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「知覚外生命体」

宇宙人と会ったことがある、と言う人はたまにいる。

空を飛んだ、光を見た、言葉が通じた、連れ去られた——いろんな証言があるけれど、

じゃあ本当に“宇宙人だった”という証拠はあるのかと聞かれると、どれも決め手に欠ける。


逆に考えてみた。

宇宙人と会ったとき、人間はどうやってそれを理解するんだろうか。

見た目が人間と同じだったら。言葉が通じたら。ごく普通の生活をしていたら。


そういうやつと出会ったことがある。

宇宙人には見えなかった。でも、人間じゃない気がした。


ただ、それだけだ。

それ以上でも、それ以下でもない。



「宇宙人、ふつうにいたよ。今もいるよ。友だちだし」


 そう言ったのは、郊外の町に住む小学四年の少年だった。

 名前は慎平くん。事情通の知人から「妙な話をする子がいる」と聞いて、僕は取材に来た。


「その子、いつから宇宙人なの?」


「うーん……わかんない。最初からかも。でもぼく転校してきたのは去年だから」


 放課後の公園。ブランコを揺らしながら、慎平くんは空を見上げて言う。


「でもね、空を見てるとわかるよ。あの子、上から見てるの。いつも。下じゃなくて。

 あと、木の中に指を入れてた」


「木の中に?」


「そう。木の幹の中。穴じゃなくて、こう……木の、皮と中身の間?」


 なんとも言いがたい話だった。

 子供の想像力か、あるいは冗談か——ただ、慎平くんはどこか真剣だった。

 目の焦点がしっかり合っていて、嘘をついているような浮き足だった感じがない。


「名前は?」


「タカハシくん。でもみんな“あの子”って呼んでる。

 なんか、名前で呼ぶのがへんな感じするから」


「他の人も変だと思ってる?」


「ううん。変じゃないって思ってる。たぶん、慣れちゃってるだけ。

 でも、たまに“ああ、宇宙人だな”って瞬間がある。……僕だけかもしれないけど」


 そう言って、慎平くんは笑った。


「でも別に、悪いことするわけじゃないし。

 ただ……ときどき、僕の思ってること、先にしゃべっちゃうんだよね。まだ言ってないのに」


「テレパシー?」


「うーん……“ちょっとだけ早い声”って感じかな。

 こっちが思う前に、もう言われてるみたいな」


 その例えが、やけに頭に残った。



翌日、僕は慎平くんに頼んで、「あの子」に会わせてもらうことになった。

 待ち合わせは、町のはずれの廃遊園地跡。

 近くの団地から歩いて10分もかからない場所に、今は使われていない小さな広場があった。


 慎平くんが「ここでよく会う」と言っていたのだが、

 その日は、彼の姿を見つけるより先に、ひとりの青年がベンチに座っているのが見えた。


 20代半ばくらい。

 身なりは普通のパーカーとジーンズ。髪は黒く、短め。顔立ちはどこにでもいそうな薄さで、特徴らしい特徴がまるでない。


 彼はこちらに気づくと、すっと立ち上がった。


「こんにちは。あなたが……取材の人、ですよね?」


 誰にも名乗っていないはずだった。


 僕が名刺を出すと、彼はそれをちらりと見て、ポケットにしまった。

 手つきはぎこちなくもなければ、過剰に慣れてもいない。ごく自然。ごく人間的だ。


 ただ、話し方がどこか不思議だった。


「この重力、けっこう快適ですね。ここの土も、適度に水を含んでいて……とても歩きやすいです」


 彼は靴の裏を見せながら、軽く笑った。


「言語パターンも面白いです。音節に意味を詰め込む文化、効率的ですね」


 僕は一瞬、何を言っているのか理解できなかった。


 冗談か。

それとも比喩か。

演技というのも考えられる。


 慎平くんが現れたのはその直後だった。

 彼は当然のようにその青年の隣に座り、

「ね、来てたでしょ」と言った。


 青年は言った。


「今日は、地球がわりと落ち着いてますね。脈動が静かで、心拍と同期しやすい」


 ……それは、たとえば“天気がいいですね”というような、ごく普通の雑談のトーンだった。


 僕はその青年をじっと見た。

 服装も動作も、呼吸のリズムも、間違いなく“人間”に見える。

 ただ、時おり放たれる言葉の“意味”だけが、妙に浮いていた。


 違和感だけが、言葉より先に届く。

 たとえば、“自分の影が少し遅れてついてくる”のに気づいたときのような。



 「狭いですけど、どうぞ」


 青年の部屋は、町営団地の三階。

 築年数の割に中はきれいに整っていて、家具も家電も、どこにでもある普通のものばかりだった。


 ソファに座ると、彼は湯を沸かしながらこう言った。


「この星の水、熱すると不思議な音がしますよね。キュウって。

 他の液体ではあまり見られない現象です。音も、振動も、いい。」


 やはり、言葉のひとつひとつがずれている。


 机の上には、一冊の大学ノートが開かれていた。

 何気なく視線を落とすと、そこに記された言葉が目に入った。


【観察記録_地球種属:ヒト】

個体間の距離感、強い。触覚を伴う接触に明確な感情反応あり。

発声装置に頼りすぎている。振動の同期に時間差。

……だが、それが魅力的。


 ページの端には、こんなメモもあった。


この惑星の「孤独」は、保存食のような構造をしている。


 僕は思わずスマホを取り出し、ノートを撮影しようとした。

 だが、カメラを起動してファインダーを向けた瞬間——


 青年の姿だけが、画面から“抜け落ちていた”。


 視界の中にはいる。

 だが、カメラ越しには見えない。

 机、ソファ、背景の壁は映るのに、彼の部分だけが透明な影のようにぼやけていた。


「撮れませんよ、たぶん。

 記録されることには、まだ慣れてないので」


 そう言って、彼は笑った。


 やさしい笑いだった。

 人間の笑い方と、何ひとつ違わなかった。

 それがかえって怖かった。



宿に戻ったのは、日付が変わる少し前だった。

 部屋の照明をつけ、机にメモ帳を広げる。

 取材した内容をいつものように書き起こそうとした瞬間、ペンが止まった。


 ——会話の内容が、思い出せない。


 何を話した?

 どんなふうに言葉を返された?

 表情は? 言葉の抑揚は?

 それらすべてが、細部だけ溶けて消えている。


 不安になってスマホの録音アプリを開く。

 室内で録った30分近い音声データ。再生してみると——


 僕の声だけが、はっきり残っていた。

 相手の声の部分は、無音だった。


 沈黙でもノイズでもない。

 まるでその時間だけ、**録音自体が不可能だったような“空白”**が続いていた。


 翌朝、慎平くんに再び会いに行く。

 学校の前で出てくるのを待ち、声をかけると、彼はきょとんとした顔で首をかしげた。


「……宇宙人?」


「ほら、昨日言ってた、“友達”のこと」


「え? ……だれ?」


 彼の目は本気で困惑していた。

 嘘をついている様子ではない。

 むしろ、僕が何か変なことを言っているかのような、居心地の悪さをにじませていた。


「……もしかして、お兄さん、夢とまちがえてない?」


 それが冗談だとしても、その言葉が突き刺さった。


 取材の記録も残っていない。

 音声も残らず、相手の名前すらわからない。

 そして“宇宙人に会った”という唯一の証人が、その記憶をまるごと失っている。


 僕の取材は、今やすべて“無根拠”な出来事になっていた。



町を離れる日の朝、僕はもう一度だけ、あの広場へ寄ってみた。

 曇り空。草は濡れていた。誰もいない。

 ブランコが風に揺れ、さびたチェーンがかすかにきしむ。


 帰ろうとしたときだった。

 視界の端に、人影があった。


 振り返ると、彼が立っていた。

 いつものパーカー、無表情のような笑顔。

 何も不自然なところはない。ただそこに、いる。


「……やっぱり、いましたか」


 僕がそう言うと、彼はふっと微笑んだ。


「ええ、あなたなら来ると思ってました。

 というか、来るように“感じて”いました」


「僕のこと、知ってますか?」


「もちろん。あなたは観察者です。

 観察者は、“観測される側”のルールに影響を与える。

 ……でもこの星は、観察がうまくいきません。

 記録しようとすると、事象の方が“引っ込んでしまう”」


 彼は、まるで独り言のように続ける。


「地球人は面白いですね。“証拠がないなら信じない”と言いながら、

 証拠が出ると“それは証拠ではない”って言うんです。

 宇宙人がいてほしいけど、いたら困る。

 いないほうが都合がいいけど、いないとも言い切りたくない。

 その、曖昧さがとても……いい」


「……あなたは、本当に宇宙人なんですか?」


 彼は答えない。

 ただ一歩、こちらに近づいて、僕の胸ポケットに何かをすっと差し込んだ。


「では、忘れてください。

 思い出すのが難しいくらいに、ちょうどいい」


 そう言って彼は、振り返らずに歩き去った。


 まばたきの一瞬のあいだに、その背中は霧に溶けるように、消えていた。


 胸ポケットには、一枚の紙が残っていた。

 手触りは、地球のものと変わらない。

 ただ、そこに書かれていた言葉だけが、妙にひっかかった。


「“地球人の観察記録を終える。

彼らは、自分が地球人であることすら疑える種族だった。”」



宇宙人は、奇抜な姿も、奇妙な言葉も、異能も持たなかった。

人間と同じように歩き、同じように笑って、ただ、見えていなかっただけだ。


記録は残らなかった。証拠も消えた。

けれど、確かに“何かと会った”記憶だけが、

ほんの少しだけ、僕の中に重力を持って残っている。



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