を期したいというリーダーの気持ちも分かってあげてくれ」
フェイは表面上事を荒立てることなく納得した様子を見せたが、
「いけるのに」
俺の前でぼそっと本音を漏らした。
フェイは自分の予測にずいぶんと自信をもっているようだ。確か万能神の権能にも予言があった。
万能神マイティ 司るものは 永遠 創造 未来 矛盾 崩壊 ……だったか。
だからか、万能神の加護には予測能力が高くなるものもある。
「お前の計算は正しいと思うよ」
俺が賛同すると、フェイが「だろ~」という顔で返事をする。
「だが、前提が間違ってるな、それは」
フェイの見立てではあの数の魔物でも、俺たち全員でかかれば倒せるとのことだ。だが、それにはフェイの見立てを信じ、今回のパーティメンバー九人全員が、最後まで死力を尽くし諦めず最後まで戦う必要がある。
正直そんな前提は崩壊している。
年若く経験の薄いフェイの予測に、他の聖騎士が命を懸けて最後まで戦ってくれるはずがない。
「……そっか、三人だけか。そういうことか……、じゃあ無理だな」
フェイはすっきりとした顔で自説を捨てた。よかったよかった。
一方、しれっと頭数に入れられているフランは、勝手に入れるなと言いたげな顔をしていた。
口にすれば、フェイはあっさりフランを抜かすだろう。
それはそれで不満なので口にはしないでいる様子だ。
近頃邪神の使徒たちが、頻繁に「扉」を開いて回っている。
ギルドは危機意識を高め、俺たち見習いだけで任務を受けることを禁止した。
それで俺たちは他パーティーと合同での任務を余儀なくされている。
フェイはこの状況に不満そうだ。
一見、軽妙に見えるが、その実、対人スキルが低い。
フランの方がまだましだ。
フランは一見、取っつきにくそうに見えるが、必要なかかわりは、わりときちんとこなす。
心を開くとなると、また別だが。
そんな風にフェイをなだめつつ任務をこなす。
次の任務は遺跡調査隊の護衛。
邪神の使徒たちは、遺跡のある場所に「扉」を開ていくケースが多い。
そのため調査隊を派遣して、遺跡でなくてはいけない理由があるのか、それを調べることとなった。
邪神の使徒と遭遇する可能性の高い、危険な任務。危機意識を高めているのに、そんな任務に見習いを帯同するのかと思うが、そうでもないらしい。
それは一度「扉」が開かれ、ギルドの手で閉じられた場所。
すでに用は済み、敵対勢力に目を付けられている場所。
そんな場所にはさすがに使徒もやってこないだろう。
さらに、俺たちのパーティーも含め、30人近い聖騎士が護衛部隊として動員されている。
君たちは雑用だけしていれば報酬を貰える、おいしい任務だぞと言われ、フェイはやはり顔をしかめていた。
遺跡の一室。俺たちは、一人残って調査したいという調査員に付いて、他のメンバーとは離れていた。
といっても近辺の魔物は見つけ次第排除済み。先の部屋には先行した調査員と六人もの聖騎士がいる。
さらに、こちらにも先達騎士がお目付けとして付いている。
調査員は聖騎士ではない。
学問系の神としては知の神アダムカドモンがいるが、この神、加護を授けることがめったにない神で、なんと世界で一人か二人ぐらいしか加護を授かった人間は現存していないらしい。
調査員はマニピ女史。考古学の講師をしていた中年の女性で、後頭部でくせ毛を雑に束ねている。
というか、知り合いだ。訓練施設で座学の講師をしていた。
俺たちの卒業の一年前に暗黒大陸に渡り、念願の実地調査の仕事に付いていた。
「ここはかつて、暗黒大陸の中心地から逃げてきた人々により築かれた様式の建物だと考えられます」
調査ついでに講義調に語りが入る。
昔の生徒たちを前にして記憶が蘇ったのか。
「何から逃げてきたの」
マニピの講義にフランは乗り気で、フェイは興味なさげだ。
「いろいろでしょうね。魔物・邪神の信徒・限りある資源争い・『扉』そのもの……。そもそもこの辺り、大陸南沿岸部付近は原住民にとって逃げ込む場所だったと……」
「ちょっと、講義ばかりしてないで、調査の方も進めておくれよ」
熱中しかけたマニピ女史に釘を刺したのは、お目付け役として俺たちと行動を共にする聖騎士。
フランと同じ大地母神の加護を受けた中年の女性。ウイメ正騎士だ。
ドワーフじみた体型だが、れっきとした人。
ベテランの聖騎士で、この遺跡に住んでいた「古代人」も使っていた、古代語魔法を武器に纏わらせる魔法剣の使い手。
「こんな時に調査なんてよ。そんな時かね」
フェイが不満を漏らす。
フェイの不満も分からないではない。
この暗黒大陸で任務をこなし始めてから3ヵ月余り。従来であれば、見習いから従騎士級に昇格していてもおかしくない時期だ。
それが情勢不穏のため、昇格に必要な任務数をこなせていない。
俺もそこまで上昇志向があるわけではないが、いつまでも見習いのままというのは面白くない。
「古代のエルダーヒューマンは二万年ほど前に絶滅が確認された種族で。我々現生人類と肉体組成そのものが違っていたとされています。
この建物のように、高所に物を配置する構造になっているので、背中に羽が生えていたという説もあります。我々では届かないような高所にも、ちょっと空を駆けられるからいいという具合に……。ドアが高い位置にあるのも……」
フェイの不満に答えて、マニピ女史は再び講義を始めた。
「『古代人』と我々の常識はあまりに違う。それは『扉』についても。古代人は我々の知らない『扉』の開きやすい場所や条件を知っていたかもしれないね」
「それじゃあ、先生。邪教徒どもはそれを調べるために、この辺に来てると?」
むかしの呼び方をする俺の質問に、マニピ女史は人差し指を立てた。
「あくまでひとつの仮説にすぎませんけどね。それを調べるためにわざわざ護衛チームを作ってまで遺跡に来たんですからね。フェイ君、他に何か質問はありますか?」
「……ねえっす」
完全に教師と生徒のやり取り。
ウイメさんからは、
「護衛対象に絡んでないで、しっかり見張りをやんな」
と小突かれている。
マニピ女史は講義しながらも、調査を続いていた。器用だな。
フランは警護そっちのけで聞き入っている。
それを見ると、うちらのパーティが見習いから昇格できないのも、しょうがないのかもなどと思えてきた。
「では、先行隊に向かいましょう」
ようやくこの部屋の調査を終えたらしいマニピ女史の号令の元、俺たちは先を行った仲間の元へ向かう。
その足が、ピタリと止まる。
ウイメさんが戦闘態勢を取り、遅れて俺たち三人が武器を構える。
「え? え?」
混乱するマニピ女史をかばう様に、ウイメさんがマニピ女史の手を掴み下がらせる。
血の匂いだ。
先行隊の向かった通路の先から、鼻を突く嫌な異臭が漂ってきている。
警戒する俺たちの耳に足跡が響く。
足を引きずりながら俺たちの前に現れたのは、調査員の一人だった。
体のあちこちに齧られたような跡を付け、血にまみれている。
「せ、聖騎士さんたちが……」
息も絶え絶えに言葉を発する。
まさか聖騎士にやられたというわけではないだろう。
一瞬よぎった余計な考えを余所にやり、俺は調査員を抱きかかえ後ろに下がろうとする。
その後ろから、小さな塊が飛びかかってきた。
フェイが前に出て叩き落す。
それは羽の生えた魚だった。
えらが発達したような羽を振動させ、宙を飛ぶサカナ。
その口の中には異常に尖った牙が立ち並んでいる。
魔物だ。
「扉」から来る異界のエネルギーと魚が融合して魔物になったのだ。
しかし、どこから?
この辺りに魚の住んでいそうな水場はなかったはずだが。よっぽど遠くから迷い込んで来たのか?
サカナは次々と宙を舞い、襲い掛かってくる。その数は十や二十ではきかない。
フェイが手当たり次第に叩き落しているが、とても手が足りない。
俺は「法の盾」を重傷の調査員の前に展開。5分の4はすり抜けてくるが、全身鎧で弾く。
全身鎧の俺はともかく、軽装のフェイはフランははたき切れず、あちこちに噛み傷を作っている。
「どきな!」
ウイメさんが網の付いたボーラを投げる。
網に絡めとられたサカナたちは、ピタリと動きを止め無抵抗に地面に落ちた。
古代語魔法「麻痺」を網にかけて投げたのか。
少しでも網に触れたサカナは、魔法の効果で麻痺し動けなくなる。
しかし、
「きりがないねえ」
3つ目のボーラを投げたウイメさんがぼやく。
サカナたちは、尽きることなくどんどん通路の先からやってきている。
「ここはアタシが止めておくから、アンタたちは護衛対象を連れて逃げな!」
その指示にフェイなんかは躊躇を見せたが、俺とフランがマニピ女史ともう1人の調査員を連れて退き出すと、黙って付いてきた。
「公平なる我が神よ……『公平な傷』」
傷だらけの調査員を回復させる。
調査員の傷が縮み、その分のダメージが他に行く。
調査員の服が傷み、支えている俺の鎧にも傷が走る。
髪、帽子、靴、ベルト、そして床。
何千もの対象に公平に分配されて、調査員の傷はほとんど見えないほどに小さくなった。
回復技はどんな神の加護でも共通して使える神技だ。
ただ神ごとにその中身は違う。
公平の神の回復技は傷やダメージを公平に他のものに分配するというものだ。
例えばフェイに俺の傷を半分肩代わりしてもらう、といった具合だ。
それを何千、何万分の一にまで公平に分配すれば、ほぼ傷は消えてしまうといっていい。
ただ、扱いが結構面倒で、フィードバックが返ってくることがある。
傷を半分肩代わりしてもらったが、代わりにそいつの病気を半分引き受けてしまうと。石に傷を半分押し付けたが、それが二つに割れた石だったので、自分の体が半分裂けたとか、そんな笑えない実話がある。
だから使うときは、傷ついてもいいものを、できるだけ多くのものを、自分の身近にあるものを、それらを無意識で判別・認識して行うこと。
それができるようにまで訓練させられた。
一息ついた調査員に、何があったのか事情を聴けるかと様子を伺っていると、フランから警戒の声が飛んできた。
サカナだ。
逃げる先にも、あのサカナが多数蠢いている。
「まかせて」
今ならまだ距離がある。
フランは火弾の魔法で、まとめて焼き払わんとする。
人の上半身ほどもある熱の塊が、サカナたちに向かい、
「解放を司る我が神よ……『解放』」
急にコントロールを失い、明後日の方角に飛んでいった。
「ヒィィィ!!!」
耳元で甲高い叫びが爆発する。
顔をしかめつつも、声元である調査員を見る。その視線は一点を指していた。
「あ、あの男です。あいつが魔物を、みんなを……」
視線の先には、遺跡の天井の穴から舞い降りる貫頭衣の男。
こちらを値踏みするような眼差しで見据えている。
調査員を襲ったのはあいつか。
あの、邪神の使徒か。
「マニピさん。逃げてください!」
俺が叫び、もう一人の調査員を彼女に託す。
フェイが前に飛び出す。
まず護衛対象を逃がさないと。
「え……あ……」
「急いで!」
マニピ女史が調査員の男を抱え、俺の言葉に従う。
フェイはサカナの群れをかわすため、壁を走って男に向かう。加護により強化された聖騎士の肉体にフェイの俊敏さが合わさり、なせる動き。
フランも呪文の詠唱に入った。
フェイが壁を走りながら、鉤爪剣を抜き放つ。
その時、男が動いた。
「解放!」
先ほどと同じ、邪神の神技。
やはりさっきのもこの男の仕業か。
さっきは何が起こった?
火弾がおかしな方向に飛んでいったはずだが、今度は何を?
フェイがおかしな方向に飛ばされるのか?
その瞬間、俺の体から力が抜けた。
重い。
全身鎧の重量を支えていられない。意思に反して膝が地面を突く。
これは――――何が起こった?
フェイが急にバランスを崩し、落下。地面に激突している。
抜き身の武器をもっていたが、大丈夫かあいつ?
見るとフェイの鉤爪剣は少し離れた場所に落ちている。
落下する途中に咄嗟に投げ捨てたのか。
「――――アレ? ……アレ?」
後ろではフランが魔法を撃てなくなっており、混乱している。
なんとか魔法を出そうとしばらく唸っていたフランだが、ついに火弾の魔法が杖の先より現出する。
途中でコントロールを失いあらぬ方に飛んでいった先ほどとは違い、今度は最初からコントロールが効かず、きりもみ回転をしながらあらぬ方向に飛んでいった。
「――なんで」
再度呪文を唱えようとするが、
「あ、あれ?」
ふらつき倒れ込みそうになる。杖を支えに、なんとか倒れこむのを回避した。
そうか!
今のは魔法により、一度に大量に精神を消費した人間の症状。
大地母神の加護により、通常の10分の1の魔力消費で魔法が使えるフランがそうなるってことは……、神の加護がなくなっているってことだ。
加護で上昇していた身体能力が急に元にもどったので、フェイは途中でバランスを崩し、俺は鎧を支えられなくなった。
加護さえなれば平気だからと、かなり重くて頑丈な鎧を選んだからな。まさかこんなことになるとは想像していなかった。
つまりそれは……先ほど邪神の使徒が使った「解放」とかいう神技。あれで神の加護を消されたということ。
これはまずすぎる、な。
ステータス
ウイメ
腕力 25(+7)
器用 21(+6)
知力 9(+2)
敏捷 22(+5)
生命 37(+16)
精神 34(+14)
技能 パラディン(マザーグース)4 ファイター 5 古代語魔法 5(+3)




