2 はじめての聖騎士
馬車で陸路を二週間。
船で海路を三週間。
それなりに時間はかかったが、俺たちは無事中央大陸の北西にある暗黒大陸へと上陸。
聖騎士ギルド拠点のある、ルージュシティに到着した。
ナナイはさっそく働き口を探しに出かけ、俺は聖騎士ギルドに向かう。
ルージュシティは港のある商業区、職人通り、住宅エリア。そしてギルド管理区域の四つに分かれている。その四つの中心部に聖騎士ギルドはある。
明らかに、他の建築物より頭抜けて高い建造物。
聖騎士ギルド・暗黒大陸支部・中央本部だ。
ややこしい。
ギルドに付いた聖騎士見習いは、特にお偉いさんから訓示を受けることもない。
上司の騎士から指令を受けることもない。
着任の挨拶とかもない。
ギルド員は、すべて仲間であり、同僚であり、商売敵だ。
俺は受付に話しかけることもなく、黙って依頼の張られている掲示板を眺めた。
聖騎士ギルドに所属しているといっても、職員として所属しているわけでもなければ、基本的にフリーだ。
給料などもなく、依頼をこなして報酬をもらう。
上位の聖騎士なら指名依頼もあるだろうが、ペーペーの見習い聖騎士にそんなものはない。
「見習いでも可」の依頼をこなして正式な聖騎士に昇格を目指すのが基本だ。
ざっと眺めてみたが、見習いでも受けられる依頼は哨戒任務ぐらいのようだ。
「おっ! レイクのおっさん。先に来てたのか。どうだ~、おもしろそうな依頼あったか?」
「……おお……フェイか」
気安げに俺に声を掛けてきたのは、訓練施設で同期だったフェイ。
で、万能神の加護を授かった俺と同じ聖騎士見習いだ。
俺と違って幼いうちから加護を授かっていたので、施設入所時には11才。今でも14才だ。若い。
黒髪で小柄な体格を生かした素早い動きで敵をかく乱する戦法が得意。卒業まじかになって、急に成長期が来て背が伸びていた。それでもまだ俺より頭一つ低いが、特に速さを落とすことなく、そのまま中背で素早く動けるようになった。
その辺りの努力には俺も感心させられた。
同じ冒険者志望で、施設にいた時から一緒にパーティを組もうと約束していた。
戦士としての実力は同期でもトップだった。
依頼はソロで受けようが、パーティで受けようが自由だ。
一応訓練では、ソロでもやっていけるカリキュラムを受けたが、ソロにこだわっているわけではない。
一緒にやる仲間がいるなら、仲間を依頼を受けるにやぶさかではない。
「……ん?」
感触に目をやると、頭からすっぽりフードをかぶった少女が、後ろから俺の袖を引いていた。
フェイよりさらに一回り小さい。この少女はフラン。
やはり俺たちの同期で、大地母神の加護を受けた聖騎士見習いである。
フェイと同年で、少し色味の付いた黒髪を三つ編みにしてまとめている。
「そっちも来てたのか。紹介しとかないとな……? どうした」
「………………………………………………」
「軽薄……、遊びじゃない。真面目にやれ……だそうだ」
彼女とは別にパーティを組む約束はしていなかったんだが、暗黒大陸まで来る道すがら、うちの嫁になついた。
その縁もあり、パーティに入れようかと連れてきたのだが……。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「いいか、冒険を舐めるな。どんな危険が待ち受けているか分からない。慎重なぐらいがちょうどいい。お前のような勇気と無謀の区別がつかない…………、自分で言え!」
どうも人見知りが激しいのか、他人となかなか話さない……のだろうか?
訓練施設時代にも話したことはなかったが、そんなこともなかったような。
身内には強く出るが、他人には無口になる。内輪だと結構雑に扱ってくる。この二か月の旅で知ることになった彼女、フランの性格だ。
ナナイになついたことで、俺も身内認定された、でいいのかな。
「なんだかよく分からんが、おれのパーティに入りたいのか。なら試験だ。うちのパーティに入れるか、実力をみてやるぜ」
「………ぼっこぼこにしてやんよ」
あと、割と気が短いのか?
やっぱり別に喋れるんじゃないか。人を魔導拡声器扱いするな。
「外でやれ、外で。ここはギルドだからな」
さっそく武器を取り出したフランを止める。
その後も、「面接だ!」と言い始めたフェイに、「そんな知能あるの」と、きゃんきゃんやりあいだした。
相性が悪いのか、いいのか。
俺からすると微笑ましいじゃれあいぐらいに思えるが、本人たちにしてみればそうではないらしい。
そんな風に人が寛大にもめ事を良い風に解釈してやっていると、こいつらは。
「おい! なに老け込んだつらしてるんだよ、おっさん。これからが本番だぜ。もっと覇気出せよ、覇気。それじゃおっさんじゃなくて、じいさんだぜ」
「もっとやる気を出すべき。そんなんじゃナナイお姉さんが苦労する」
仲良くこっちを標的にしてきた。やっぱり相性いいのか。このクソガ……いかん、いかん。大人げないぞ、俺。
寛大な心で見下ろそう。
二人とも俺より小柄だから、こうして見れば頭頂部から見下ろせる。
二人とも黒髪で、フランの方はちょっと色味がかかっている。
そんな二人の頭がきゃいきゃいいいながら、しきりに動く。
チワワが吠えあっているようなものよ。
そう考えればかわいらしいもの。年長者として暖かく接してやろう。
しかし、こうして見下ろしていると妻のことを思い出すな。
あいつは別段小柄ってこともなかったが、普段結んでいる赤毛をほどいて、髪が流れるのを上から見るのが、なんとも……。
「……おう、おっさん。あんたも黙ってないでなんか言えよ……あっ! その顔はエロいこと考えている顔だな!」
「なぜこんな所で…… ギルドで興奮する異常性癖? ナナイお姉さんに報告しなくては……」
……クソガキどもが。
レイク、フェイ、フラン、俺たち三人の聖騎士はルージュシティから歩いて半日ほどの距離にある廃村にやってきていた。
パーティを組んだ俺たちは、結局見習い用の依頼を受けた。
街に近い距離にある場所に魔物が住み着いていないか、定期的な調査を行う依頼だ。もし魔物がいれば、討伐するなり、手に追えそうにないならギルドに報告するなりする。
「廃村というより、こりゃ遺跡だな」
ざっと廃村を一望してフェイが感想を漏らす。
その言葉通り、村内の建築物の古さは、ここ数十年といった具合には見えない。
「ギルドがこの暗黒大陸に乗り出してきた時には、もうこの有様だったそう」
フランは調査地について事前に調べてきたようだ。
「だとすると百年以上、この有様か。よく原型を残しているな」
「いったい、いつ人がいなくなったのか。何百年前か。千年以上前なのか。この暗黒大陸に住み着いていた邪神の信者たちの集落だったのか。そうじゃない人たちだったのか。疑問は尽きない」
しっかり調べてきてくれているようだけど、依頼のためというより、趣味のための「調べ」感も大きそうだ。
「まあ、歴史が分かったって、仕事の役に立つかな~。意味あんのかね~」
フェイの発言にフランの顔が険しくなる。
フェイの奴は悪気なく、無神経に、人をいらだたせる所がある。
「役に立つことだけしかしないなら、そんなもの無味乾燥な作業になるぞ。そんなの退屈じゃないか?」
「ああ! それもそうか」
悪気はないから素直に聴く。
「じゃあよ、フラン。あれは何なんだよ」
フェイは廃村の中でもひときわ大きめの建物を差す。
素直にも訊く。
「馴れ馴れしい。……あれは、おそらく……」
フランも一瞬、顔をしかめるが、すぐに険を解きフェイに教えだす。
まあ、ここまでこのメンバーで旅をしてきたが、なんとかやっていけそうかな。
別に解散して、ソロで活動するなり、他のメンツをパーティを組むなりしてもいいのだが、せっかく組む機会があったんだしな。
俺は二人とはあまり離れすぎない距離を保ち、廃村の調査を行った。
……どうもよくない気がする。
森林も近く、半ば自然に還っているぐらいなのに、いまいち動物の痕跡が見当たらない。
野生動物が避けるような存在が、近くにいるのかもしれない。
しばらく調査を続けていると……、
「レイク……さん」
フランに呼ばれた。
二人がいた場所は、廃村の外周部。自然の防壁になっている岩陰。その岩肌に黒々と開いた洞窟の前だった。
「村の住人が貯蔵庫にでも使っていた空洞だと思う」
洞窟の中を覗き込む。かなりの長さがあり先は見えない。人力で掘ったのでなさそうだ。自然に空いていた穴を利用していたのだろうか。
日の光届かぬ、冷たい空気が奥から流れ込んできている気がする。
「いかにも、魔物が巣にするにはよさそうな場所だな」
「要注意」
俺とフランが話している間にも、フェイは油断なく洞窟の奥を睨んでいる。
フェイの勘は馬鹿にできない。理性では理解していなが、本能で危機を察知することが、これまでにもあった。
「あれを……」
フランが注意を促す。
「何か見つけたのか?」
フランが指さした先には、一匹の蜘蛛。
爪ほどの小ささの蜘蛛だが、全身白のため洞窟の黒の中では比較的目立つ。
そのため発見は容易だった。
「あれはマシロアカグモ」
「赤くねえぞ」
「だけど、変」
「変って、何がだ?」
「なあ、どこが赤……」
「逃げ方がおかしい」
フェイは無視して話を続ける。
「逃げ方?」
「赤?」
「マシロアカグモは人が近づくと飛んで逃げる……」
「赤……」
「あれは、走って逃げた」
たまにはそんなこともあるんじゃないか。蜘蛛だって飛ばずに逃げたい時もあるだろう。
通常ならそう思うところだろうが、
「……それはつまり、変異してるかもしれないってことか」
「その可能性が……」
「あか……」
「……黙れ」
フランが静かにキレる。
「単にあの蜘蛛が足に怪我をしているだけとか……」
「そうかもしれない。でも、調べる価値はある」
まあ、調べてみるのはアリだな。
実質二人で協議した結果、俺たちは慎重に洞窟を進むことにした。
蜘蛛の逃げた方向に進むが、その先はずいぶんと入り組んだ自然洞窟になっていた。
そんなに奥深いものではないと思っていたが事前の予想は外れた。引き返すことも考えたが、相談の結果、このまま進むことにした。
遅々とした足取りで慎重に進んで、なんと小一時間ほどもかかった。
隊列は一番重装の俺が先頭を行く。
俺、レイクの武装は、まずそれなりの大剣を一振り。
次に防具に全身鎧を纏っている。
加護を授かるまでは、こんなもの重量の鎧を着ていては、まともに動けなかったが、神の加護を得た肉体ならば問題はない。加護を授かる前とは、雲泥の差がある。
さらに、その力を十全に発揮するための訓練。それとは別に純粋に筋力訓練も積んだ今は、全身鎧を着たままでも自在に動ける。
実際、ここまで何時間も歩いてきたが、たいした疲労はない。
重装備もだが、このパーティで罠や危険物を見つける技能を習得しているのは俺しかいない。
フェイは戦闘技能ばかり磨いていたし、フランは魔法使いだ。
ギルドに所属していればみんな聖騎士。
剣士も、魔法使いも、武闘家も、歌手も。そしてギャンブラーも、「聖騎士」だ。
「聖騎士ギルド」なのは、設立した当初のメンバーが騎士ばかりだったので、聖騎士を名乗り、それが定着しただけだ。
大地母神の加護を受けた者には魔法使いが多い。
古代語魔法は自然界に存在するマナを用いて行使するものなので、大地母神の加護を受けた者は、マナを超効率的に使用できるようになる。
ざっと約10倍の効率で魔法が使えるようになるそうだ。
改めて、とんでもないな、神の加護ってのは。
奥に進むにつれ、岩肌が人工物になってきている。
床も壁面も自然のままではなく、整備されたものに。
整備といっても、すでに経年劣化により荒れ果てているので、歩く感触は自然の道と変わりない。
かつての村の住民が作ったものなのか、さらにそれよりも昔に造られたものなのか。謎は尽きないが、俺たちは学術調査隊ではない。
魔物調査隊だ。
すでに野生の魔物が住み着くにしては、奥すぎるほどに進んできている。
だが、ある予感があったので、俺たちは迷いなく先に進む。
「しっ!」
建築様式から宗教的モチーフの可能性があるだの、マシロアカグモは背中に赤い模様があるアカグモの変種だから別に赤くないだのと、かしましい年少二人の口を閉ざさせる。
俺は黙って手振りで二人に指示して、先にあるものを見せる。
牛の頭部、全身には茶色の毛、足には牛の蹄。
牛にない二足歩行に、牛にない指。その指で赤錆が浮かんだ大斧を掴んでいる。
魔物だ。
牛と異界のエネルギーが融合して生まれた魔物、ミノタウロスの姿があった。




