10 神代の交歓
「――――で、亡命はこれからの働き次第だとさ」
俺は、俺の家にいるジャスに会議の結果を告げた。
「こちらにも多大なリスクがある話だ。なんで、お前さんに相応の功績をあげてもらって、人格人品を見定めてから……だってよ」
「なるほどそれはもっともな主張ですね。承知しました」
様子を伺いながら話をするが、ジャスはすんなりと条件を受け入れた。
「……いいのかよ。なんだかんだ理由を付けて都合よく利用しようとしてるのかもしれないぜ」
むしろフェイがごねている。
「疑い始めればキリがないし。こちらからの要望を叶えてもらう立場だからね。まずはこちらから信じてみないと。それに教団の勢力から逃れて、ギルドの勢力圏に入れてもらっている時点で、ぼくの希望はだいたい叶っているともいえるし」
ギルドの対応が決まった後、俺たちが、よりによって俺たちが。話を持ってきたのだから順当なのだが、俺たちが再びジャスとコンタクトし、ギルドまで連れて来た上で、当面の面倒を見ることになった。
確かにここでなら神器を狙う信徒たちもうかつに手を出せない。すでに亡命しているのとあまり変わらないかもしれない。
「――それに裏切るのであれば、裏切られた時に対処を決めますよ」
こういうとこがフランが潜在的に恐れてるところなのかねえ。
「へっ。そうか、そうだよな。その時はその時だよな」
フェイは、なんでそこで嬉しそうにしている?
ジャスは俺たちのパーティーが監視と折衝を務めることになった。
その上でギルドから直接指令が来る。
最初の任務は、ギルドの庇護下に入りたがっている里との接触と交渉だ。ジャスがもたらした情報によるものだ。
俺たちだけでなく、高位の聖騎士が加わることになっている。里との交渉はこの人がする。
すぐに出発するというわけでもなく、まずはジャスにこちらの生活を体験してもらう。今日は俺の家に泊めて、翌日は観光でもしようかという話になっている。
今日はフェイも俺の家に泊まっていく。
ただ、万が一ということもあるため、ナナイにはフランの家辺りにでも行ってもらおうかと思っていたのだが……。
「あんたは信用できるって思ったんだろ」
「ああ……だけど、な」
ジャスはこちらから手を出さない限り、敵対することはないと思ってはいる。
ただやはり気になるのは、ジャスも邪神の加護を受けた人間だということだ。それも特別なやつを。
揉め事の種であるのは間違いない。
俺自身はギルドからの任務でもあるが、それがなくても放り出す気はない。
だが、気になるといえば気になる。
結局、ナナイを説得することはできず、こっちの子に内地の料理ってやつを食べさせてやるよ、と店で培った腕を振るわせることになった。
料理は全員にとても好評だった。
夜も更け、お休みの時間である。
新婚ではあるが仕事で家を空けることも多く、なかなか時間が取れない。今日は時間はあるが、子供たちがいる。
「どっちも抜け目ないやつだからな。気配で察知されるかも。それとも直接聞こえるぐらいの超聴覚を持ってるとか?」
「バカな事言ってないで、休む時はおとなしく休むの」
ナナイが景気よくベッドに俺を押し込む。
まあ、別に、それだけって訳でもない。
俺はスッとベッドに腰掛ける妻の散らばった髪のひと房を掬いあげる。
彼女はしょうがないねと音に出さず囁いた。
音も気配もなくとも、直接的行為がなくとも、ゆっくり英気を養うことはできる。
そのころ、俺の家の客室に枕を並べていたフェイとジャスの少年組はどうしていたかというと……後から聞いたところによると、二人で楽しくパジャマトークをしていたらしい。
「夫婦というのはああいうものなのかい?」
「さあ、それはどうかな。……なんだよ、見たことないのか? 暗黒大陸には結婚とか、そういう風習はないのかよ?」
「それぐらいはあるよ」
ジャスは苦笑を漏らす。
「見たことぐらいはあるよ……ただ」
ジャスの両親は、彼が物心つく前に亡くなった。
ジャスは両親の親友であるドルイドに育てられた。
師匠にもなったそのドルイドは明言しなかったが、邪神の加護を受け神器まで授かった幼子を守るために命を落としたらしきことを、酒の席で溢していた。
その師匠もジャスが10の時、神器を狙ってきた使徒の戦いに巻き込まれ、命を落とした。
「……だからぼくには夫婦というものがよく分からなくて」
「……へ~え、ま、おれに聞いても無駄だぜ。おれも分かんねえし」
おれの生まれた村はさあ、とフェイはその場にあるもので器用に簡易な村の図を作り上げる。
「……で、おれたち村の孤児はここに集められてたんだ」
その一点を見るジャスの目が止まる。
「これは……」
周辺の図と合わせて、ジャスにはその意図が理解できた。
魔物、或いは危険な野生動物、また或いは野盗。それら村が襲われるとすれば、まずここから侵入してくるだろう。
つまり、口減らしにもなり、村人の盾にもなる。村人にとっては損のない配置。
村人にとっては。
「……これは」
「でもアニキは、これはチャンスだって言ったんだよな」
言葉に詰まるジャスに対し、フェイの言葉は軽快で明白だった。
アニキというのはフェイの実の兄ではなく、孤児たちの中でリーダー格の少年のことだった。
「アニキが言うにはさ」
戦う機会さえないまま死んでいくことさえあり得た。
自分たちには戦う機会がある。
あとは勝ちさえすればいい。
魔物でも賊でも、襲撃があり、それに勝ちさえすれば。
勝てるのなら、それだけの力があれば村人を追い出して、逆に自分たちの村にしてしまうことも可能。
「『やるんだよ。やるしかないなら、やるんだよ』って言ってたな。無茶なこと言うよな。まあ魔物も盗賊も、どっちも直接知らなかったから言えた言葉だと思うけどよ」
子供たちの中には、それならいっそ、魔物が来てもスルーして村人が襲われている所を後ろから倒すというのどうかと提案した子供がいた。
「『それは駄目だ』ってアニキは言うんだよ。……なんて言ったんだっけ。それは……、最近似たような言葉を聞いたような……そうそう。『己に恥じることがあると自分を許せななくなる』とかどうとか……そんな感じのやつ」
その日から、勝つための工夫が始まった。
そして、魔物の襲撃はあった。
勝った。
犠牲を払いつつも、フェイたちは魔物を撃退した。
村人は子供たちが戦っている間に逃げ、逃げた先で別の魔物に遭遇し全滅した。
村は彼らのものになった。
興奮冷めやらぬ子供たちは、このチャンスに逃げた魔物を追い、完全な勝利をと望んだ。それが安全だと。
リーダーであるアニキが「それはやめておこう」と発言したので、彼らは追撃を留まった。
「それはすごい。奇跡だね。それで、その後は?」
しばらくしてから再度魔物の襲撃があった。
旅の聖騎士がたまたま近くを通りかかり、駆け付けた時、生き残っていたのはフェイだけだった。
奇跡は二度も起きなかった。
決死の戦闘の中、その時に万能神の加護を授かったフェイだけが、その力で何とか生き残ることができた。
「……で、その聖騎士のおっさんに引き取られて、訓練校に行くまで面倒を見てもらったってわけ」
「そうなのか……えっ? 聖騎士のおっさん? あの人……じゃないよね」
「ん? ああ、そうか。レイクのおっさんももう聖騎士なんだった。違う、違う、そっちの方がレイクのおっさんより、もっとおっさんだって。
……まっ、そんなわけで、おれに夫婦のこととか聞いても、よく知らねえよ」
「…………」
「どうしたよ、黙り込んで?」
「……君の仲間やアニキを殺した魔物を生み出したのは……このぼくの力と同じ。邪神の力だ」
「思うところがないかってか? ないね」
フェイは断言する。
「おれたちは戦って勝つ道を選んだんだ。それが負けたからって今更恨み言じゃあ……アレだ。さっき言った己に恥じるってやつだ」
そうはいっても割り切れないのが人というのもだが、フェイはあっけらかんとしている。
それが表面だけのことか内心もそう思っているのか、付き合いの短いジャスにはうかがい知れなかった。
「だからよ、1人だけ生き残ったおれとしては、もう負けないように強くなる。何にも……最強にな。恨み言なんかじゃなくて、それだろ。やることは」
「……そうなんだね。じゃあ、力を持っているのに戦うことを嫌う、力を手放したいとさえ思っているぼくに思うところもあるんじゃないか」
「……お前、本当、ネガティブだな」
フェイは呆れる。
「いいか、ジャス。最強ってのは一番強いってことだ」
「そうはそうだろうね」
「つまり、おれがそんなに強くならなくても、他がおれより弱けりゃ最強だ。力を手放したい奴なんてのは、いくらおれより強くても最強のライバルにはならない。つまり、おれの敵じゃねえってことだ」
「……そんなのでいいのかい、最強って?」
「いいんだよ、生きてりゃ勝ちだ。それより、力をなくしてもいいなら、まずその神器を手放すとかしないのか?」
「それは……ちょっとね」
「なんだかはっきりしねえな」
「この神器に関しては、ちょっと考えがあってね」
「なんだ、それ?」
「うん。それは……」
夜は更け、次の朝が来る。
最後の部分の話は「よくわからん話だった」と濁されたが、俺の前に姿を現した2人は、明らかに前日よりも距離が近づいていた。
それから数日後、俺・レイク、フェイ、フランのパーティにジャスを加える。
それにお目付け役&交渉権限を持つ聖騎士、森の神ホールディングの大騎士級聖騎士ベイルを加える。
その一団は、ギルドの庇護下に入りたがっているという人の住む、隠れ里に向かう。