「すてきなおくりもの」
「すてきなおくりもの」
——最初にそれを受け取ったのは、誰だったのか。
考えても分からない。
ただ、気づいたときには、手の中にそれがあった。
誰が渡したのかは分からない。
けれど、確かに受け取った記憶はある。
それは「すてきなもの」だった。
ずっと欲しかったもの。
だから、受け取るのに何の疑いもなかった。
だけど、ある日、ふと気づく。
——おかしい。
なぜ、これを受け取ったのか。
なぜ、誰からもらったのか思い出せないのか。
なぜ、他の人はそれを見ても、関心を示さないのか。
そして、気づいたときにはもう遅い。
その夜、その人は、消える。
「なあ、一ノ瀬」
電話越しに、低い声が響いた。
相手は早瀬悠馬。
たまに情報をくれるライター仲間だ。
「変な噂がある。お前なら興味を持つと思ってな」
「どんな?」
「“すてきなおくりもの”って知ってるか?」
聞いたことのない名前だった。
だが、その響きが妙に引っかかる。
心の奥で、何かがざわりと蠢く。
「都市伝説か?」
「いや、割と現実的な話だ。実際に、ここ数年でいなくなったやつがいるらしい」
早瀬が語る内容は、簡単に言えばこうだった。
- ある日、誰かが奇妙な贈り物を受け取る
- その贈り物は、その人にとって完璧な「欲しかったもの」
- しかし、誰がくれたのかは分からない
- しばらくすると、その人は行方不明になる
- 遺品もなく、誰も探そうとしない
事件性はない。
遺体も見つからない。
そして、奇妙なことに——
「その人が存在していたという記憶が、少しずつ周囲から消えていく」
「お前の取材範囲にはぴったりだろ?」
早瀬は冗談めかして言うが、その声はどこか慎重だった。
「ちょうど最近も一件、“消えた”やつがいる」
そう言って、早瀬はある名前を教えた。
つい数日前に消えたばかりの人間だった。
◇
翌日、僕はその人物の知人に話を聞いた。
「妹が……いなくなったんです」
話を聞かせてくれたのは、20代の女性だった。
彼女の妹は数日前、突如として失踪した。
警察に届けたものの、手がかりは一切なし。
家には争った形跡もなく、財布やスマホもそのままだった。
まるで、自分の意思でふっと消えたかのように。
「……妹さん、何か変わったことを言っていませんでしたか?」
しばらく沈黙したあと、彼女は小さく頷いた。
「……“すてきなおくりもの”をもらったって」
◇
「……“すてきなおくりもの”をもらったって、妹が言ってたんです」
女性は、かすれた声でそう言った。
部屋の中は静まり返り、時計の秒針だけが微かに響いていた。
「妹さんは、何をもらったんですか?」
僕は慎重に尋ねた。
「……ネックレスです」
彼女は震える手でスマホを操作し、写真を見せてくれた。
画面に映るのは、シンプルな銀のネックレス。
小さなペンダントには、繊細な細工が施されている。
「妹は、ずっとこういうのを欲しがっていました。でも、高くて手が出せなくて……」
「それを、誰から?」
女性は言葉に詰まった。
少しの間、押し黙った後、小さく首を振る。
「……それが、分からないんです」
「分からない?」
「妹は確かに”もらった”と言いました。手渡された記憶もある。……でも、誰からもらったのかを思い出せないって」
僕はスマホの画面を見つめた。
ネックレスは、特に変わったものには見えない。
しかし、“欲しかったもの”がちょうど手に入る。
しかも、誰がくれたのか分からない——
それは、本当に偶然なのか?
「妹さん、ネックレスをもらったあと、何か変わった様子は?」
「……最初はすごく喜んでました。でも、ある日突然、『これ、私のじゃないかもしれない』って言い出したんです」
「どういうことです?」
「……もらったはずなのに、“これは本当は自分のものじゃない”って感じがするって」
彼女の言葉に、僕は背筋がうっすらと冷たくなるのを感じた。
——「もらったはずなのに、それは自分のものではない」。
所有権が曖昧なまま手渡される”贈り物”。
それが、何を意味するのかはまだ分からない。
◇
「妹さんが消えたのは、いつですか?」
「ネックレスをもらってから……ちょうど、一週間後です」
「その間、誰かにネックレスをあげたり、返そうとしたりは?」
「いいえ……妹は、最初はすごく気に入ってました。でも、日が経つにつれて、どこか落ち着かない様子になって……」
「落ち着かない?」
「夜、部屋の中を何度も歩き回ったり、ふとネックレスを外してじっと見つめたりしてました。何かに追われてるみたいで……」
「……最後に見たのは?」
「夜、私の部屋の前で立ってたんです。扉の前で、じっと」
「何か言ってましたか?」
「……“これ、受け取ってくれる?“って」
彼女は声を震わせながら、目を伏せた。
「でも、私は……なんだか怖くなって、『いいよ』って言えませんでした」
——そして、妹は消えた。
◇
僕はスマホを閉じ、頭の中で情報を整理した。
・“すてきなおくりもの”を受け取ると、その人は消える
・贈り物は、その人がずっと欲しかったもの
・誰からもらったのか分からない
・時間が経つと、持ち主は「これは自分のものじゃない」と感じるようになる
・持ち主は、それを誰かに渡そうとする
・もし、渡すことができなければ——自分が消える
これは、ただの都市伝説じゃない。
いうならば“呪いのバトン”。
◇
僕は、カフェの隅でノートパソコンを開き、資料を確認していた。
“すてきなおくりもの”。
この現象は、本当に最近始まったものなのか?
ネットで検索すると、ちらほらと似たような話が出てきた。
ただし、明確な記録として残っているものは少ない。
ほとんどは掲示板や個人ブログの書き込みで、「都市伝説」として語られている。
しかし、調べていくうちに、一つの共通点に気がついた。
“贈り物を受け取った人間は、消えたあと、周囲の記憶からも薄れていく。”
これは単なる失踪ではない。
行方不明者の家族や友人たちの記憶の中でさえ、その存在が希薄になっていく。
◇
僕は失踪者リストを遡りながら、過去の類似ケースを探した。
すると、10年前に「突然失踪した女性」の記事が見つかった。
その女性の姉が当時書いたブログには、こう記されていた。
「妹が、大切なものをもらったって言ってた。でも、それが何だったのか思い出せない。妹の部屋にも、それらしいものは残っていなかった」
「妹は誰かを待っていたみたい。でも、誰を待っていたのか、私には分からなかった」
「妹がいなくなったあと、私の中で妹の記憶がぼんやりと霞んでいく気がする。何かを忘れているのに、それが何なのか分からない」
妹の存在が、“消えた”あとでさえ、姉の記憶の中からも薄れていく。
まるで、“いなかったこと”にされていくように。
◇
さらに調べると、もっと古い記録が見つかった。
30年前。とある町で起きた失踪事件。
当時の新聞記事には、こう書かれていた。
「失踪者は特に変わった様子もなく、家族とも普段通りに過ごしていた。しかし、彼が最後に残した言葉は奇妙だった。『これは、次に誰がもらうんだろう』とつぶやいていたという」
次に誰がもらうのか。
つまり、贈り物は”受け取る人間”を変えていく。
誰かがそれをもらえば、前の持ち主は生き延びる。
もらわなければ、“消える”。
……なら、“すてきなおくりもの”は、一体どこから始まったのか?
◇
僕はふと、ある可能性に思い至った。
——“最初の持ち主”はどうなっていのか。
“最初に贈り物を受け取った者”は、一体、どうなったのか?
調べを進めているうちに、僕は偶然、一人の証言者に辿り着いた。
“贈り物を受け取ったが、なぜか消えなかった”という人物がいる。
僕はすぐにその人に連絡を取った。
電話口の相手は、妙に落ち着いた声で言った。
「ああ……その話か。君、本当に知りたいの?」
僕は静かに答えた。
「ええ。あなたはなぜ、“消えなかった”んですか?」
しばらくの沈黙の後、相手はこう言った。
「……途中で、誰かに渡したからさ」
◇
約束の場所は、郊外の寂れた喫茶店だった。
店内には古いレコードが流れ、カウンターには年配のマスターが静かに立っている。
客はほとんどおらず、昼間なのに薄暗い。
僕は席に座り、しばらく待った。
ドアが開き、一人の男が入ってくる。
年の頃は四十代半ば、やつれた顔をしていた。
彼は僕を見るなり、笑うでもなく、淡々とした足取りで向かってきた。
「……君が、取材の人?」
低い声だった。
僕は頷き、ノートを開く。
「話を聞かせてください。あなたは、“すてきなおくりもの”を受け取ったことがあるんですね?」
彼は無言でコーヒーを一口飲んだあと、小さく頷いた。
◇
「それは、すごく”いいもの”だったよ」
彼はゆっくりと言葉を選ぶように語る。
「俺はね、ずっと高級な腕時計が欲しかったんだ。仕事がうまくいったら買おうって思ってた。でも、なかなかそんな余裕はなくてさ……」
彼は袖をまくり、手首を見せる。
そこには、何もなかった。
「ある日、それが目の前にあった。誰かが手渡してくれたんだと思う。でも——」
彼はそこで言葉を切る。
「……誰がくれたのか、思い出せないんだ」
彼の指がコーヒーカップの縁をなぞる。
「受け取ったときは、すごく嬉しかった。でもな、それを手に入れた瞬間から、どこか落ち着かなかったんだ」
「落ち着かなかった?」
「そうさ。なんていうか……“これは俺のものじゃない”って、どこかで感じてたんだ」
「最初から?」
「いや……しばらく経ってからだ。それがだんだん強くなっていった。寝てても、時計の存在が気になって仕方ない。手首にはめても、外しても、どうにも気持ちが悪かった」
◇
「それで、どうしたんですか?」
彼は、短く笑った。
「……途中で誰かに渡したんだよ」
「誰に?」
「よく覚えてない。ただ、“受け取ってくれる?“って言ったら、そいつが頷いた」
「そして、その人は?」
「さあな…誰に渡したか名前も顔も覚えてない」
彼の言葉に、背筋が凍るような感覚が走る。
「つまり、“すてきなおくりもの”は、渡した相手が消えることで、自分は助かる?」
「それもわからない」
彼はカップの底を見つめながら言った。
「でも、俺はこうして生きてる。そして、そいつはもういない」
店内の時計が、カチリと音を立てる。
彼はふと僕を見て、にやりと笑った。
「……あなたももう受け取ってるんじゃないのか?」
「……え?」
「確認してみなよ」
彼の言葉に、僕は一瞬、意味が分からなかった。
しかし——胸の奥で、ひどく嫌な予感がする。
——まさか。
僕はゆっくりとポケットに手を入れた。
指先が、何か硬いものに触れた。
取り出す。
それは——
見覚えのない、小さな箱だった。
◇
——誰から受け取ったのか、思い出せない。
僕はポケットから取り出した小箱を見つめた。
淡い銀色の包装紙に包まれた、小さな贈り物。
リボンがかけられ、まるで誕生日プレゼントのように丁寧に梱包されている。
だが、これには問題がある。
僕は、こんなものをもらった覚えがない。
受け取った記憶がない。
なのに、僕のポケットに入っていた。
——知らないうちに、受け取らされた。
そんな事があり得るのだろうか。
証言者が言っていたことを思い出す。
「“受け取ってくれる?“と言ったら、そいつが頷いた」
つまり、受け取ることに”同意”した人間が、次の持ち主になる。
だが、僕はそんなやり取りをした覚えはない。
なのに、気づいたときにはこれがあった。
……じゃあ、僕はいつ”同意した”?
ふと、証言者の視線を感じた。
彼はカップを指でなぞりながら、静かに言った。
「それ、開けないのかい?」
彼の言葉に、背筋が冷える。
店内の空気が、少し重くなった気がした。
「いや……やめておきます」
何が入っているのか分からない。
開けた瞬間、何かが変わるかもしれない。
いや、そもそも——
これは本当に、僕が欲しかったものなのか?
僕は何が欲しい…?
「そうか。でも、気をつけたほうがいい」
証言者は薄く笑いながら言った。
「“すてきなおくりもの”は、ちゃんと渡さないといけない」
「持ち続けると、“消える”んだろ?」
彼の声は静かだったが、確信に満ちていた。
僕は視線を落とし、再び小箱を見つめる。
“誰かに渡せなければ、自分が消える”
これが、贈り物のルールだとしたら——
このまま持ち続けるのは、あまり得策ではない。
だが、誰かに渡せば、その人が次の”持ち主”になる。
そして、やがて消える。
——間違いなくこれは呪いのバトンだ。
◇
僕はゆっくりと息を吐く。
「……この贈り物、どこから始まったんでしょうね」
証言者は目を細めた。
「さあな。でも、俺は”最初の持ち主”がいたと思ってるよ」
「誰かが何かのきっかけで”すてきなおくりもの”を最初に受け取ったんだ。そしてそいつは——」
証言者は静かに言った。
「そいつは、別の人間に渡す事で消えるのを防いだ。“贈り主”になることで”すてきなおくりもの”の恩恵を回避したんだと俺は思っている」
◇
僕は思わず、小箱を握りしめた。
贈り物を渡さなければ、持ち主は消える。
受け取った者は“贈り主”となり、次の持ち主を探すことで厄災のループから逃れる事ができる。
この贈り物は、“誰かが手渡してくるもの”ではない。
それは、自分が”気づいたとき”には、すでに受け取っているものなのだ。
——この呪いを止まらないようにしている存在がいる。
僕は小箱をテーブルの上に置いた。
「……このまま、持っていたら?」
証言者は肩をすくめる。
「俺はやめとけって言うね」
僕はしばらく考え、ポケットにそれを戻した。
◇
店を出たとき、背後で証言者の声が聞こえた。
「お前、そのうち誰かに言うんじゃないか?」
「何を?」
「“これ、受け取ってくれる?“ってさ」
◇
喫茶店を出て、夜の街を歩く。
ポケットの中にある小さな箱の存在が、妙に重く感じられた。
人通りの少ない道を抜け、駅へ向かう。
寒い風が吹き、街灯の下で影が揺れる。
——これをどうすればいい?
証言者の言葉が脳裏をよぎる。
「持ち続ければ、お前が消える」
「誰かに渡せば、その人が次の持ち主になる」
この”すてきなおくりもの”は、受け取った瞬間から”次の相手”を探し始める。
それを渡すことで、自分は生き延びることができる。
だが、それはつまり、次の誰かを犠牲にするということだ。
◇
電車に乗り込み、窓の外をぼんやりと眺める。
車内の蛍光灯が、窓ガラスに自分の姿を映し出していた。
ポケットに入れたままの小箱が、妙に熱を帯びているような気がする。
僕はスマホを取り出し、画面を確認した。
——通知がひとつ届いていた。
「荷物の配達予定:すてきなおくりもの」
瞬間、背筋が凍りついた。
差出人不明。
配達先は、自分の住所。
息が詰まる。
“受け取った”はずのものが、まだ届いていない。
じゃあ、僕が持っているこの小箱は、何なのか。
◇
ホームに降り、静かな街の夜道を歩く。
ポケットの中の小箱は、そのまま。
僕は、まだ誰にも「受け取ってくれる?」とは言っていない。
なのに、すでに次の”贈り物”が届こうとしている。
——つまり、これは。
“誰かに渡す前提で、すでに次が動いている”ことを意味している。
“すてきなおくりもの”は、持ち主が消える前に、次の受け取り手を決めている。
それはつまり——僕が誰にも渡さなかったとしても、この贈り物は、“次”に行くつもりでいるということだ。
僕は小さく息を吐き、スマホを閉じる。
自宅のドアを開けると、郵便受けに封筒が入っていた。
差出人はない。
震える指で封を切ると、中から一枚のメモが落ちた。
そこには、たった一行だけ、こう書かれていた。
「あなたは、受け取る側ですか? 渡す側ですか?」
僕はしばらくその言葉を見つめたあと、静かに封筒を折り畳んだ。
小箱は、まだポケットの中にある。
僕はそれを開けることも、捨てることもせず、机の上に置いた。
そして、コーヒーメーカーに水を注ぎ、スイッチを入れた。
——僕もそのうち、誰かに言うことになるのだろうか。
「これ、受け取ってくれる?」
【終】




