5 失効の神恵
「何をしているんだ?」
人垣をかき分け出てきた俺を、周りは訝しげに眺める。
こんなこともあろうかと、出かけるときに聖騎士章を携帯してきた。それを取り出して肩のあたりに付けてある。
それを見て周りは俺の素性を察する。
「何をしにきやがった!」
中でも一番ジェイクに噛みついていた青年がこっちにも牙を向けてきた。
「何をしに? それはさっき言った。何をしているのか聞きに来たんだ」
俺は毅然として再度、告げる。
まったくひるまないこちらに圧されたか、向こうは逆にひるんだ様子を見せた。
俺はもう一度はっきりと聞く。
「事情を聞かせてくれ」
誤解しようのない直球の質問に、ぼつぼつと周りからこの状況に至った経緯が話され出した。
このジェイクが誰かと話していた。それは邪教徒では? なら、こいつも邪教徒の仲間だ!
そんな流れで、この囲いは生まれたらしい。
「…………なるほど。それで、とりあえずこいつが怪しいから吊るしてしまいたいと」
「そ、そういうわけじゃあ……」
俺は聞き出したことを直接的に総括した。場に白けた空気が満ちる。
中にはどういう経緯か分からずに集まっていた連中もいたらしく、総括された内容を聞いて、初めてどういう事態か知ったという顔をしている者もいた。
ジェイクは俺と目を合わせない。頼んでないぞ、というところだろか。
「……そうか。とりあえず、こいつが疑わしいんだろ。じゃあ、ギルドに連れて行って調べることにするよ」
「だ、駄目だ!」
俺がジェイクを引きずっていこうとすると、先ほどの一番噛みついていた青年が反対する。
「し、信じられない。身内で庇って、うやむやにする気だろう!」
「ふ~ん。じゃあ、ここで私刑にするのか? これでも、こいつは聖騎士の端くれだぞ。反撃されて死ぬと思うが」
「せ、聖騎士がそんなことするかよ」
「邪神の信徒を引き込んだ裏切り者なら、普通にすると思うが?」
周りはますます白けて来ている。ただ、目の前の青年だけは頑なに反対してくる。
「こいつが裏切り者にしても、違っても、俺が連行していくのが一番安全だと思うが?」
周りはその様子に、何かあったのだろうか。家族が邪教徒の犠牲になったのでは? などと好き勝手囁いている。
「こいつのことは知っている。邪神の信徒の手引きなんて、まあやらないと思う」
「アンタにそんなこと言ったって、どこにも保証は……」
「――尋常ではやらないだろうが、勢いでやりかねないとも思う」
急に変わったかに思える俺の言葉の矛先に、青年はさらにたじろぐ。
実際には変わっていなんだが。
「可能性としては三割ぐらい? ……かな?」
ジェイクが無罪なら、ここから連れ出す。
有罪なら、危険だから俺が連行する。
俺の話自体は、ずっとそこから変わっていない。
「なんなら、ここで『審判』してみるかい?」
公平の神の神技「審判」
神による審判を行い、有罪であるなら、その首を落とす。
今までの俺の神との交信の結果分かったことは、公平の神は話は分かるが、容赦はないということだ。
ただし、この神技の使用には、かけられる相手の同意が必要になる。
同意なく首を落とせるのであれば、それはただの即死攻撃だ。
だが、無罪なら何も起こらないのだから、拒否する理由はない。
拒否したならば、それは有罪を認めるに等しい。
拒否権があるようでない、不自由な二者択一だ。
ただし、犯罪者にとってはだが。
無罪なら、それを証明してもらえることになる。
「これで裁いてみるか?」
「信用できない!」
青年がわめいているが、それは知ったことではない。
熱くなって反対しているのは、もはや自分だけとなっていることに気づいていない。
察するに、こいつがジェイクに喧嘩を売られた被害者で、その意趣返しをしたいのだろう。
周りはそれなら信用できると、落ち着いている者たちと、首が落ちるのまでは見たくないと、及び腰になっている者に別れていた。
実際の裁判でも「審判」は使われることがある。その効果も知っている者が多いみたいだ。
こっちとしても集団が鎮まってくれればそれでよく、この青年個人がいきり立っても知ったことではない。どんな事情か知らないが、個人的事情は、犯罪の捏造という犯罪行為などではなく、クリーンに解消してくれ。
「やれよ」
そこで、これまで黙って成り行きを静観していたジェイクが前に出てきた。
自分は無罪だから「審判」をしろと、首を差し出してきたのだ。
ますます周りは鎮まる。
そうこうしているうちに、フランに呼びに行かせたギルド職員の聖騎士たちが駆け付けてきた。
これで事態は収まり、囲みの人だかりはぼつぼつと崩れていき、青年は不満を隠し、俯いて走り去っていった。
一方、俺はというと、職員に事態の説明をすることになった。「審判」をしようとしたことを話すと、
「それはいい考えだ。本人もやる気ならこの場で行うことにしよう」
なんと大賛成され、その聖騎士立ち合いの元、この場でジェイクに「審判」を行うことになった。
結果、ジェイクは無事首の繋がったまま、職員に保護されギルドに連れていかれた。
事態が収まった様子を見て、ナナイたちの所に戻ってくると、
「へ~、夫婦ってそんなことも分かってるもんなんだな……。ただ一緒に住んで乳繰り合うだけかと思ってた」
何の話をしているんだ。
ナナイに頭にゲンコツを押し付けられている。
「ちょ! やめ…… ま!」
ナナイのゲンコツなんか痛くもないだろうに、フェイは真っ赤になって、あまり手荒にならないように加減して抵抗している。
その光景はまるで親子。或いは姉弟のようで、可愛くは思えど妬みなど全く沸いてこない。
それを見ているフランも「ヌフフフフフ」とニヤニヤしていた。
この娘も、もうちょっと可愛い笑いができないかねえ、とナナイが苦笑していた不気味な笑いだ。
この二人と一緒にいる自分を鑑みて、親かよなどと自分に突っ込みを入れることがあったが、何のことはない。
夫婦そろって、そんな質だったわけだ。
俺はフェイに「気持ち悪いぞ」と突っ込まれるまで、ずっとにやつく顔を抑えられなかった。
それから、数日後。
俺はジェイクを見かけた。ジェイクは加護を失い、街を守る一兵士となって働いていた。
一応関係者なので、ギルドからある程度の事情を聴けた。
ジェイクは、地元ではそれなりに偉い立場の家に生まれ、普段から周囲にいきり散らして生きてきたらしい。
それが、神の加護を得たのが、不幸の始まり。
それで加護を得たのだから、その生き方を変えると加護が失われるかもしれない。せっかく得た力を失うのを恐れ、決してそれまでの言動を変えることを拒んだ。どんなに環境が変わっても、生傷の絶える日がなくなっても。どんなに心が痛んでも。
力を諦め、生き方を変えると、人が変わったようになったそうだ。
そして、戦女神の加護は消えた。
それから故郷には帰らず、聖騎士とは別の一兵士として、ここで過ごす道を選んだそうだ。
迷惑な奴だったが、同情する部分もある。
俺も他人事ではない。いつ加護が消えるのか。どんな条件で消えるのか。全く分からないのだ。
ナナイは、以前から俺は良くも悪くも「公平」だったと言うが、それはたぶん関係ない。
以前から。それが条件なら、もっと以前から加護を授かっていただろうから。
いっそ本当に抽選ならいいのに。
それなら、俺が何をしたところで、加護の有無には影響しない。
それとも公平の神は、加護をなくす相手を選ぶ時も、公平に抽選で選んでいるのだろうか。
ジェイクは、加護がなくなり能力も落ちている。しごきや、これまでの意趣返しを甘んじて受けているらしく、今もまだ生傷は絶えない。
それでも、仲間たちと上官にしごかれている最中でも、あいつはいい笑顔だった。
その光景を見ていたの俺だけではなかった。あの時ジェイクを激しく批判していた青年。彼もまたその光景を眺めて、顔を歪めていた。
そして、そのまま人気のない路地に入り込んでいった。
青年はその後、死体で見つかった。
致命傷は、腹の傷。腹を横に割き、内臓がまろび出ていた。
その傷跡は、自分の手で握っていたナイフと一致した。
何があったのかは知らないが、あの後、俺が彼を追っていたら、彼は助かっていただろうか。
それは神のみぞ知ることだろう。




