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「すてきなおくりもの」


「すてきなおくりもの」


 ——最初にそれを受け取ったのは、誰だったのか。


 考えても分からない。

 ただ、気づいたときには、手の中にそれがあった。

 誰が渡したのかは分からない。

 けれど、確かに受け取った記憶はある。


 それは「すてきなもの」だった。

 ずっと欲しかったもの。

 だから、受け取るのに何の疑いもなかった。


 だけど、ある日、ふと気づく。


 ——おかしい。


 なぜ、これを受け取ったのか。

 なぜ、誰からもらったのか思い出せないのか。

 なぜ、他の人はそれを見ても、関心を示さないのか。


 そして、気づいたときにはもう遅い。


 その夜、その人は、消える。



 「なあ、一ノ瀬」


 電話越しに、低い声が響いた。

 相手は早瀬悠馬。

 たまに情報をくれるライター仲間だ。


 「変な噂がある。お前なら興味を持つと思ってな」

 「どんな?」

 「“すてきなおくりもの”って知ってるか?」


 聞いたことのない名前だった。

 だが、その響きが妙に引っかかる。

 心の奥で、何かがざわりと蠢く。


 「都市伝説か?」

 「いや、割と現実的な話だ。実際に、ここ数年でいなくなったやつがいるらしい」


 早瀬が語る内容は、簡単に言えばこうだった。


 - ある日、誰かが奇妙な贈り物を受け取る

 - その贈り物は、その人にとって完璧な「欲しかったもの」

 - しかし、誰がくれたのかは分からない

 - しばらくすると、その人は行方不明になる

 - 遺品もなく、誰も探そうとしない


 事件性はない。

 遺体も見つからない。

 そして、奇妙なことに——


 「その人が存在していたという記憶が、少しずつ周囲から消えていく」


 「お前の取材範囲にはぴったりだろ?」

 早瀬は冗談めかして言うが、その声はどこか慎重だった。


 「ちょうど最近も一件、“消えた”やつがいる」


 そう言って、早瀬はある名前を教えた。

 つい数日前に消えたばかりの人間だった。



 翌日、僕はその人物の知人に話を聞いた。


 「妹が……いなくなったんです」


 話を聞かせてくれたのは、20代の女性だった。

 彼女の妹は数日前、突如として失踪した。

 警察に届けたものの、手がかりは一切なし。

 家には争った形跡もなく、財布やスマホもそのままだった。

 まるで、自分の意思でふっと消えたかのように。


 「……妹さん、何か変わったことを言っていませんでしたか?」


 しばらく沈黙したあと、彼女は小さく頷いた。


 「……“すてきなおくりもの”をもらったって」



 「……“すてきなおくりもの”をもらったって、妹が言ってたんです」


 女性は、かすれた声でそう言った。

 部屋の中は静まり返り、時計の秒針だけが微かに響いていた。


 「妹さんは、何をもらったんですか?」

 僕は慎重に尋ねた。


 「……ネックレスです」


 彼女は震える手でスマホを操作し、写真を見せてくれた。

 画面に映るのは、シンプルな銀のネックレス。

 小さなペンダントには、繊細な細工が施されている。


 「妹は、ずっとこういうのを欲しがっていました。でも、高くて手が出せなくて……」


 「それを、誰から?」


 女性は言葉に詰まった。

 少しの間、押し黙った後、小さく首を振る。


 「……それが、分からないんです」


 「分からない?」


 「妹は確かに”もらった”と言いました。手渡された記憶もある。……でも、誰からもらったのかを思い出せないって」


 僕はスマホの画面を見つめた。


 ネックレスは、特に変わったものには見えない。

 しかし、“欲しかったもの”がちょうど手に入る。

 しかも、誰がくれたのか分からない——


 それは、本当に偶然なのか?


 「妹さん、ネックレスをもらったあと、何か変わった様子は?」


 「……最初はすごく喜んでました。でも、ある日突然、『これ、私のじゃないかもしれない』って言い出したんです」


 「どういうことです?」


 「……もらったはずなのに、“これは本当は自分のものじゃない”って感じがするって」


 彼女の言葉に、僕は背筋がうっすらと冷たくなるのを感じた。


 ——「もらったはずなのに、それは自分のものではない」。


 所有権が曖昧なまま手渡される”贈り物”。

 それが、何を意味するのかはまだ分からない。



 「妹さんが消えたのは、いつですか?」


 「ネックレスをもらってから……ちょうど、一週間後です」


 「その間、誰かにネックレスをあげたり、返そうとしたりは?」


 「いいえ……妹は、最初はすごく気に入ってました。でも、日が経つにつれて、どこか落ち着かない様子になって……」


 「落ち着かない?」


 「夜、部屋の中を何度も歩き回ったり、ふとネックレスを外してじっと見つめたりしてました。何かに追われてるみたいで……」


 「……最後に見たのは?」


 「夜、私の部屋の前で立ってたんです。扉の前で、じっと」


 「何か言ってましたか?」


 「……“これ、受け取ってくれる?“って」


 彼女は声を震わせながら、目を伏せた。


 「でも、私は……なんだか怖くなって、『いいよ』って言えませんでした」


 ——そして、妹は消えた。



 僕はスマホを閉じ、頭の中で情報を整理した。


 ・“すてきなおくりもの”を受け取ると、その人は消える

 ・贈り物は、その人がずっと欲しかったもの

 ・誰からもらったのか分からない

 ・時間が経つと、持ち主は「これは自分のものじゃない」と感じるようになる

 ・持ち主は、それを誰かに渡そうとする

 ・もし、渡すことができなければ——自分が消える


 これは、ただの都市伝説じゃない。

 いうならば“呪いのバトン”。




 僕は、カフェの隅でノートパソコンを開き、資料を確認していた。

 “すてきなおくりもの”。

 この現象は、本当に最近始まったものなのか?


 ネットで検索すると、ちらほらと似たような話が出てきた。

 ただし、明確な記録として残っているものは少ない。

 ほとんどは掲示板や個人ブログの書き込みで、「都市伝説」として語られている。


 しかし、調べていくうちに、一つの共通点に気がついた。


 “贈り物を受け取った人間は、消えたあと、周囲の記憶からも薄れていく。”


 これは単なる失踪ではない。

 行方不明者の家族や友人たちの記憶の中でさえ、その存在が希薄になっていく。



 僕は失踪者リストを遡りながら、過去の類似ケースを探した。


 すると、10年前に「突然失踪した女性」の記事が見つかった。

 その女性の姉が当時書いたブログには、こう記されていた。


 「妹が、大切なものをもらったって言ってた。でも、それが何だったのか思い出せない。妹の部屋にも、それらしいものは残っていなかった」

 「妹は誰かを待っていたみたい。でも、誰を待っていたのか、私には分からなかった」

 「妹がいなくなったあと、私の中で妹の記憶がぼんやりと霞んでいく気がする。何かを忘れているのに、それが何なのか分からない」



 妹の存在が、“消えた”あとでさえ、姉の記憶の中からも薄れていく。

 まるで、“いなかったこと”にされていくように。



 さらに調べると、もっと古い記録が見つかった。


 30年前。とある町で起きた失踪事件。

 当時の新聞記事には、こう書かれていた。


 「失踪者は特に変わった様子もなく、家族とも普段通りに過ごしていた。しかし、彼が最後に残した言葉は奇妙だった。『これは、次に誰がもらうんだろう』とつぶやいていたという」


 次に誰がもらうのか。

 つまり、贈り物は”受け取る人間”を変えていく。


 誰かがそれをもらえば、前の持ち主は生き延びる。

 もらわなければ、“消える”。


 ……なら、“すてきなおくりもの”は、一体どこから始まったのか?



 僕はふと、ある可能性に思い至った。


 ——“最初の持ち主”はどうなっていのか。


 “最初に贈り物を受け取った者”は、一体、どうなったのか?


 調べを進めているうちに、僕は偶然、一人の証言者に辿り着いた。


 “贈り物を受け取ったが、なぜか消えなかった”という人物がいる。


 僕はすぐにその人に連絡を取った。


 電話口の相手は、妙に落ち着いた声で言った。


 「ああ……その話か。君、本当に知りたいの?」


 僕は静かに答えた。


 「ええ。あなたはなぜ、“消えなかった”んですか?」


 しばらくの沈黙の後、相手はこう言った。


 「……途中で、誰かに渡したからさ」



 約束の場所は、郊外の寂れた喫茶店だった。


 店内には古いレコードが流れ、カウンターには年配のマスターが静かに立っている。

 客はほとんどおらず、昼間なのに薄暗い。


 僕は席に座り、しばらく待った。


 ドアが開き、一人の男が入ってくる。

 年の頃は四十代半ば、やつれた顔をしていた。

 彼は僕を見るなり、笑うでもなく、淡々とした足取りで向かってきた。


 「……君が、取材の人?」


 低い声だった。

 僕は頷き、ノートを開く。


 「話を聞かせてください。あなたは、“すてきなおくりもの”を受け取ったことがあるんですね?」


 彼は無言でコーヒーを一口飲んだあと、小さく頷いた。



 「それは、すごく”いいもの”だったよ」


 彼はゆっくりと言葉を選ぶように語る。


 「俺はね、ずっと高級な腕時計が欲しかったんだ。仕事がうまくいったら買おうって思ってた。でも、なかなかそんな余裕はなくてさ……」


 彼は袖をまくり、手首を見せる。

 そこには、何もなかった。


 「ある日、それが目の前にあった。誰かが手渡してくれたんだと思う。でも——」


 彼はそこで言葉を切る。


 「……誰がくれたのか、思い出せないんだ」


 彼の指がコーヒーカップの縁をなぞる。


 「受け取ったときは、すごく嬉しかった。でもな、それを手に入れた瞬間から、どこか落ち着かなかったんだ」


 「落ち着かなかった?」


 「そうさ。なんていうか……“これは俺のものじゃない”って、どこかで感じてたんだ」


 「最初から?」


 「いや……しばらく経ってからだ。それがだんだん強くなっていった。寝てても、時計の存在が気になって仕方ない。手首にはめても、外しても、どうにも気持ちが悪かった」



 「それで、どうしたんですか?」


 彼は、短く笑った。


 「……途中で誰かに渡したんだよ」


 「誰に?」


 「よく覚えてない。ただ、“受け取ってくれる?“って言ったら、そいつが頷いた」


 「そして、その人は?」


 「さあな…誰に渡したか名前も顔も覚えてない」


 彼の言葉に、背筋が凍るような感覚が走る。


 「つまり、“すてきなおくりもの”は、渡した相手が消えることで、自分は助かる?」


 「それもわからない」

 彼はカップの底を見つめながら言った。


 「でも、俺はこうして生きてる。そして、そいつはもういない」


 店内の時計が、カチリと音を立てる。


 彼はふと僕を見て、にやりと笑った。


 「……あなたももう受け取ってるんじゃないのか?」


 「……え?」


 「確認してみなよ」


 彼の言葉に、僕は一瞬、意味が分からなかった。


 しかし——胸の奥で、ひどく嫌な予感がする。


 ——まさか。


 僕はゆっくりとポケットに手を入れた。


 指先が、何か硬いものに触れた。


 取り出す。


 それは——


 見覚えのない、小さな箱だった。



 ——誰から受け取ったのか、思い出せない。


 僕はポケットから取り出した小箱を見つめた。

 淡い銀色の包装紙に包まれた、小さな贈り物。

 リボンがかけられ、まるで誕生日プレゼントのように丁寧に梱包されている。


 だが、これには問題がある。


 僕は、こんなものをもらった覚えがない。


 受け取った記憶がない。

 なのに、僕のポケットに入っていた。


 ——知らないうちに、受け取らされた。

 そんな事があり得るのだろうか。

 証言者が言っていたことを思い出す。

 「“受け取ってくれる?“と言ったら、そいつが頷いた」

 つまり、受け取ることに”同意”した人間が、次の持ち主になる。


 だが、僕はそんなやり取りをした覚えはない。

 なのに、気づいたときにはこれがあった。


 ……じゃあ、僕はいつ”同意した”?


 ふと、証言者の視線を感じた。


 彼はカップを指でなぞりながら、静かに言った。


 「それ、開けないのかい?」


 彼の言葉に、背筋が冷える。

 店内の空気が、少し重くなった気がした。


 「いや……やめておきます」


 何が入っているのか分からない。

 開けた瞬間、何かが変わるかもしれない。

 いや、そもそも——


 これは本当に、僕が欲しかったものなのか?

 僕は何が欲しい…?




 「そうか。でも、気をつけたほうがいい」

 証言者は薄く笑いながら言った。


 「“すてきなおくりもの”は、ちゃんと渡さないといけない」

 「持ち続けると、“消える”んだろ?」

 彼の声は静かだったが、確信に満ちていた。


 僕は視線を落とし、再び小箱を見つめる。


 “誰かに渡せなければ、自分が消える”


 これが、贈り物のルールだとしたら——

 このまま持ち続けるのは、あまり得策ではない。


 だが、誰かに渡せば、その人が次の”持ち主”になる。

 そして、やがて消える。


 ——間違いなくこれは呪いのバトンだ。



 僕はゆっくりと息を吐く。


 「……この贈り物、どこから始まったんでしょうね」


 証言者は目を細めた。


 「さあな。でも、俺は”最初の持ち主”がいたと思ってるよ」

 「誰かが何かのきっかけで”すてきなおくりもの”を最初に受け取ったんだ。そしてそいつは——」

 証言者は静かに言った。


 「そいつは、別の人間に渡す事で消えるのを防いだ。“贈り主”になることで”すてきなおくりもの”の恩恵を回避したんだと俺は思っている」



 僕は思わず、小箱を握りしめた。


 贈り物を渡さなければ、持ち主は消える。

 受け取った者は“贈り主”となり、次の持ち主を探すことで厄災のループから逃れる事ができる。



 この贈り物は、“誰かが手渡してくるもの”ではない。

 それは、自分が”気づいたとき”には、すでに受け取っているものなのだ。


 ——この呪いを止まらないようにしている存在がいる。



 僕は小箱をテーブルの上に置いた。


 「……このまま、持っていたら?」


 証言者は肩をすくめる。


 「俺はやめとけって言うね」


 僕はしばらく考え、ポケットにそれを戻した。



 店を出たとき、背後で証言者の声が聞こえた。


 「お前、そのうち誰かに言うんじゃないか?」


 「何を?」


 「“これ、受け取ってくれる?“ってさ」




 喫茶店を出て、夜の街を歩く。

 ポケットの中にある小さな箱の存在が、妙に重く感じられた。


 人通りの少ない道を抜け、駅へ向かう。

 寒い風が吹き、街灯の下で影が揺れる。


 ——これをどうすればいい?


 証言者の言葉が脳裏をよぎる。


 「持ち続ければ、お前が消える」

 「誰かに渡せば、その人が次の持ち主になる」


 この”すてきなおくりもの”は、受け取った瞬間から”次の相手”を探し始める。

 それを渡すことで、自分は生き延びることができる。


 だが、それはつまり、次の誰かを犠牲にするということだ。



 電車に乗り込み、窓の外をぼんやりと眺める。

 車内の蛍光灯が、窓ガラスに自分の姿を映し出していた。


 ポケットに入れたままの小箱が、妙に熱を帯びているような気がする。


 僕はスマホを取り出し、画面を確認した。


 ——通知がひとつ届いていた。


 「荷物の配達予定:すてきなおくりもの」


 瞬間、背筋が凍りついた。


 差出人不明。

 配達先は、自分の住所。


 息が詰まる。

 “受け取った”はずのものが、まだ届いていない。


 じゃあ、僕が持っているこの小箱は、何なのか。



 ホームに降り、静かな街の夜道を歩く。

 ポケットの中の小箱は、そのまま。


 僕は、まだ誰にも「受け取ってくれる?」とは言っていない。

 なのに、すでに次の”贈り物”が届こうとしている。


 ——つまり、これは。


 “誰かに渡す前提で、すでに次が動いている”ことを意味している。


 “すてきなおくりもの”は、持ち主が消える前に、次の受け取り手を決めている。

 それはつまり——僕が誰にも渡さなかったとしても、この贈り物は、“次”に行くつもりでいるということだ。


 僕は小さく息を吐き、スマホを閉じる。

 自宅のドアを開けると、郵便受けに封筒が入っていた。


 差出人はない。


 震える指で封を切ると、中から一枚のメモが落ちた。


 そこには、たった一行だけ、こう書かれていた。


 「あなたは、受け取る側ですか? 渡す側ですか?」


 僕はしばらくその言葉を見つめたあと、静かに封筒を折り畳んだ。


 小箱は、まだポケットの中にある。


 僕はそれを開けることも、捨てることもせず、机の上に置いた。


 そして、コーヒーメーカーに水を注ぎ、スイッチを入れた。


 ——僕もそのうち、誰かに言うことになるのだろうか。


 「これ、受け取ってくれる?」


 【終】

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