22 降臨の断罪
まだ、俺の体は動かせない。
『……アンタか。……いやな奴に会った』
ジャスがらしからぬ語気で、顔をしかめる。
ジャスも俺と同じ状態のようだ。
『そんなもの奪って、どうするつもりです』
いつもの口調に戻ったジャスが口を開き尋ねる。
ようやく闖入者に気づいた様子のフェイとフランがこちらに駆け寄ってくる。
ジャスが腕を広げ、二人に近寄るなと警告する。
俺も首を縦に振り、『お前らは、離れとけ』と告げる。
「いや、なにね。愛し子さまは使う気なし。そちらのボウヤはグダグダと悩んでいる。それなら臣が使ってあげようと思いましてね」
『そうだな、それはその通りだ』『そうですね。それはその通りですよ』
俺とジャスの体が同時に同じことを喋る。
ハモってんじゃねえよ。仲良しかよ。
フェイとフランが意外の視線を向けてくる。
グリムも一瞬怪訝に思ったようだが、そこにどんな企みがあろうと関係ない。速攻で終わらせるべきと判断した。
神器の共振で邪神の肉体を活性。「降臨」で邪神を呼び出す。その力を持って、自分の魂を邪神の肉体に転移。
見る限りグリムなら「降臨」が使える。反動で自分の肉体は死ぬが、その時には邪神の肉体を奪っているので問題ない。
俺にはグリムが取る行動が容易に予想できた。
グリムに邪神を復活させる気はない。図らずもジャスの考え通りになるな。
グリムの眼前に「扉」が出現。その中に神器を投げ込む。
あの「霊子扉」で、エアの体内に、直接神器を転移させる。
途中で神器を奪われないか、かなり警戒しているな。
そんな心配いらないのに。
大岩から、これまでにない規模の共振が発生した。
岩の表面にひび割れが走る。
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……好き、な君に。その座から、窮屈な六大神の席から、解放をもたらします、臣が、臣のみが君に。……我が君」
あれがグリムの神への呼びかけなのか?
「降臨」
最高位神技を使用するのだから、あのグリムでも余裕はない。あれがあいつの、最も神に呼びかけが届きやすい……心からの祈りなんだろう。
そして、それは来た。
周囲一帯に無形の圧力がこだまする。
同時に邪神の肉体も活性し、同種の威圧を放ち始める。
圧力に挟まれたフェイとフランには堪ったものじゃないだろう。
「ぐっ」
「んっ」
たまらず苦悶の声を漏らしている。
願わくば二人で助け合ったりしてほしいんだが……余計な期待はしないでおこう。
あいつらの命が助かることだけを願っていよう。
俺にはどうもできない。動けもしない。もう成り行きを見守ることしかできない。
とうとうグリムの肉体に邪神が降臨した。
グリムの肉体に収め切れない力が周囲にあふれ出している。
そうか。「降臨」とは神の魂そのものでなく、直通の回路を繋げて開きっぱなしにする術だったのか。ある意味、神と術者を「扉」で繋ぐ術ともいえる。神が直接降臨するわけではないのか。今の状態で見れば分かるな。
それでも人の肉体は耐えられない。
魂を――
圧力の一つが消える。
早々に願いを叶え、神にはご退場願ったか、グリムめ。
神が去ったグリムの肉体は、灰になって散る。
片側の圧力が消えて一息つく間もなく、フェイたちの後方からさらに強力になったプレッシャーが襲う。
俺のことはいいとして、ジャスは全然平気だ。こいつも恐ろしいやつ。
大岩の表面が割れる。その中から折りたたまれた手足が伸ばされる。
その巨体は鋼の彫刻ようだった。鋼のごとき硬さと、彫刻のごとき美麗さ。
その身には、巨体に恥じぬ巨大なトーガ一枚を纏っている。
神の偶像として彫られた彫刻たちと同じだ。あれ、ちゃんと神の姿を再現していたんだな。
俺が変な所に感心している間にも、邪神の巨体は極大扉を抜け出し、地面を足で踏みしめた。
大地が揺れる。
最後の表面の破片がこぼれ落ちる。
それは頭部の破片。
破片がこぼれ落ちた後には、溶けかけたスライムのように混沌とした顔があった。
顔のパーツがひん曲がり、あらぬ位置にある。
それが不気味に蠢いている。
その蠢きが一過性を持ち、しだいに輪郭が整ってくる。
顔面の変容が止まった時、そこにあったのは、先ほど灰となって崩れ落ちたグリムと同じ顔だった。
(……ついに、手に入れた)
響き渡ったそれは、声ではなかった。人ではなく、神の交わす、神言語とでもいうのだろうか。名前などない交信方法だ。
かつて聞いた、神の声。それと同じ。
意味の分からない何かが響きわたった。
フェイとフランにはそうとしか感じられないのだろう。
困惑と、警戒と……恐怖が二人を支配する。
邪神の――今はグリムのものとなった肉体から、力がさらに漏れ出す。
長年にわたり肉体の内に蓄えられた異界の力が噴出しているのだ。
その巨大な鋼の腕をグリムが振るう。
地が裂ける。
地平線の彼方まで。神技「解放」による現象と同じ効果による傷跡が穿たれていく。
次にグリムは空に逆の腕を振るった。
雲の彼方、星界の星の一つが膨れ上がり爆発した。
これも神技「拡散」と同じ効果だ。規模は桁違いだが。
……やはり、これは。
(ついに……ついに! この肉体……この力! この力さえあれば……)
『ああ、欲しければ、あげるよ』
グリムの放った神言語にジャスが返答する。
こちらは人の言葉だ。
フェイとフランが驚きの目でジャスを見る。
グリムも訝しげにジャスを見据える。
『それは異界浴びをしている最中にセンターの『喪神』が起動したので、ちょうどいいからそこに置いていったんだ。どうぞリサイクルしてもらっていいよ』
神は人のような言語を持たない。
なので、人の言葉で喋る時は人の口調を借りるのか。
グリムは放心したようにジャスを見つめている。
その体からはどんどん力が噴出している。すでにその体が何千・何万年と貯めてきた異界のエネルギーは半分ほどまで放出してしまっている。
グリムの魂では、それを留めておくことはできないのだ。
先ほどの「降臨」の時も、周囲に力を溢れさせていた。
真に神の意思で制御されているなら、その肉体からは何の予兆も感じさせず、一寸たりとも力は外部に放出しない。
つまり、真の神がそこにいたとしても、何も感じ取ることはできない。一見すると、何の変化も認識できない。少なくとも人の目には。
それが真なる神の降臨なのだろう。
漏れだした力が圧力となって周囲に影響を与えるのは、神の資格がないもの特有の現象。
俺の体が一歩進み出る。
俺は動けない。
俺の体を動かすのは俺でない別の意思だ。
俺の体は掌を上に向け、邪神の肉体に、グリムに指先を向ける。
『その肉体は、過去への回帰だ』
俺の口が。俺の口調で、人の言葉を告げる。
『よって――有罪』
審判を下した。
邪神の肉体から漏れ出たエネルギー。肉体が抜けたことで「極大扉」から無尽蔵に噴出し始めたエネルギー。
俺の体は、周囲に散ったそれらのエネルギーをすべて、俺の掌の上に収縮させた。
それは集めただけで、物理的影響を及ぼし、フェイとフランが体勢を崩しよろめくほど。
その掌に集めたエネルギーをグリムに向けて放った。
我に返り、抵抗するそぶりを見せるグリムの邪神の肉体を粉砕し、後ろに吹き飛ばし、「極大扉」の中に叩き込む。
管理を離れたエネルギーは、収縮から膨張に転じ、大爆発 ……する前に、俺の手が振るわれ、「極大扉」ごと爆発を閉じて潰した。
その跡には何も残らない。
グリムも、邪神の肉体も、極大扉も。
何事もなかったかのように、無人の荒野が広がっているだけになっていた。
虫を潰したほどの音も感触もなかった。
これが管理制御された力、か。
付いて行けない者を置いて、状況は巡る。
俺はようやく分かってきた。
『久しぶりだね、兄上』
ジャスが体を斜めにして、親し気に下から俺の顔を覗き込む。
『……挨拶もしたし、では、これで……、とはいかないよね』
おどけた表情のジャス。そんな顔は見たことがなかった。
ジャスに降臨した解放神エア。
それがジャスの口調で喋り、ジャスのくせで仕草を行い、エアの意思で動かしている。
ようやく分かった。
神は自らの意思に沿うものに加護を与える。
では神の目的とは。
芸術神なら芸術に携わる者。戦女神は戦いに携わる者。
しかし、公平神ジャッジが加護を授ける者には共通点が見当たらない。
だから、こう言われる。
公平神は公平に抽選で加護を授ける相手を決めている、と。
それは間違いだ。
『この時を待っていた。ずっとな』
俺の体が俺の口調で喋る。
俺が同じ意味の会話をしようと思うなら、全く同じ言葉を使うだろう。
公平神ジャッジは抽選で加護を授ける相手を決めているのではない。
公平神ジャッジは総当たりで加護を授ける相手を決めていた。
そう、この瞬間。
この時、この場に居合わせる可能性があるもの。未来を予測し、可能性のあるものすべてに総当たりで加護を授けていた。
神話の時代に下せなかった、解放神への審判を下すために。
解放神エア本人が降臨する、この時に。この場所に居合わせる者を器にするために。
『さあ、審判の時だ』
俺の中に降臨した公平神ジャッジが告げる。
そして、神々の争いが始まった。




