4 邪教の風聞
ルージュシティまで帰還してギルドに報告。
「扉」については適任者を選別して対処に当たってくれるらしい。
なんでも他にも同様の報告があったらしく、ギルドはその対応で騒がしくなっていた。
とりあえず任務自体は完了したので、パーっと打ち上げやろうとフェイが提案してきたが、
「そんな気分にはならないよ」
フランは難色を示す。
フランのいうことも分からないではない。
俺たちに振られた仕事自体は終わったが、それで発見した事態はまったく解決していない。
「とても終わらせた気にならない」
しかし、それはそれで完璧主義すぎではという気がしないでもない。
「……だからって、もうおれたちにできることはないだろ」
「だからって……」
「……だからよ。おれたちがまだ雑魚だってことだよ」
急にフェイの語気が強くなった。
フランは驚き、俺は戸惑い、フェイを見つめる。フェイはあまり見たことのない顔をしていた。
「雑魚のおれたちにできることなんて、こんなもんなんだよ。おれはいずれ雑魚じゃなくなるけどよ……今は間違いなく雑魚なんだよ。もっとできたなんてのは、自分を過大評価してる質の悪いやつだ。そのうち人を巻き込んで死ぬタイプだな」
これがフェイの奴の私見か。まあ、なんとも……。
自信過剰と自己卑下が同居しているというか。確かにそんな感じの所のあるやつではあったが。
とりあえずフランが噛みつき返してややこしいことになる前に、「まあ、きちっと切り替えて休養を取るのも大事だよな。それも任務のうち」とまとめて解散させよう。
あと、打ち上げにはいかない。
「俺は新婚だぞ。休養といえば家に帰るに決まってるだろ」
「ほ~、おっさんがのろけたって、ホントにおっさんだなと思うだけだぞ」
「ナナイ、今帰ったぞ」
「! ああ、レイク! お帰り」
そんな感動の再会からの熱いベーゼを交わしたり、はしなかったが、無事妻の待つ家に帰ってこれた。
その間には熟年夫婦のような信頼にもとづいた確かな絆がある。
ある。
あるよな。
一方的な妄想じゃないよな。
後で聞いとこう。
近頃のルージュシティには、不穏な噂が流れている。
人が消える。
邪神教団を見かけた。
信徒に拉致されたのではないか。
そんな噂が広まっていた。
俺たちのパーティが発見した「扉」の件もある。
他にも報告があったらしいから、街の近くまで邪神の加護を受けた「使徒」が来ているのは確かだろう。
だが、拉致されたかはともかく、見かけたというのは眉唾ものだと思う。
そんなもの見ただけで分かるわけがない。
たしかにルージュシティの風俗は完全に内地と同じもの。
この暗黒大陸に住んでいる人間とは、一目で分かるほどに恰好が違う。
だからといって、そんな一目でわかる格好で侵入してくる奴はいねえ。
邪神教団か……。
この世には神を崇める集団は、基本的に存在しえない。
なぜなら、その集団には致命的な欠陥が存在するからだ。
その集団の中から、神の加護を授かる者は決して現れない。
元から神の加護を持っていた者が、そんな集団に参加したり、設立したりしようとすれば、神の加護が失われる。
そんな集団が人を集められるわけがない。
ちなみにギルドは別に特定の神を崇めているわけではない。寄り合い所帯だしな。
ギルド所属の「知の神」の聖騎士・賢者ノストの研究によると、
人間ごときが神の真意を理解した気になって、人を導かんとする 増長。
神に成り代わり教えを説かんとする 傲慢。
その二つの罪に当たり、神から見放されるのだという。
それが本当かどうかは知らないが……。
ただし神を崇める組織も、一応存在する。二つだけだが。
一つは救世の神を崇める「教会」。
個々の神は「神の教えを伝え広めよ」という使命を加護と同時に神より授かる。
神本人が教えを広めることを推奨しているんだから、そりゃ組織を作っても問題ないはずだ。
教えは大陸中に広まっており、どんな小さな村にもだいたい小さな教会がある。
一般的にいう「神頼み」というやつは、この救世の神に祈る行為だ。
俺も以前は、よく賭博場で神頼みしている人間を見かけたものだ。
そういえば、意識していなかったが、俺自身はギャンブルの時に「神頼み」したことがなかった。
そんな俺が後に別の神の加護を授かることになるとは……何か因果関係でもあるのだろうか。
もう一つが「教団」だ。
この暗黒大陸を本拠地とする、邪神エアを祀る集団。
邪神が加護を授ける時に、信徒たちに語り掛ける言葉は「己を解放し、為したいように為せ」だ。
罪を為すのも自由。
神を語るのも自由。
神を騙るのもまた自由。
正義や平和を為すのも自由。
教団を作るのも自由。
己の心を解放し、やりたいことを行え。
そんな神の教えに従い、信徒たちはみな好き勝手に動いているらしい。
確かにそんなんじゃあ、勝手にこの辺まで侵入してきているやつもいるかもしれないな。
しかし、しょせん噂は噂。人通りがなくなるほどの効果はないのだろう。
街は活気に溢れ、路上では景気よく露店を広げる商人の姿が見受けられる。
だが、どこか一点、不安の陰りが見えるような気がするのは杞憂だろうか。
その日、俺はナナイと一緒に街を散策していた。
まだ来たばかりで、どこに何があるのかも分からない。
ナナイはすでに客からある程度、店のありかを聞き出して、俺を引っ張りまわす。
噂だとは思うが、やっぱり少し気になる。
このルージュシティは聖騎士ギルドのお膝元。
俺など及びもよらぬ高位の聖騎士が、山ほど在住している。
邪神の信徒が秘かに侵入していたとしても、騒ぎなど起こせば、即、死あるのみだ。
それでも気にかかってしまう。
いつもより心持ちナナイとの距離近めで、気を張っている。
それを勘違いしたのか、
「なに、緊張してんのよ」
ナナイは俺の腕を取り、さらにご機嫌に俺を引っ張りまわす。
そんなナナイの足が止まる。その視線の先には人だかりが。
どうやら誰かを囲んで、何かもめているようだ。私刑だろうか。嫌な感じだ。
その人だかりの中に知った顔を見つける。
「おい、フェイ」
「……ん? なんだ、おっさん夫婦か。デートか?」
「そっちこそ」
「……どうも」
そこにはフェイだけでなく、フランもいた。
うちのパーティは今日任務がないので、みな休日になるからな。それにしてもこいつら、休日に出かけるほど仲良くなったのか?
「そんなわけねえ~。店を見て回ってたら、たまたま会っただけだ。……この街も狭いな」
そんなこともないと思う。
冒険者かつ聖騎士の見て回る店が限られるだけだと思う。
「……で、これは何の騒ぎだ」
とりあえず今は、この人だかりの原因を探る。
「ああ、あの聖騎士がやらかして、つるし上げられてるらしい。……あのいやな奴だぜ」
フェイのこの言い方。心当たりがある。さてはあいつか……。
また、何をやらかしたんだか。
その男の名はジェイク。
俺やフェイたちと聖騎士訓練施設で同期だった。
戦女神の加護を授かっている。
入った時は確か14だったから、今は17才か。
背伸びして、囲みの中を覗いてみると、たしかに見覚えのある金髪の頭が見えた。
「あの人、聖騎士になれたんだ……」
フランが感心とも嘆息ともつかない独り言を漏らす。
彼女からの評価も芳しくないようだ。
ジェイクはフェイ曰く、「たいして強くもないのに喧嘩ばっかり売って回ってたやつ」だ。
俺も訓練施設に入ったばかりの頃、
「ああ~、臭う、臭うなあ~。加齢臭がするぞ」
とさっそく絡まれた。
施設に入ってくるのは11歳の少年少女たちが主な中で、14才のジェイクと、アラサーの俺は、ハッキリ言って目立っていただろう。
立場的には俺とジェイクは同じなのだが、それがまた勘にさわるのだろうか。
ジェイクの言動はチンピラそのものだが、服装は高級なもので、いいとこの育ちのお坊ちゃんといった風情だった。
「ここはよ、てめえみたいなの来ていいとこじゃないんだわ」
俺は思った。
こいつ、下調べしてこなかったのか?
「どんな裏口通ってきたかしらねえけどよ、とっとと……」
ジェイクは最後までそのセリフを吐くことなく、やってきた聖騎士に両腕を吊り下げられ、空中に浮いた。
聖騎士の訓練施設の教官を務めるのは、当然のごとく聖騎士だ。
聖騎士はその加護が失われてしまうケースがある。
神の法と思われるものに抵触した時だ。
例えば、正義の神から加護を受けた聖騎士であれば、正義にもとる行いをしたり、正義にもとる行いを見過ごせば、加護を失い、力をなくしてしまうかもしれない。
実際にはそんなに簡単に神から見捨てらるものでもないそうだが、力を失う危機であることは間違いない。
そこには教官だろうがなんだろうが関係ない。むしろ新人より、年月をかけて培った教官の方が技能が失われれば、より喪失感は大きいだろう。
神の法は人間の都合など、一切考慮しないのだから。
そんな聖騎士の教官のたくさんいるこの訓練施設で、あんな真似をすればこうなるのは予測できたことだ。
が、ジェイクはそのまま、今度はその聖騎士に恫喝を始めた。
「何してくれてんだあ! ああ!! 俺を誰だと思って……」
聖騎士は一向に聞く耳持たず、自分の言いたいことだけをまくし立て始めた。
あまりよく聞き取れなかったが、多分説教か何かだった思う。
ジェイクも負けずにがなり立てる。吊られたままのジェイクは訓練官らしき聖騎士に、お互いによく聞き取れないシャウトを続けながら連れされていった。
俺やその場にいた少年少女たちの感想は、何だったんだろうあいつら、だった。
ジェイクはその後も態度を変えず、訓練施設での3年を過ごしていた。
老若男女、相手を選ばず、あらゆる相手に噛みつきまくり。
ある意味「公平」だなと、変な感想を抱いたりもした。
ある程度ジェイクの存在に理解が及んだのは、戦女神サレナについて知った後の事。
戦女神サレナ。六大神の一柱に数えられる神。
司るものは ――戦い 勝利 勇気 死 支配 武器 ――など、……それに「蛮勇」も。
ジェイクは本当に、誰彼構わず喧嘩を売っていた。
明らかな格上、多人数でも。同期にも先輩にも教官にも。
有利不利関係なく。
まさに蛮勇だった。そこが戦女神のお気に召したのだろうか。
フェイにも喧嘩を売って、肘関節から腕を外されたこともあった。
治癒魔法で治療して直後には再度喧嘩を売りに行っていた。
もう、誰でもいいから喧嘩を売っていないと死ぬかのように――いや、相手を選ばずに喧嘩を売らないと死ぬかのように。
よぼよぼの老人、無力な幼子。喧嘩を売ると社会的に死ぬだろうという相手にも避けることは許されない。
食堂の職員に喧嘩を売って、食堂出入り禁止にされていたりもし、どこの商店でもその有様だった。
……どこで食事を取っていたのだろうか。
いきなり因縁を付けられた相手だが、あそこまで行くと、苛立ちより哀れみが優った。
まるで呪いだ。
以前から、ジェイクは「蛮勇」だったんだろう。でも、以前はあそこまで見境ない「蛮勇」じゃなかったんじゃないかと思う。
授かった強大な力を失わないために、つたない理にすがるしない。蛮勇を止めた途端に加護を失う。その強迫観念に駆られて、見境なく喧嘩を売り、ボロボロになっていく。
それがジェイクの正体。
俺はそう推測していた。
本人の心境はさておき、巻きまれた方はたまったものじゃない。
一人でやってろ、と言いたくなる。
実際、フェイはそんなことを言っていた。
しかし、俺は……ジェイクと似たようなことを考えないではない。
公平の神は加護を授ける条件がまったくの不明瞭。
何をどう気を付ければ、加護を失わないで済むか、さっぱり分からない。
抽選で選んでるなんて言われる理由だ。
俺も一応は考えてみた。
公平の神。公平。俺と関係のありそうな公平。
どっちが勝つが分からないギャンブルは、公平な機会と言えるだろうか?
しかし、ジェイクはよく施設を卒業できたものだ。五体満足で。
ギルドも、その傘下の施設も、人の定めたルールより、神の法を優先する。
どれほどの問題児でも、神の加護が失われていないならよし。
人ごときには計り知れぬ神意にのっとっているからそれでよし、とかなんだろうか。
実質、聖騎士ギルドの領地ともいえるこの土地も、その法で動いている。
ただでさえ、未知の危険に満ちた暗黒大陸だ。
力・有効性・有用性。
生きていくためには、それらが優先される風土。
だから卒業できたのだが、その問題児がここに赴任してきてからもいつもの「蛮勇」だったのだろう。
その結果、早々と恨みを買って囲まれている……と。
しかし、今どういう状況なんだろうか。
いったいどういう罪状でジェイクは群衆に囲まれているのだろう。
囲んでいる人々から話を聞き出してみると、例の邪神教団に関する噂に関係していることだった。
要は教団の信徒とジェイクが一緒にいる所を見たという発言があり、こいつが手引きしたと決めつけられて、この有様になったらしい。
…………単に普段から恨みを買っていたから、この機会に吊るしあげられただけじゃないかな。
「それで、推定容疑者を私刑してしまえ、って話になってるのかい?」
「う~ん、そこまではねえ。なんだかずいぶんいきり立ってる人もいるけど、半分ぐらいは疑いながら囲んでる様子みたいだよ」
「おれあいつ嫌い。自業自得じゃないの」
フェイは冷めた目で、子供っぽい言葉を投げつける。
それはそうだと、俺も思わなくはない。
それでも、やってもいない罪を擦り付けていいかは、また別の問題だが。
それにあのジェイクのことだ。
この状況でもまったくおとなしくせず、自分を非難にする群衆に喧嘩を売って回っていることだろう……。
面倒なことになる前に引き離した方がいいか?
あれ……ちょっと違うな。
あの全方位に喧嘩を売って回っていたジェイクが、一方的に言い寄られている。なんだか躊躇しているようにも見える。
とにかく、この場を収めないと。
ギルド所属の聖騎士と民衆のもめ事を傍観しているわけにもいくまい。立場的に。
それに、反論を許さず、一方的にやり込めるのは公平でない。
どれほど効果があるのはともかく、一応、公平を心掛けて生きるようにしているのだ。
それは悪いことではないはず。
「フラン」
「……はい!?」
呆然と眼前の光景を見つめていたフランに、ギルドに行って職員を呼んでくるように言いつける。
フランが行って、俺はフェイにナナイを守るように言いつけた。
もしもの時、俺が出て行ったせいでナナイが巻き込まれることを避けるための処置だ。
フェイは喜んで承知した。
これでナナイに手を出そうとした奴がいれば、フェイはそいつらの指の二、三本でも切り落とすだろう。あいつはやる。
責任は俺がとる。
「……言ってくる」
俺はナナイに告げる。
「……行ってきなよ。物好きは直らないって、知ってるからね」




