12 始まりの邪顕
この里の中にいるかもしれない邪教徒を見つけ出す。
それが目下の目的。
「あ! あれ使えないのか、おっさんの神技のアレ」
公平の神の名を冠した神技「審判」のことだろう。
「審判」とは相手の同意を得て発動し、罪があれば罰が下されるというもの。
正直、「審判」はそんなに便利なものでもないんだよな。
「神はいい具合に融通を利かすとかしないからなあ。 知らずに聖騎士が来るとか、その……潜入してる里人に教えただけの子供でも、協力者扱いで首を飛ばすかもしれないぞ」
「『お前は邪教徒か?』と聞いてまわるのは?」
「待ちたまえ。邪教徒とは限らないのだ」
邪教徒に力で支配されているだけで、信仰心など全くない人々。そんな人に「邪教徒か?」の質問をしたところで、「審判」は反応なしだろう。
そして、
「この土地に住んでいる人の大部分が教団に属させられているけど、そこに信心はないよ」
神のチェックは人間組織での所属などで判断しないからな、実際に信徒や使徒でも、邪神を信仰する心がないから邪教徒ではないと判断しそうだ。
「『審判』は一種の即死能力だからな。そんなに使うのはな……あと、俺の精神力じゃ里人全員に使うのは無理だ」
自分が潔白でも、質問の仕方で嵌められて殺されるかもと考えると二の足を踏むものだ。
里長からピリついているからあまり刺激するなと要望が出されていることもあり、強制的に何度も「試し」を行うのは避けたいとも言われている。
さらにギルドからも条件を課される。
「教団の支配下からは逃れたはいいが、ギルドの元では窮屈だと言い出す人たちもいてな」
ギルド支配下では、人々の安全を守るため、集団の社会性を維持するためにルールがある。
これが何のルールのもなしに、「教団」以外には不満のない生活を送って来た人間には、窮屈なだけで意味のないものとしか思えなかったりするそうだ。
それでギルド勢力下から逃げ出して、また教団の元に戻ってしまう。
いるかどうかもはっきりしない内部スパイのためにあまりリスクは冒せない。里人の不満はあまり買わないようにスパイ捜索を行うこと。それがギルド代表のベイル殿の意見だった。
その後も相談を続けたが、フランの口数が少ない。
ジャスのいる時は彼女はあまり喋らない。
そのジャスの口数も少ない。話しかけられると返答するが、自分からは話しかけてきた時はない?
フェイには自分から話しかけていることもあったか?
「そういえば1つ思いついたのですが、いいですか?」
そんなジャスが唐突に口を開いた。
「ああ、思いついたことがあれば何でも言ってくれ」
ベイル殿がジャスを促す。
「ええ……」
この里からの移住を始める。
その前に魔物が多発しているので、間引いておかなくては危険だ。
そのために俺たちは周辺一帯の魔物を狩って回る。
「おお、ありがたいことで。里人の中には足が不自由な者もおります。確かに危険でしたな。つい、気が早ってしまっておりました」
里長は感謝の言葉を述べ、里人たちに見送られて狩りに出かける。足の不自由な人は見送りに来るのも一苦労でと、姿を現さないことを長が代わりに謝罪した。
そうして、俺たちは里の周りの森に入って、魔物を狩って狩って狩りまくった。
ジャスの考えた策とはこうだ。
大量の魔物が何の目的でいるのかは分からない。
けれど大量にいるということは数を減らしてしまえば、その目的に差しさわりがでてくる。
となれば、邪魔者である自分たちを消すために出てくるか、諦めて立ち去るか。どちらにせよ里人の移住を安全にするためには魔物を減らしておく必要もあるので、やって損はない。
何日か狩りを続けたおかげで、イビルミスト系への対処も慣れてきた。
フェイも一人で退治できるようになった。
そこで、里人の内部に――いるならば、スパイをおびき寄せるために、今日の狩りは別れて行うことになった。
俺とフラン。
フェイとジャス。
ベイル殿は単独。
戦力的にはジャスが抜けているのだが、一人で行動させるのはというベイル殿の意見で、こういった組み分けになった。
はっきり言って、俺とフランの組が一番弱い。
狙うとしたらここだ。ただ、相手にそれが分かるかどうかは定かでない。
フランと二人になった俺は、魔物大量発生の目的について話しながら索敵する。
「イビルミストの発生条件は、かなり限られてるんだよな」
「うん。空気中の水分量が条件らしい。かなり珍しい魔物」
「それがこれだけ大量に出てきてってことは……」
「珍しい魔物を生み出す実験をしてる」
かつて遺跡での護衛任務の時も、「扉」を開く場所によって結果が異なる、という話があった。そのための実験を行っているのではないかと。
「だとすれば、その邪魔をすれば自分から出てくるか……」
「邪神の使徒は、目的に一貫して融通が利かないってことだから」
「その話か……」
「でも、使徒に強制されている配下なら……」
「配下の身なんてまったく考慮しないらしいからな。聖騎士相手でも無理矢理行かされるだろうよ」
魔物だけでなく「扉」などがないかどうかも探しつつ、森の探索を続ける。
それにしても、やはりフランはジャスがいない場所だと喋るようになる。
「ジャスのことは信用できないか」
「……ん……分かんない」
俺だって100%信用しているわけじゃないが。
「フェイはちょっと警戒心なさすぎだと思う……」
「じゃあフェイがなさすぎ。フランがありすぎ。俺が中間でいくか。バランスの取れた布陣だ」
何のバランスかは知らんが。
「いいの……それで」
「いいも悪いも…………こっちに来たか」
やはり、このチームが一番組みやすそうとみられたか。
現れたのは片足がない、成長不良と思われる体格の小男だった。老けて見えるが、見た目だけで意外と若いのかもしれない。
大型の犬系魔物にまたがり、足代わりにしている。
里長から聞いた足の不自由な者。里の中では見かけなかったがこいつがそうか?
髪はザンバラに伸びたままでうす汚れていて元の色が分からないほどだ。
その髪の下、痩せて頬骨の浮いた頬の上。濡れた瞳が被虐の光を放っている。
「えっえっえっ。聖騎士。聖騎士さまぇ」
こいつは使徒か。それとも信徒か。いやらしく笑う。
「知ってっか? 聖騎士さまなんていったって、皮の下は変わらねえんだぜ。その辺の野良犬と……その辺の人ザルと」
それを合図にして周囲の木々の後ろから魔物の群れが姿を現す。
前にミスト。後ろにミスト。横にミスト。ミストミストミスト。
ミストばっかじゃねーか。
いや、それよりも……。
信徒たちは「扉」を開けるだけで魔物を操ることなどできないはず。
だが、今明らかにこいつの指示でミストが動いている。乗っている犬もこいつの指示を聞いているように動いていた。
魔物を生み出して何らかの実験をしていると予想していたが、これが実験の成果か。
いやらしい笑いを顔にへばりつけた男はさらにミストを促す。
男の後ろから3体のミストが進み出てきた。
蒸気? 湯気? を発しているミスト。熱気でできたミスト。
ミストの端に触れた木の幹が見る見る間に爛れる。酸性のミスト。
そして、見るからに毒々しい紫色のミスト。さしずめ毒のミストといったところか。
こんなものまで作ってやがるのか。
男のこけた頬に亀裂が入り、邪悪な笑みを浮かべる。
確かにあれらなら動物の皮なんて、すぐにベロベロにしてしまえることだろう。しかし……。
無理矢理強制されて出てくる以外にもこのパターンがあったか。
相手との力量差が分からず、自分から出てくる。
「再構築」
俺は里に来るまでの道中でしたように、ミストたちに神技を食らわせる。
熱気でできたミストも、酸性のミストも、毒のミストも、触れることなく、文字通り雲霧消散した。
男の笑みが凍り付く。
俺の「再構築」の有効射程なんて大したことはないが、それでも十分相手ミストの影響を受けずに消せる距離だ。
フランの出番すらない。
男は一瞬の硬直から立ち直ると、すぐさま逃げを打った。
まだ結構な数のミストが生き残っているに、判断が早い。自身のなさの現れか?
まだ「再構築」が届く距離だ。
「公平の神よ!」
男の足である犬の魔物に「再構築」。
不安定な気体であるミストと違って、固体の犬魔物にはやはり効き目が薄い。
でも、少し動きが鈍った。まったく効かないわけではない。
男は動きの鈍った犬を即座に捨てた。
その瞬間、小男の膝から下の、ないはずの足が生えてきた。白い足。霧のような足型の霧。
いかん、混乱している。
その足で小男は、尋常でない軌道を描いて、猿のように木々の枝を飛び移っていく。
「足にミスト? ミストと融合? ――人と融合?」
フランが戦慄とともに推測を口にする。魔法で追撃する余裕もない。
魔物を操る実験でなく、人と魔物を融合させる実験をしているのか?
ミストを操れていたように見えたのは、同種の存在だったから?
フランより一足早く内心の動揺より立ち直った俺は、逃がすまいと追撃を放とうとする。
「再――」
瞬間、固まる。
「再構築」すればどうなる?
都合よく、あいつの足のミストだけが消え、機動力を失った相手を捕まえられる?
それとも消えるのは足だけじゃなく――
一瞬の葛藤が俺の行動を妨げた。
すでに敵は「再構築」の射程圏外まで飛び去っている。あの機動性では追いかけても追いつけないだろう。
あらら……。
……まあ、里人の中にいるスパイを見つけだすという作戦は成功した。
これで無事に里人たちを移住させられるだろう。
俺は深くため息を吐く。
会敵したら合図を出して集合。その事前の取り決めに従い。信号の「聖輝」の神技を頭上に打ち上げた。
「なんでも人体の半分以上は水分でできているそうだよ」
「クソっ! クソっ! クソっ! クソ皮がっ!」
レイクたちを出し抜いて無事逃げだせた小男であったが、その心情は喝采を挙げるに程遠いものであった。
なにしろ、逃げるしかなかった時点で、あの男から課せられた任務は失敗に終わっているのだから。
失敗してきた自分にあの男がどのような扱いをするのか。
あいつに逆らっても無駄だ。それならあの聖騎士と一戦交える方がまだ勝ち目がある。
「まずは血かな。それ以外の体液もいっぱい出るよね。楽しみだな」
「そのままギルドに侵入してミストを呼び込んで混乱させてくれ給えよ。手段は任せる。彼ら、ちょっと最近、邪魔でね」
「抑圧。それこそが自由と解放を望む心を生む!」
「その心が神に届いた時……新たな使徒が誕生する。臣はこれで30人以上は使徒を生み出しているのだよ。褒めてくれてもいいよ」
「授けよう。哀れな境遇から力による解放を!」
それを忘れたことはなかった。
「……なってやるよ」
小男を憎悪を込めて呟く。
お望みどおりに。
自分をこんな境遇にした世界。
自分をこんな目にあわせたあの男たち。
自分の邪魔をする聖騎士。
すべての者への呪いを解放せよ。
血走った目で森の中を逃げながら、小男は神に祈った。