14 支配の声
「確かにねえ。古代語魔法は自然界から力を借りてるもの。『支配』で操作権を奪えるけどね。今のは半分しか奪えないよ。それで制御を奪った魔法と相殺して自爆か……それにしても今のユニ君の顔、ウケる。これだから研究職は現場の経験がなくて駄目なんだよな~」
自分の配下をいたぶることに愉悦を感じるのか、じつに楽しそうに語るグリム。
しかし、パッと見ただけで何が起こったのか完全に把握したのか?
俺の方はどういう現象なのかサッパリだが。
ユニと呼ばれた傷女はあざ笑われる屈辱に顔面を紅潮させるが、自分の支配者に牙を向くわけにもいかないのか。
「……なるほど相手は未熟な魔導士でしたか。それは誤算でした。魔法の半分は神の助けによりやっと使えたもの。神の権能で発現している部分は奪取できませんか。未熟な相手だとかえってやりにくいですね、師よ」
フランの方に当たってきた。
今度はフランの顔面が紅に染まる。
が、とくに攻撃の手は伸びない。
グリムは嘲笑っていたが実際問題、遠距離魔法は自爆させられるのだ。フランに打つ手はない。
そもそもが俺たちのやることは時間稼ぎだ。グリムが参戦意欲を見せないようにしつつ、ここに足止めする。
だとすると今のなんかは却って良かったのかもしれない。聖騎士との戦闘記録が欲しいみたいなことを言っていたし、まさに今のなんかが欲しい光景だろう。
このまま観察意欲を煽る感じの戦闘を見せておけば、時間が稼げそうだ。
だが、他のメンツはともかく、うちのパーティは時間稼ぎというものが苦手なんだよな。
なんだかんだ、今まで上手くいったためしがない。
しかし、やらなければ。
傷女は他の4人に再度命令を下し、俺たちと嚙合わせる。
俺は例のミスト融合男の前に出た。
ミスト融合男が下からねめつけてくる。
あの目だ。
あの目には見覚えがある。鉄火場で裏切る奴があの目をしていた。
……となると、こいつが何かしでかした時にとっさの対応ができるように、俺がこいつに対応することにしよう。
戦闘の相性も悪くない、と思う。
他のメンツも相手を決めている。
相手側には共闘の意思はないようで、すべて各個に戦うつもりのようだ。
戦闘のデータが取りやすいように、かな。
使徒はユニという傷女だけで、後はすべて異界のエネルギーと融合させられた実験体のようだ。体の一部が変異しているのが見て取れる。
使徒一人に、融合体四人。
こちらは聖騎士八人。
これなら余裕をもって対応できるかな。
援軍待ちの時間稼ぎも可能と部隊長も判断したようだ。
グリムが手を出してこないように、ほどよく安全に、敵を倒しきらないように戦うべきだろう。
相手の実験体も、血気盛んなやつ一人。嫌々ながら戦おうとするやつ一人。できうる限り戦わないつもりといったそぶりの奴一人といった感じだ。
ユニという使徒がやる気なのが気になるが、これなら適度に時間稼ぎができそうだ。
そして、俺の前にいるミスト融合男。
今の所、下からこっちを睨みつけてくるだけで、仕掛けてこようとしない。
血気さんなやつにフェイと聖騎士一人。
嫌々なやつに聖騎士一人。
戦いたくなさそうなやつに部隊長と聖騎士一人。
そして、ユニという使徒のところに、大地母神の聖騎士ウイメさんとフランが担当することになっている。
この使徒にフランの魔法は通用しないので、実質一対一か。
嫌がらせならできると思うが、それをフランが見いだせるか。
おっと、こっちも人を構ってないで、目の前の敵に注意しないと。
まず最初に戦況が動いたのはフランの所だった。
横目で見ながら、敵への視線は切らさない。
「大地母神さま、お願いだよ。『麻痺』」
ウイメさんが神の力を借り、手に持った剣に「麻痺」の魔法を付与する。これでその剣は切りつけた対象を麻痺させる、パラライズブレードになった。
「はっ!」
それをユニは鼻で笑った。
「そんなもの、毒でも塗っておくのと変わりないでしょう」
馬鹿にしたように蔑み、自分は突剣を抜き放つ。剣は濡れたような輝きを放っている。そう言うからには自分は武器に毒を塗っているのだろうか。
「分かってないねえ」
ウイメさんが切りつける。剣と突剣が絡み合う。
「麻痺」
鍔迫り合いの状態で再度魔法が飛ぶ。しかしユニには通じない。
「だからあなたの魔法などが私に通じると……」
ユニはセリフの途中で、弾かれたように後ろに飛びのく。
そして、自分の手の中の突剣とウイメさんを交互に見やる。
「貴様、何をした」
「おやおや、毒と変わりないんじゃなかったのかい」
「……そうか!」
そうか。
俺の方も敵の女と同時に気づいた。
武器に魔法を付与できるなら、相手の武器にも付与できるってことか。
自分の武器に使うときは刀身にしか「麻痺」を掛けないが、相手の武器なら全部に魔法の効果を掛けてしまえばいい。
「あたしの魔法程度じゃ、アンタには気を張ってりゃ効かないだろうけど、気を抜いた時でも効かないかねえ」
武器を握っている間は常に「麻痺」の魔法が掛けられているのと同じことになっているのか。えぐいことを。
「支配」
女信徒はフランの魔法にしたように、「麻痺」の支配権を奪おうとする。
だが、何も起こらなかった。
「残念。その魔法はほぼ全部神さまの力さ」
大地母神の加護で使われた魔法は女信徒には奪えない。ウイメさんも大地母神の加護を授かった聖騎士だ。
女使徒は悪態をつき、突剣を投げ捨てた。
「解放の神よ! あんなクソどもでも、こんなカスどもでもなく、私! この私に力を貸すべきなの!」
すごい呼びかけだな。
神への呼びかけは基本的にどんなものでもアリだ。
フェイの万能神への呼びかけもすごいと思ったが、自由を司っているだけあって邪神への呼びかけはワンランク自由度が上だ。
「幻想崩壊」
女使徒がそう唱えると神技が発動した。その両腕から黒い光が剣の形を成し伸びていき、大剣ほどのサイズになった。もちろん重さなどはないのだろうから、腕力が低くとも自在に振り回せる。
「……あれはやばいかねえ」
ウイメさんは素早くネットを取り出してユニに投げた。
「麻痺」の付与された網。
女使徒は黒い光で容易にネットを切り裂いた。
切り裂かれたネットの破片が散り、女使徒の体に掛かる。彼女はうっとおしそうに、腕を使わずそれを払った。
それを見てウイメさんの表情が硬くなる。
切り裂いたネットの断片でも触れると麻痺する鬼畜な仕様が通用しなくなっている。
あの黒い光の効果か。
ウイメさんが短刀を投げる。あれにも何か魔法がかかっているのか。
短刀は黒い光に溶け込むように両断された。
嘲笑を向けると、女使徒は両腕の黒い光を見せびらかす様にしている。
あの黒い光、法の盾なら防げるかもしれない。相手を交代するか?
俺逡巡している間にも女使徒はウイメさんの元へ迫ろうとし―――、すっ転んだ。
地面の亀裂に足を取られている。
転倒時、黒い光が自分の体に触れそうになり、青くなって遠ざけている。
足元の亀裂は大地母神の神技「断盤」。
後ろで様子を伺っていたフランはそれで相手の足元を崩し、転倒させたのだった。
「万物貫通」
チャンスと見たか、フェイが横から乱入してきて、自分の鉤剣を女使徒に振り下ろす。
慌てて反応する女使徒。
万物を貫通するはずの剣先は、「物」ではない黒い光の剣と互いに干渉しあって弾かれた。
どちらの武器も無傷だ。
逡巡していた俺よりも早く、自分の担当をほっぽって女使徒の所に向かっていたか。
「協力してやるならおれらだろ、おれら。おばちゃんはあっち頼むわ」
フェイが抜けだした先では、血気盛んな実験体を相手に「ヘ~ルプ」と手を振っているもう一人の聖騎士がいた。
ウイメさんはそちらを見、フェイを見、最後にフランを見て、
「しょうがないねえ」
とカラッと笑い、ヘルプを出している聖騎士の元に向かった。
「……ハンっ! 別に三人がかりでも構いませんでしたけど」
女使徒は余裕を見せようとしているが、言いながらもこめかみがピクピクしており、かなり苛立っている様子。
ポーカーフェイスもできていない。
研究職で荒事は慣れていないというのは本当みたいだな。戦闘時のメンタルコントロールがまったくなっていない。
そうでないとスペック的にまずい相手だが、そうであるならなんとかなる。
あいつらそのへん分かってるかな?
「支配!」
フェイの服が勝手に動き出す。所有者の意思に背き、その身を締め付ける。
襟に首を絞められ隙を見せるフェイ。その隙に黒い光を振り下ろそうとする女使徒だったが、
「ぎゃっ!」
その顔にぶつかってきたものに行動を遮られる。
フランの投石だ。
魔法が爆発させられるなら物理だ。
それに今のタイムング。ひょっとして魔法も有効だったんじゃ。
「支配」の神技を別のことに使っている間なら、同時に魔法に対して使うことはできないのでは?
反応が遅れれば、自分の近くで魔法の自爆に巻き込まれることになるし。
それからは戦局は硬直した。
近接戦ではフェイ有利。
神技では女使徒が有利。
ところどころに、フランがちょっかいを入れる。
石を投げ、たまに魔法の矢を混ぜたり。大地母神の神技で地面を隆起、沈降、流動させ、ユニの足場を乱したりしている。
黒い光の剣で地面を刺せば、神技の効果は消え、地面は鎮まる。
だが、その隙にフェイが攻撃を仕掛ける。
少しの傷はお互いにヒールで癒す。
一進一退でどちらも決定打に欠く。
それにしても、こんなにじっくり余所を見物できている俺の方の状況よ。
ミスト男はこっちを睨んでいるだけで、一向に動こうとしない。完全にやる気がない。少なくともグリムや女使徒の言いなりに動く気はないようだ。
「ぐ…ぅ…」
女使徒がうっかり自分の黒い光で自分の足を傷つけてしまったようだ。
「く……、カー! 何をしているの! こっちに来なさい!」
女使徒が叫ぶ。
カーと呼ばれたミスト男は、反応を見せるも動かない。再度の呼びかけに、行かざるを得ないかと嫌がりつつも動く兆しを見せたが、
「そうは、させるか……」
俺はミスト男に協力して、動けない理由を作った。
やる気なく叫んで、鎧で体当たり。
カーと呼ばれたミスト男を女使徒とは反対の方向に吹き飛ばす。
カーも素直に飛ばされてくれた。
「くっ!」
女信徒は歯を噛みしめながらもこちらにばかり構っていられる状況じゃない。
こいつを呼び寄せて何をするつもりだったのだろう。それだけは気になる。
ステータス
女使徒 ユニ
腕力 15(+7)
器用 24(+6)
知力 20(+1)
敏捷 12(+6)
生命 22(+9)
精神 32(+17)
技能 ダークプリースト(エア) 8 リサーチャー 5