18 混沌の異境
「こう見えても、俺、天才だろ」
何を言い出すんだ、こいつは。
何気ない、いつもの任務。その休憩中。突如フェイのやつはそんなことを言い出した。
「いやさあ、おれって大体のことはちょっと取り組むとできるようになっちゃうじゃん。そういう時に思うんだよね。おれって天才だと」
「錯覚だろ」
確かに今フェイが食ってる鳥を手早く捕まえ捌き香草蒸しにした手際は大したものだと思うが、それは天才とかとは別の話だ。
「でもレイクのおっさんはおれを天才扱いしないわけよ」
話を聞け。
天才扱いされたいなら、まず話を聞け。話を聞くなら語尾に天才を付けてやってもいい天才ぞ。
「そういうところがいいわけよ」
いちおう俺を褒める話だったのか。何の話かと思った。
それで、どういうところがいい所なんだって。
思いついたはいいが、口に出すのはどうかと思って言わなかった語尾に天才を付ける所か?
「私もそう思う」
こいつはこいつで保存のことを考えない食材を持ち込みすぎだ。お腹壊しても自分で神技で治せるからって。あと、なんにでもチーズをのせるな。バランスを考えろ、バランスを。
俺はちゃんと保存の効く、堅いパンにしているのに。
このパンを食べると、故郷を思い出して切なるくなるというのに。
薪が高いから、一度で大量に保存が効くように焼き上げる。すべては薪が高いからだ。クソ。
異晶石を燃料代わりにするなんて、専門の設備か魔法使いでもいないとできない。
「火ぐらい、私が魔法で出すけど……」
「そこらで魔物狩ってきて、石取ってきてやろうか?」
なんだが同情されている?
「……ともかく君たち、そんな食事じゃ成長にも悪影響が出るぞ。きちんとバランスの取れた食生活を心掛けるようにね」
「……フェイが天才なのか、小器用なのかは別として……レイクさんは、そういうところがあると思う」
スルーされた。
「何でいうのかな……才能で人を見ない。誰にでも公平……だと思う」
「それ神の名を出しただけだろ。公平の神の聖騎士だから。公平たって、アレ選ばれたのは抽選だぞ、抽選」
「それって、ただの俗説だろ。実際の所は違うんじゃねーの」
神技を使うほどに、少しずつ神のことが分かってくる。
神技を使う度に、神と繋がり、その意思ともいえないココロ(?)が少しずつ、こちらにも流れ込んでいる。そんな感覚を覚える。
それによれば、公平の神ジャッジは加護を授ける人間について「誰でもいい」と思っている。そんな感じの対応で接されている、そう感じるのだ。
本当に抽選をやっているのではなかろうか。噂の信憑性が俺の中で増してきている。
それとも、それが「公平」ということなのだろうか。
「それにそんなポジティブなのじゃなくて、俺はただ、早熟に価値を感じないだけだぞ」
俺に才能を見抜く目なんてないんだから、才能だけで評価するなんてできようがない。将来性は将来になってから評価する。才能は結果になってから評価する。それだけのことで、褒められるようなことでもない。
「それだけの話なんだがな」
「そうかな?」
フランは人を枠にはめて安心するところがある。
関わり薄い人間相手ならそれでもいいけど、関りあいの深い人間にはもっと感性を頼りにした対応をしていいと思うけどな。俺とかな。
「ここは年長者を気遣って、おっさんの言う通りにしといてやるか」
「そうかな、……ああ、そうかもね」
そうして二人でにんまりとしている。
う~む、置いてけぼり。
まあ、二人が仲良くやるならそれでいいかな。
結局、あれはどこまで本気だったのか。
自分をどれほど天才だと思っていたのか。
ある程度の自信はあっただろうが。その自信が揺らいで、邪神の力など求めたのだろうか。
フェイとジャス。二人は強さを求め、暗黒大陸の極北を目指した。
伝承によれば、そこには邪神の開けた極大の「扉」が存在し、無限に魔物を生み出す元になっているという。
ジャスは実際にその地にたどり着いたことがある。
ジャスの持つ神器がそこへ誘った。
その地には確かに極大「扉」があった。
しかし、そこより魔物が生み出されてはいなかった。
極大「扉」は巨人の躯により塞がれていた。
ほぼ化石と化している躯。
それは魂の抜けた邪神こと、解放の神エアの肉体。
その肉体は、異界からのエネルギーをすべてシャットアウトしているようにも、すべて自分の内に取り込もうとしているようにも見えたという。
フェイがその力を望み、ジャスはそれに応えた。
そして、二人は旅立った。
具体的にどうやってその邪神の躯から力を手に入れるかは、フランも聞いていない。
ジャスの持っていた神器が関係するのでは、ぐらいの想像しかできない。
二年前の大討伐。
フェイも俺も最高位の聖騎士と使徒の戦いを目の当たりにした。
いつかは自分もあそこにたどり着けるとは思えなかった。
フェイはどう思ったのか。
自分の才能ならたどり着けると思えたのか。
それともたどり着けるとは思えなかったので、今回のような心境に至ったのか。
そうまでして欲しいか、力が。
う~ん、……欲しがるかな。
ただ、俺には、あいつが本当に欲しがっているものが「力」だとは思えなかった。
フェイたちを追う旅は順調に進んだ。
ギルド勢力域外に抜け、邪神教団勢力圏内に入る。
慎重に、現地民に接触しないように進めば、俺たちの歩みを止める何者も存在しなかった。
俺がパーティから抜けた間に格別に技量を上げたフランの活躍もあり、出発前の不安を余所に極地への旅は安定した道行だった。
それが奥地に行くにつれ、様相が変化してきた。
現地民さえ近寄らない奥地。
そこには規格外の魔物が存在した。
「湖」、をなんとか乗り切ったがまだ安心はできない。
休む間もなく早足でその場から離れる。
暗黒大陸奥地の魔物は文字通りスケールが違った。
地形そのものが一つの魔物として襲い掛かってくる。
ミストのように不定形なら「再構築」で消し去れるかと思ったが、「砂嵐」にはそれもできなかった。
「山火事」にはできるだけ近寄らないようにしたが、凄まじい速さで回り込んで来た。そのおかげで逆に直通の道が開いたのは助かったが、もう二度と会いたくない。
そうして早足で旅を続ける。フランの足も緩まない。加護の力もあるが俺が抜ける前よりも逞しくなっている気がする。
しかし進むにつれ、だんだん暑くなってきた。
奥地は気候や無茶苦茶だった。
砂漠の中を湿地帯が帯状に貫いていたり、雪原の隣に樹海がある。
あれもすべて魔物なのか、それとも異界のエネルギーの影響で環境がおかしくなっているのか。
先ほどまで温帯であった気温が20歩も進まないうちに、耐えがたい熱帯に変わってきている。
こうなっては進むのも危険だ。
足取りを緩め、慎重に進む。
できれば迂回していきたいが、それで危険から逃れられるは怪しい所だ。
それに――
「――あいつら、ここを抜けていったみたいだからな」
目的地は分かれど、道中は分からない。
だけど、そろそろ目標に追いつてきた気配が感じられる。
魔物との戦闘跡や、野営の跡を目にするようになってきた。
今も、この暑さに即した、溶岩の魔物らしき物体を目にしている。熱せられたタールのようなものが、断末魔をあげるように蠢いている。
これは溶岩の魔物か?
なんか死にそうなんだが。
そう思った瞬間、大地が鳴動した。
立っているのも厳しいほどの激しい揺れ。
俺たちはとっさに近場の岩肌にしがみ付く。
そんな俺たちの目の前で、地は唸り、盛り上がりを見せる。
そんな場合でもないのに思わず身の安全を忘れ、その壮大な光景を眺めてしまう。
地は山になり、頭頂部が裂け、その内部に熱せられた大地が煮えたぎっている。
俺たちの見ている前で、山が、噴火口が、火山が出現した。
今度は火山の魔物かよ。
そのスケールに呆れる俺たちに構わず、「火山」が襲い掛かってきた。
噴火が巻き起こり、火砕流が流れ落ちてくる。
地面は割れ、溶岩が噴出する。
呆けている場合ではない。
「公平の神よ。『法の裁き(ジャスティス)』を」
公平の神の神技を発動させる。
迫りくる溶岩や火砕流が、見えない結界に阻まれ俺たちの周りを避けて通る。
「氷災」
フランの古代語魔法で結界の外に冷気の嵐が吹き荒れる。それも火山の質量からするとわずかなもでしかない。一瞬だけ表面を凍り付かせるも、たちどころに次々押し寄せる溶岩に覆いつくされる。
さらに、火山の攻撃は止まない。
身を揺るがし、マグマや噴石を飛ばし、腕みたいなものまで生やしてこちらを襲い来る。
だが、「法の裁き(ジャスティス)」の結界は、特定の法則に従わない限り、中のものを傷つけることはできない。
火山がどれだけ激しい攻撃をしようと、平気なのだ。
これでひとまずは危機から逃れたかと思ったが、熱い。
なんだこれ?
マグマや噴石は防げても、熱は防げないのか?
そんなはずはない。
結界の外、薄皮一枚隔てた外側では、地面が熱で蒸発している。
熱いとかいう次元ではない。
もしかすると「法の裁き(ジャスティス)」は中のものが傷つかないなら、他は素通しなのか?
中のものが火傷するような熱は通さないが、それ以下の温度の熱は通してしまう。
傷はつかないかもしれないが、こんな高温下で長くは持たないぞ。
神はいつも大雑把だ。
「フラン! あまり長くはもたないぞ!」
「今、やってる!」
大地母神の神技を使えば、自然物の声が聞ける。
植物や石、技能が上がれば水や風などとも交信できるようになるらしい。
厳密には自然物に人間のような意識があるわけではなく、神の力によって疑似的な意識と疎通できるようになるとかなんとか。
ともかくそれで、今までも自然物と融合した魔物と交信し、何とか難を逃れたことがあった。
「えぇ……」
なんだか嫌な予感がする声をフランがあげる。
フランが火山と交信して得た情報。
先にここをフェイたちが通った。
さっきも見た「溶岩」の魔物を、サクッとぶちのめしていった。
その「溶岩」は「火山」の子供のようなもの。
貴様ら許さん。
「別人! 別人だって伝えて!」
「同じ匂いがするから、あいつらの仲間だろうって言ってる……」
「勘の鋭い山だな!」
吐き捨ててはみたが、この状況はいかんともしがたい。
「法の裁き(ジャスティス)」の結界が破られる様子はないが、このままでは暑さで消耗して倒れるだけだ。
暑さに妨害されつつも、打開策を講じようと思考を巡らせていた、その時。
「中庸の神よ。怒りも悲しみも、すべて平に」
誰かの声が聞こえた。神に祈る声。
その瞬間、火山が攻撃を止めた。
それまでは表情などないのに、烈火のごとき激情を漲らせているのが見て取れた。
それが何の感情もなく、呆けているかのように変化した。
山に対して言う話かとも思うが、実際に噴火も溶岩も収まり、火山は何の動きも見せなくなっている。
「なにしてる。いまのうち」
先ほどの祈りとは違う声。
その声に我に戻った俺たちは、急いでなんとかその場から逃げ出した。