19 運命の神の運命
「ここいらまで来れば安心ネ」
まだ大気は熱を帯びているが、ずいぶんましになった。
砂漠地帯ほどの温度だ。植物もほとんど生えていない、無人の荒野。
だが、加護を受けた聖騎士が耐えられないほどではない。
声の主は二人。
一人は白髪の老人だった。
顔の大部分は毛で埋まっている。
髭は腰まで伸び、眉毛で目が埋まっている。側頭部も毛で埋まっており、後ろ髪も膝まである。頭頂部だけが見事に禿げ上がっていた。
話に伝え聞く、東方の仙人とはこんな感じなのだろうか。
さっき中庸神への祈りを口にしていた、しわがれた声の主はこちらだろう。
もう一人は金髪の少女。後ろで髪をおさげにしている。訓練施設を卒業したばかりのフェイたちよりも若く見える。まるで人形のような造作で、すこし不気味ささえ感じる。
後から聞こえた声はこちらだろう。
「あの、あなたがたは……」
「あの山、体内に『扉』ある。体内で直接、異界のパワをうけてる。何百年もいきてる。あまたパワ、表面とこぼれて別の魔物なたりする。まるで動物の親子」
少女の方がつっかえつつ、語る。火山の魔物を研究している人たちか何かだろうか?
「どちらにせよ、アンタらかてない。ここ、来るべき、でない。近所のババもそー、いってた」
うん。まあ、それはそうなんですが……。
「え~、助けてもらいありがとうございます。それで、その、あなたがたは、いったい?」
フランは俺の後ろに陣取って、会話に混ざる気配を見せない。別にいいけどね。
「こっちシショー。わたし、弟子のメチルいう。シショー押し売り、やてる。人、助けてオレー、ぶんどる。ヨーシャないとりたて」
どういうことだ?
こんな場所で押し売り?
「いや、そういわれましても。お礼ならしますが……」
「こんな場所に住んどると、都会の情報に疎くなっての。代価として、都会の情報でももらおうか」
老人の方が喋った。
「そのぐらいならいいですが。ちょっと今急いでますんで、できれば後日に……」
「そうはいかん。押し売りじゃからのう。代価も当然、強制じゃ」
「最優先」
老人のその言葉を聞いた瞬間、何を置いても老人に情報を教えなくてはという気になった。
そして、教えた、教えた。
自分たちがここに来た目的から、ルージュシティ最近の流行まで。
こんな怪しい老人には秘匿すべき、星界(宇宙)一可愛いポンドのことまでも。
俺もフランも全部喋ってしまった。
なんてことだ。
「……なるほどのう。……カカカ、カカ、カカカカカカカカカ!」
話を聞くと老人は爆笑する。
「何も面白くない」
フランが噛みつくも、老人は全く聞いていない。
突如として沸き起こった、老人にすべて話さなければという使命感はもうなくなっている。
おそらく爺さんが使った神技の効果なのだろうが。
「……それで、この爺さんとあんたは何者なんだ。中庸神の神技を使ったところを見ると使徒じゃないとは思うが……聖騎士か? それとも野良の加護者なのか」
俺の口調から丁重さが消えるのも仕方のないことだろう。
老人の方は話ができないと見て、少女の方に聞く。
「ちがう。シショーは『使徒』とかいうやつ」
俺とフランの間に硬直と戦慄が奔る。
この爺さんが使徒、でもさっきは中庸神の名を呼んで神技を使っていた。
…………それが矛盾しない事例に、一つだけ心当たりがある。
元ギルド所属、中庸神の聖騎士。邪神の声を聞き、ギルドを抜け使徒となった。
現状確認されている唯一の神からの二重加護の持ち主。
あのグリムと同じ、邪神教団四大主教。
確か名は……「自立」のパルス。
よりによって……いや、こんな場所ならむしろ不思議でないのか。
「え~と……うそ……」
「ほんとじゃよ。なんなら証拠を見せようか?」
なんとか否定したかったのだが、老人はご機嫌でその希望を打ち砕く。
「解放の神エアよ。『解放』」
邪神の名の元に、いつかも見た邪神の神技を発動させる。
岩が等分に4分割。続いて16分割。さらに、数えられないがたぶん256分割。さらにすぐに計算できないほどに分割され、目視できないほどに小さく細かく分割されていく。そして、完全に「解放」され、岩は完全にその場から――解放、されてしまった。
中庸神の神技と、邪神の神技の両方を使える。
こんな真似ができるのは、どうやら本当に四大主教、「自立」のパルスらしい。
ええ、もう。
「こんな所で何を……」
してんだよ。このジジイ。
「ム? それはさっきいったネー。お助けの押し売り」
少女のほうが答える。
弟子ということは、この少女も使徒だと思っておきべきだ。
「それなら売り終わって礼もしたので、もう用はない。そうなんですね?」
「ん? まあそうじゃの」
気楽に答えるパルス老人。
正直、早くこの場を離れたいが、いきなりダッシュして後ろから撃たれないとも限らない。
「そう急がんと、せっかく久方ぶりの客人じゃ。この老いぼれを哀れに思うなら、もう少し話していかんか」
あんな真似をしておいてよく言う。
「この手のろーじん、話しつこい。こーいうの、さすが、しらなかた、すごいー、いっとけばいいて、ババアいてた」
弟子から刺されてるぞ。いや、刺されてるのかなあ、これ。
話し相手が欲しいなら、もっと人のいる所に住めばいいのに。
「まあ、聞いていけ。さっきここを通って行った小僧の話とかのう」
その言葉に俺とフランの足が止まる。
「あの『溶岩』を愛し子がサクッと倒して、抜けていったのじゃがな、助けがいらんか奴らからは情報も抜けぬ。そんな事を企んでおったとはのう」
変なこだわりがあるようだ。
どのぐらい前の話か聞きたいが、素直に答えてくれるとも思えない。
「しかし、興味深いのお。確かにあそこにある解放神の肉体は、神々の最終戦争の最後、中庸神の喪神を受けて、魂だけ抜け出したもの。再び魂を入れれば、また動き出すかものう」
なんか、やばいことを口にしている。
それにしても、この爺さんの思惑は何なのだろう?
俺たちにこんな情報を漏らして、どうするつもりなのか。
暇だから話をしたいだけではないと思うが。
俺たちを使って間接的にジャスたちを動揺させ、その隙に自分が邪神の力をかすめ取ろうとでもしているのか。
「……あんたは何もしないのかい、爺さん? 崇め奉る神さまの肉体だろ、ほっといてもいいのかい」
「別にかまわんじゃろ。そうなったら、そうなったで、そうなった時に考えるわい」
「…………」
「信じられんか。しかし、『使徒』とはそういう生き物よ。今までにお主らの遭遇した使徒を思い返してみよ」
年寄ってのはこういう問答が好きだよな。
ふ~~ん……。確かに、そう言われてみると、思い当たる部分はあるような。
……って、そんなことをしている場合じゃなかった。
ここを通ったらしいフェイたちを追いかけていきたい。
しかし、このパルス老人がその気になれば、こちらはひとたまりもない。対話で解決すべきだ。やはり暴力は駄目だな。
対話で無事に速やかにこの場から抜け出す方策はないものか。
「他の主教連中も似たようなものよ。『自滅』はそんな頭すらない。『自罰』は真面目に教団運営に専心しておるが、それがいかん」
それにしてもこの爺さん、良くしゃべるな。話し相手がいないのか?
弟子には適当に対処しておくみたいな扱いを受けていたし。
「真面目にそんなことをやっとるから駄目なんじゃ。解放を旨とする神の意にそむく、背教者じゃな。そんなじゃから二足の草鞋でやっとる儂より劣っておるんじゃ。『自滅』めは限界を超えてはおるが、アレは超えとるだけじゃな。『自戒』めは人の限界に到達してしまって伸びしろがないが……まああれが一番神のことを考えておるな」
ん? 確か、「自戒」ってのは、あのグリムのことだよな。
「……それにの、儂はあの小僧どものたくらみは失敗すると、睨んでおるんじゃよ。儂の占いにそう出ておる。じゃから何もする必要はない。ここでのんびりしておればいい」
このジジイ。
フランは蒼白になっている。
「のんびりするひま、あるなら、弟子、いくせーすべき。しろ」
金髪おさげの弟子メチルが無表情で師に突っ込みを入れるも、師匠のパルスはそれをスルー。
「じゃから、……おうおう、不満そうじゃな。なら、賭けるか」
賭け、だと?
「儂は小僧どもが失敗する方に賭ける。おぬしらは小僧が成功して第二の邪神になる方に賭けるか?」
そんなものどっちもごめんだ。
「悪いねご老人。俺は娘が生まれた時に、もうギャンブルはしないと決めたんだ」
「さて、それはどうかのう。儂の占いによると、お主は生涯ギャンブルから逃れられんと出ておるぞ」
いつ占った。
「運が悪けりゃ事故にあう。そういう意味で言えば、人生すべてギャンブルさ。運命を司る神の加護でも貰えない限り、そういった不運からは逃げられないだろうさ」
「ほっほっほ、なるほど。運命の神か、ほっほっほ」
ニヤニヤ笑う爺さんを余所に、俺たちはフェイたちを追って、その場から離れた。
あれで満足して行かせてくれたってことは、本当に単にちょっとした会話がしたかっただけなんだろうか。
これ以上考えてもしょうがない。
それよりも、火山だ。
爺さんの言によれば、あれは体内にある「扉」から常に異界の力を浴びて、あんな強大な魔物になったらしい。
山であれだ。
なら、神話の時代からずっと異界の力を浴びている邪神の肉体は、今はどうなっている?
俺は不吉な予感を感じながら、足を速め道を急ぐ。
フランもその速さに遅れることなく足を速めた。
二人を追って。
レイクたち二人が立ち去った後も、パルスはその場にて瞑目していた。特に弟子に修行を付けたりはしないで。
そこに地面を踏みしめる音が鳴る。パルスの目が開かれる。
「いやなやつだ。シショー、早く、追いはらえー」
視界の先には、灰色の長髪を垂らした長身の大男がいた。
「お主か、『自戒』の」
それはパルスと同じ邪神教団四大主教の一人、「自戒」のグリム。
二年前、自分ルールで勢力圏に踏み込んで、ギルドと一戦交えたあのグリムだった。
「どうも、パルス老師」
気やすく挨拶するグリム。
二人は気やすい関係なのか。この男に限ってはそうとは限らない。たとえ見ず知らずの相手でも、自分のペースで会話を交わすだろう。
「さっきの若造たちの障害を先んじて排除していたのは、お主じゃな」
グリムはアルカイックスマイルで肩をすくめるだけで答えない。
「そうでなくては、あいつら程度の実力で、先行する愛し子の小僧どもに追いつけるはずもない」
グリムはやはり答えない。
「なのに『火山』は放置した。何を企んでおる? あやつらを駒にしたいのしたくないのか」
「ここには老師がいるじゃないですか。臣のおせっかいなど必要ないでしょう」
グリムは心底不思議そうに首をかしげる。
「それに企むなどと言われましても……。僕の目的は常に一つ。常に我が神のために! それ以外にありませんが?
我が神を解放する! 捕らわれの責務から! その座から!」
「神の解放か……そのためには手段をいとわぬ。そうじゃな、お主こそまさに忠心の徒。解放神の挙動を忠実に再現した、忠臣よの。」
「はやく、追いはらえー」
後ろで囁く弟子の声は無視して、二人の主教の会話は続く。
「…………儂の占いでも、お主の企みは成功すると出ておるぞ」
「それは縁起がいいですねえ。僕が新たな神になった暁には、パルスさんに愛し子の称号と加護を授けてあげましょう」
グリムは純粋無垢な、そう、純粋ゆえの残酷な笑みを浮かべ、その場より掻き消えた。
その場に残るは、師弟のみ。
その髭に覆われた師の口元が動く。
「確かにお主は神の忠実なる使徒じゃよ。
……じゃが、人は自分にそっくりなものには近親憎悪を抱くもの。はたして人ならぬ神は、お主をどう思うじゃろうな。はたして神の愛はどこに向いておるか。運命の神とやらなら、それも知っておるのかのう」
熱波の荒野に、パルスの哄笑が響く。
「思わせぶりなせりふ、いうやつ。じっさい、なんも考えてない。風呂屋のこむすめが、そう、いてたぞ」
――邪神降臨まで、あとわずか。
ステータス
「自立」のパルス
腕力 30(+18)
器用 28(+16)
知力 36(+15)
敏捷 27(+22)
生命 51(+31)
精神 56(+37)
技能 パラディン(センター) 10 ダークプリースト(エア) 9 タオ 8 シャーマン 10
メチル
腕力 4(+2)
器用 16(+11)
知力 7(+3)
敏捷 17(+10)
生命 9(+5)
精神 11(+8)
技能 ダークプリースト(エア) 1 タオ 5 ストーリーテリング 8 人形 7 未来感知 1