「ジグソーニンゲン」
パズルのピースが一つ、足りない。
そう気づいたのは、取材先の古い町で奇妙な噂を耳にしたときだった。
「この町には”ジグソーニンゲン”がいる」
そう言ったのは、町の骨董品店の店主だった。
彼は小さなガラスケースの中に、一片のパズルのピースを並べながら呟いた。
「ある日突然、自分の体が”足りなくなる”んだとさ」
「……足りなくなる?」
「たとえば、朝起きると指が一本なくなっている。顔の一部が欠けている。でもな、痛みもないし、誰も気づかない。周りの人間も、それが”当たり前”だと思ってる。……まるで、最初からそうだったかのようにな」
店主は、くすっと笑った。
「ただ、不思議なことに”失くした本人”だけは、それに気づくらしいぜ」
僕はパズルのピースをじっと見つめた。
「……それで?」
「そいつらは、自分の”欠けた部分”を探して町を彷徨う。だけどな……」
店主はゆっくりと顔を上げた。
「探すうちに、自分が何のピースだったか分からなくなるらしい」
◇
町を歩きながら、その話が頭から離れなかった。
体の一部が”欠ける”。
周囲の人間はそれを”当たり前”と認識する。
そして、“本人だけ”が違和感に気づく——。
嘘のような話だが、この町に漂う空気はどこか異様だった。
すれ違う人々の顔を見て、僕はふと気づいた。
——この町の住人は、皆、どこか”おかしい”。
鼻の位置が僅かにズレていたり、片耳だけが不自然に大きかったり。
顔の形が微妙に歪んでいたり、皮膚の色が部分的に違っていたりする。
「……」
まるで、人間のパーツを無理やり組み合わせたような——ジグソーパズルのような顔だった。
◇
日が沈む頃、古びた宿を見つけ、そこに泊まることにした。
夕食を終え、部屋で取材メモを整理していると、鏡の前に座っていた自分の姿に違和感を覚えた。
「……?」
顔を覗き込む。
異常はない。
だが、何かが”欠けている”ような気がした。
強い違和感がこみ上げる。
確かめるように、手を頬に当てた——。
その瞬間、指先が何もない空間に触れた。
「……!」
そこには、本来あるはずの”右頬”がなかった。
皮膚も、骨も、筋肉も。
まるでパズルのピースを失くしたように、“ぽっかり”と抜け落ちていた。
◇
慌てて部屋を飛び出し、宿の廊下を進んだ。
誰かに聞かなければ。
この異変が、何なのかを。
だが、宿の中には誰の姿もない。
息を呑み、鏡を見つめる。
そこに映った自分は、確かに”頬が欠けた”姿だった。
だが、他の部分は……?
もう一度、よく見る。
右頬だけじゃない。
——左手の指が一本、なかった。
——右耳の輪郭が、少しズレていた。
まるで、違うピースを当てはめたかのように。
「……これは……」
背後から、声がした。
「見つけた」
◇
振り向くと、廊下の奥に”誰か”が立っていた。
いや、“誰か”と言えるのか分からない。
その姿は、まるでパズルのピースを無理やり組み合わせたような人間だった。
顔のパーツがちぐはぐで、目の高さが違う。
手の大きさが左右で違い、足も長さが揃っていない。
その”人間”は、僕を指さした。
「お前のピースを、よこせ」
次の瞬間、そいつは駆け出した。
——逃げなければ。
反射的に踵を返し、宿の外へ飛び出した。
夜の町を全力で走る。
この町は間違っている。
ここにいたら、“僕のパーツ”が全部奪われてしまう。
——しかし。
曲がり角を抜けた瞬間、僕は同じような”ジグソーニンゲン”たちが、町中に溢れているのを見た。
彼らは皆、“欠けた部分”を探しながら、ゆっくりと町を徘徊していた。
自分が何のピースだったかも分からなくなったまま——。
◇
気づいたときには、朝になっていた。
僕は宿のベッドに横たわっていた。
……夢、だったのか?
恐る恐る、鏡を見た。
頬は、元通りだった。
指も、耳も、すべて揃っている。
ホッと息をつきながら、荷物をまとめ、宿を出た。
町の骨董品店を通り過ぎるとき、店主がにやりと笑った。
「よかったな。元に戻ったみたいだ」
「……あれは、何だったんだ?」
「さあな。けど、たまにいるんだよ。“余計なピース”を持って帰っちまうやつが」
「余計な……?」
言われて、背中に冷たい汗が流れた。
恐る恐る、もう一度、手鏡を取り出し、自分の顔を確認する。
そこに映る自分は——間違いなく僕だった。
だが。
口の端が、わずかにズレていた。
まるで、僕のものではないパーツが嵌め込まれているかのように——。
(終)




