21 解放の御座
しかし、付き合いの長い人間でないと、キレているのが分からないだろ、これ。
いや、この場にいる人間に伝わればいいから、これでいいのか?
「何が力。こんなに人を振りまわしてくだらない」
いや、そこを否定してもな……。
「そんなことで……みんな、を裏切って」
そこで「みんな」としか言えないのが、な。
抑制された調子の言葉だが、その下にあるマグマの存在を、少なくともフェイも気づいているだろう。
だが、それで黙るような奴でもないんだよな、フェイも。
「別に裏切ってなんかねえよ。力さえ手にすれば、ギルドの役にも立つし。禁止されてるとこに行った罰はちゃんと受けるよ。それで問題ないだろ」
まあ一理なくはない。
神の法ではフェイのこの行為を無罪と判定する可能性はある。
神の法が優先されるギルドでは、その主張が通ってしまうかもしれない。お偉いさんの中にはそれを憂えている人もいたから、必ずしもそうなるとは限らないが。
だが、今はそういう話をする所ではないし、フランも突くべきポイントはそこじゃない。
「でも、追いついただろ」
三人とも何の話?とこちらに注目する。
「俺たちはお前らに追いついた。悩んでいたから追いつけたんじゃないのか。止めて欲しい。そうも思ってなかったか?」
言葉に詰まるフェイ。図星だったか?
「そうですかね? 僕たちは別に急ぐ旅でもなかったのでのんびり進んで、そっちは急いで追いかけてきたから追いついたのでは?」
詰まらないジャス。空気が読めないやつだ。
こいつはこれで、どうしてもフェイに邪神の肉体と融合して欲しいと言う訳じゃないからな。
ただ思ったことを言っただけで、フェイが止めるというなら引き止めないだろう。
だんだん、ジャスのことが分かってきたのかな。
「そうかな……、そうか、そうかもな。……確かに悩んではいた」
言葉に詰まった末に、認めるフェイ。
どうやらこれで力を手に入れるべきか、あいつの中で揺れていたな。おそらく、ずっと。
いきなり邪神の肉体と融合して巨人になれ、と言われて悩まないやつはいないか。
「つーか、今も迷ってるよ。でもよ……その……」
歯切れが悪い。
どうやら、なかなか言い出せない部分にあるんだな。あいつが力を求める理由というやつは。
「あ~……、なんて言うか……」
言い出せないなら無理に追及はしないでおこう。
その変わり揺れているフェイの心の天秤を、巨人になりたくない方向に揺らしてやればいい。
具体的には巨人になるデメリットを告げるのだ。
「いいか、フェイよ。考えてもみろ。あんな巨大な肉体と融合してしまったらなあ……もうセッ〇スもできんぞ」
「はぁ!?」
フランの反応が早いぞ。
フェイとジャスはまだ考え込んでいる。
「むう……」
「なるほど、そうきましたか」
「こ、こいつら……」
「ほら、フラン。絶句してないで、お前も何か言ってやれ。巨人になったらできないことを」
「な、なに、言わせる気なの! この流れで」
「何でも良いよ。巨人になっちゃったら、もうマカロン食えないとか……」
「いらねえよ! てか、別に巨人でもマカロンぐらい食えるだろうが」
「いや、フェイ。そうとも限らないよ。神は食事を必要としなかったらしい。……つまり邪神の肉体と融合すれば、もう食事はできなくなるかもしれない」
迫真の顔でいうことか、それが。
「お前はどっちの味方だよ!」
「もちろん君の味方さ。友達に嘘をついたりしない。信じてくれフェイ」
こいつはさあ。
フェイ的にはジャスには背中を押して欲しかったんだよな。
そんなのが通じる奴でもないんだが。
このぐだぐだになった空気。
フェイの奴も本意を明かさないと締まらない、となったらしい。
フェイが力を求める意図。
いつか、俺の家でジャスとお泊りした時に話していた過去と関係あるらしい。
孤児たちで魔物と戦い、自分たちの村を勝ち取った。
しかし、二度目の戦いでフェイを残し、全滅した。
フェイだけが生き残ったのは、強かったからでもなく、守られたからでもなく、運がよかったからでもない。
才能があり、神の加護に目覚めたから。
それで助けが来るまで生き延びた。
「だから……、クソッ! 上手く言えねえな。……ああ! だからおれは天才じゃなくちゃならないんだよ。分かれよ、これで!」
それで分かる奴は、そうそういないだろ……。
いや、なんとなく分かっちゃうんだけどさ。
一人でだけ生き残った罪悪感。最悪の結果を招いたとしても、仲間の選択を否定したくない気持ち。自分がもっと早く加護に目覚めていれば、という後悔。その時の痛み、損耗、精神。
それらがぐちゃぐちゃに頭の中を回り巡って、自分が生き残った明確な理由として答えを欲しがってるんだろう。
それが『天才』、なんだろう。
中途半端な才能じゃなくて、天才という確固たる才能。それがあったから生き残った。だから今も生きていていい。そんな感じにあいつの頭の中は固定されてしまっている。
それを証明し続けないと、自分の核が揺らぐ。
すくなくとも、フェイはそう思っている。
しかし、フランにそんなことが伝わるかな?
「……バッカじゃないの」
ああ、ああ、フランはキレちゃった。
しかし、その返しはマズイ。
「はあ!?」
フェイの方もキレるんじゃないか?
そうなると話し合いもクソも……
「馬鹿っていう方が馬鹿なんです~」
……馬鹿で良かったよ。
キレちゃあいないが、その態度はさらにフランをキレさせた。
喧々諤々の罵声が飛び交い、ついにはリアルファイトを始めそうになる。
接近戦主体の、わりと天才のフェイと、遠距離魔法主体のフランでタイマンってのは……。
フランは相性? 知ったことか! と熱くなってるしな。
……いや、だが……意外といいのか?
戦闘態勢に入らんとするフランを止めようと、ジャスが前に出る。
それを俺が止める。
「何故、止めるんです? このままやらせておく気ですか」
「逆に聞くがな。お前は何故止めるんだ?」
「もちろん、友達だからです。友達を助けるのは当然でしょう」
やっぱりジャスの中では「友」ってのは、ずいぶん重いことになってるな。
「俺もあいつの友のつもりだぜ。フランもな。お前がそうなように、俺たちも友達の助けになりたいんだ」
ジャスが止まる。
「それが本当に助けになるかどうかはともかく、助けようとはさせてくれないかな」
「……これが……フェイの助けになるんですか?」
「あんな、煮詰まって溜め込んでる時に答えなんて出せないよ。出せたとしても望んだ答えになんかならない。だから、ああやって吐き出した方がいいんだ。邪神の肉体と融合するかどうか。その答えはそれからでも遅くはないだろ」
ジャスは沈黙を守り、こちらをまっすぐ見つめてくる。
「やりすぎるようなら、俺も止めるからさ。その時は力を貸してくれよな」
「はい、それはもちろん」
ジャスはすごく素直に引き下がった。
やっぱり情緒がだいぶん子供なんじゃねえかな。
素直すぎてお父さん心配、ってなもんだ。
……ん? お父さん?
……うちの娘はやらんぞ。
「? ……? ……? ……なんですか? 急に睨んで……まだ何か?」
「いや、なんでもない。スマン」
「……はあ」
フランはついにおっぱじめた。
魔法でフェイを狙い撃つ。
「万能神よ!」
迫りくる攻撃魔法を、フェイは「万物回帰」の神技で散らす。
フェイの上半身ほどの火球が自然のマナに戻っていく。戻る前に火球の破片が地面に到達して、残り火となっている。
極大「扉」の影響か、近辺には一片の草も生えていない不毛の地だ。燃え広がることなく、やがて燃え尽きる。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ」
たぶん。
フランも我を失っているように見えて、最大火力を行使していない。
「フェイなら対処できる範囲の魔法しか使ってないし、じゃれあってるというか、演武というか、約束組手というか……」
「なるほど、そういうものなんですね」
年長者としての敬意を払われているのを感じる。
重い。
正直、確信なんかない。今はフェイに対処できる魔法しか使っていないフランだが、いつエスカレートしてやばい攻撃を繰り出すか。
それでも止めるべきじゃない。
「私に黙って行くし!」
「ああ? 一緒に行ったらお前も処罰対象になるだろうが。二人で十分なんだよ。少ない方がいいだろ」
「何かとジャスと一緒にいるし、いかがわしい!」
「知ったことか!」
わたしが おれの わたしの おれは わたしだって おれのほうが
おお、そうだ、言ってやれ。そういうことは言ったほうがいい。
そして、フェイの心も吐き出させろ。
でも、攻撃魔法撃ちながら叫んでる光景はシュールだな。
「何が友達だからよ……私の方が……」
言ってしまえ。
「私の方がジャスより……」
そうだ。思いの丈をぶちまけろ。
「私の方がアンタの……」
もう一声。
「私の方が……先に友達になったし!」
んん?
「ああ……。うん、……そうだ、よ?」
フェイの奴も動揺している。
そして、ジャスは俺の隣で得心がいったとばかりに頷いている。
どうやら情緒が幼いのは、ジャスだけでもなかったか。
え~っと、とりあえずこれ以上やらせておく必要もないかな。
ジャスと一緒に戦闘を止めよう。
そうして動き出そうとして――気づいた。
何故か、体が動かない!
これは?
横を向いて、隣のジャスの様子を確認する。
ジャスのやつも同じ状態だ!
その瞬間、ジャスが手を引っ込める。
そこにマグマが噴出する。
たちまちの内にそこにあった神器が溶岩に飲まれる。
あと少し手を離すのが遅ければ、神器ごと腕が溶岩に飲まれていただろう。
溶岩はアメーバのように伸縮し、神器を包みん込んだかと思うと、そのまま跳ねた。
跳ねた先には、灰色の長髪をたなびかせた長身の使徒。
邪神教団四大主教の一人。「自戒」のグリムがいた。
溶岩はグリムの、ない腕にくっつき、形を変え、本来の姿に戻った。そこには神器が握ったグリムの腕があった。
「こんな場所で子供の喧嘩とはね。危機感が足りなすぎじゃない?」
以前は常におどけていたあのグリムに、マジトーンで言われてしまった。




