17 極地への誘い
「ああ、可愛い。超かわいい。星界(宇宙)一可愛い」
俺は娘に愛を囁く。
妻は蔑んだような目でこっちを見ている。
それでも止められない、この想いは。
俺は宝物を扱うようにやさしく娘を抱く。
「愛してる。愛らしすぎる。いくら抱いても飽きるということがない。この思い、まさしく愛だ」
思いが溢れて頬ずりする。髭がすれてむずがり始めるのを予期したのか、妻が俺から娘を取り上げてあやし始める。
ああ、やはり俺の娘は星界(宇宙)一可愛い。
今年一歳になる娘ポンドを見て、俺は確信する。
公平に見て、神よりもポンドの方が尊いな。さらば公平の神。
秘かに神に別れを告げていると、誰かが家の玄関から駆け込んで来た。
よもや、早くも星界(宇宙)一可愛い娘を狙ってきた男か!
飛び込んできたのはフランだった。
髪はよれよれ、息を切らし、瞳には大粒の涙がこぼれんばかりに。
そんな緊急事態を告げる様相のフランは、愛の交歓をする俺を見、言葉を告げる。
「酔っぱらってるの、この人?」
「……そういうことにしといてあげて」
「ああ……」
納得したように首肯するフラン。
失敬な。
もしアルコールがポンドに悪影響を与えたらと思うと、酒も手につかないというのに。
ナナイが妊娠し、俺はパーティから抜けた。
街から長く離れることのない、本部付きの仕事に移ることにした。
もともと一人だけ年齢が高くバランスが悪いと思っていたんだ。いつかこんな日が来るのではと予想していた。
俺が抜けた後、二人は別のメンバーを入れず、二人でやっていくことにすると言った。
前衛を万能神の聖騎士フェイが務め、後衛を大地母神の聖騎士フランが務める。
それに、いつもいるわけでないが邪神の愛し子とも呼ばれるほどに、邪神からの多くの加護をもらっているジャス。戦力的には規格外であるこいつも混ざり、同年代三人パーティとなる。
若いメンツで揃ったパーティ。そのほうが自然な気がする。でも、あいつら上手くやっていけるだろうか。
男二人に女一人のパーティなんて、色恋沙汰で揉めるというし……。
老婆心ながら心配していたのだが、まさか。
フェスとジャスが二人で、暗黒大陸の奥地に向かった。
フランの方が置いて行かれるとは。
「……で、何しに行ったんだ、あの二人は」
「それは……」
涙目のフランから説明を聞く。
「……おいおい。あいつら……」
何を考えてやがる。
説明を聞いた俺は絶句した。
でも、あいつらならやりそうだな。
「それは何とかしないとな」
ただな……。
チラリと妻と星界(宇宙)一可愛い娘に目をやる。
しかし、
「これであの子を見捨てるのはあんたじゃないだろ」
とナナイに発破をかけられた。
……行くか。
ことは急いだほうがいい。
さっそく出発向しようとしたが、
「ちょっと待ちな」
ナナイに今度は止められた。
ナナイはフランを呼び寄せ、何やら二人で内緒話だ。
少し声が聞こえてくる。
ホントのホントは 自分最優先 信念 なんとか でもやっぱり 覚悟 あの子も あんたも覚悟
そんな感じの単語がしょぼしょぼと聞こえてくる。
興味はあるが、聞いていていいのかな。
ま、不可抗力、不可抗力。
意味のある話までは聞こえないのでいいだろう。
そんなことを考えていると、話が終わったのか、二人が出てきた。
では、行こう。
まずは、聖騎士ギルドへ。
「ギルドには内緒にしたいんだけど……」
「じきにばれるさ。もうばれてるかも」
ギルドの情報収集力を甘く見てはいけない。
「……それでも、自分からは」
まるで密告するようで気が進まないと言う。
「それでも、だ。この件は任務として行いたい」
ただフェイたちを連れ戻しに行ったのでは、ただの私的な行動だ。
「それで死んでも任務外。それじゃ遺族年金が出ないからな。任務としてあいつらを追うことにしたい」
フランは立ち止まり考え込むように俯いて何やら呟く。
「……なるほど、これが。……ナナイママさんが言っていたのは。最後には自分の望みを……」
何を言われたのかは知らないが、これを譲る気はない。
俺はフランを連れギルド本部へと入っていった。
「……なるほど、それで君たちが二人を追いたいと」
ギルド長は考えの読めない態度で、こちらに相対している。隣には聖騎士団総帥と統括部長がいる。
要件を伝え、待つことしばし案内された部屋には、ギルドの重鎮たちが待ち構えていた。
幹部たちに囲まれて俺とフランは強力な圧を感じていた。
「……で、追ってどうするつもりかな、レイク正騎士」
ギルド長は穏やかに、こちらに問う。
それに対し、俺は用意していた答えを返す。
「『審判』します」
「なるほど」
それで通じた。
現状フェイたちのやったことがどんな罪になるかは、はっきりと断言できない。
確実なのはギルドが立ち入り禁止にしている区域まで侵入していったという点だけ。
そこであいつらが何をしようとしているかといえば、力を手に入れようとしている。
「詳細までは聞いていないが、ジャス客員騎士がかつて大陸奥地で見つけた邪神関連の品。それを使い、フェイ正騎士が力を手にしようとしている・それで間違いないか?」
「はい」
ギルド長の質問に肯定する俺たち。
実際にはあいつらが何を――邪神の何を使って、力を手にしようとしているかまで聞いている。
だが、さすがにそれは話すと不味いかと思って、言わないでおこうと事前にフランと打ち合わせていた。
「ふ~~む……」
総帥が顎を歪ませて唸りをあげる。
不快というわけではなく、面倒な問題に切り込むことになったという風情。
邪神の力。それだけで否定するわけにはいかない。
ジャスのような邪神の加護を得た人間は、ギルドにもいる。ジャスもそうだが、それ以外にも。
ギルドの主要財源、異晶石もまた、邪神の力からの産物だ。
さらにギルドではダンジョンの養殖を行っている。
使徒たちによって開けられた「扉」をあえて閉じず、その周りに迷宮を建築して封じる。
出現する魔物が外に出てこられないように。
そして、ある程度内部に魔物が増えると、中に入って狩るのだ。
これが異晶石養殖施設。「ダンジョン」と呼ばれるものだ。
内地にもいくらかダンジョンはあり、俺たちも訓練の一環で潜ったことがある。
あらかじめ「扉」の近くにあらかじめ置いておくモノによって、出現する魔物の種類も操作できる。
まさに養殖。
それだから、邪神関連というだけで否定することはギルドにはできない。
邪神関連の品で聖騎士が力をつけ、ギルドに貢献する。
それを是とするか否とするか。
危険性で判断するか。それとて絶対的な基準があるわけではない。
ならいっそ、絶対的な神にぶん投げてしまおう。
ギルドはだいたいそう判断する。
公平の神の神技「審判」。
神の名と同じ名を持つ神技によって、神の手でフェイたちの罪を裁く。
それを俺が行う。
実際にあいつらを追って、何をしようとしているのかその目で見て、「審判」する。
それをギルドよりの任務としてほしい。
そう申し出たのだが、
「神の名のもとの裁きなら、それ以上ギルドは彼らに手出しできない。そう考えたわけだな」
やばい。ギルド長にはばれてる。
「それに彼らは……その……違反者の身内でしょう。信用できるのでしょうか」
統括部長にも反対されてしまう。
「それは問題にならないよ」
だが、ギルド長は達観したかのような目で滔々と告げる。
「レイク正騎士の報告が疑わしければ、別の聖騎士に『審判』を使ってもらうだけさ。それで無罪ならよし。有罪ならしかるべき罰を下す。レイク正騎士には虚偽の罪で罰を与える。それだけだ」
ギルド長の幼い容貌からは、考えを読み取ることはできない。
「やはり神の法だけに依らず、人の法の比重も増すべきではないでしょうか」
「今はそれを議論する場ではない。その件はしかるべき場で行う」
「は、失礼いたしました」
ギルド統括部長は一言謝罪し、引き下がった。
……それで結局、結論はどうなる?
唸ったきりで、一言も発しない総帥の意見はどうなんだ?
「いいだろう」
ギルド長は他の二人の意見を聞かずに決めた。
「レイク正騎士。君が彼らを――否。フェイ正騎士を『審判』してきてくれたまえ。ジャス客員騎士の件はこちらで判断する」
よし。
これでひとまず最初のハードルは達成かな。
「そして、報告してくれたまえ。包み隠さず。すべて、正確にね」
ああ、この言い方。
これはギルド長には、隠してることも全部ばれてると見るべきか?
ジャスに誘われたフェイ。
あいつは暗黒大陸の極地にある、邪神の躯と融合することで力を得ようとしている。その事実を。
ステータス 2年後ver
レイク
腕力 24(+10)
器用 25(+10)
知力 22(+10)
敏捷 26(+10)
生命 30(+10)
精神 29(+10)
技能 パラディン(ジャッジ)5 ファイター 4 レンジャー 3 ギャンブラー 2
フラン
腕力 7(+2)
器用 17(+3)
知力 28(+10)
敏捷 12(+1)
生命 23(+10)
精神 53(+33)
技能 パラディン(マザーグース)6 古代語魔法 8(+3)