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「ジグソーニンゲン」

パズルのピースが一つ、足りない。


そう気づいたのは、取材先の古い町で奇妙な噂を耳にしたときだった。


「この町には”ジグソーニンゲン”がいる」


そう言ったのは、町の骨董品店の店主だった。

彼は小さなガラスケースの中に、一片のパズルのピースを並べながら呟いた。


「ある日突然、自分の体が”足りなくなる”んだとさ」


「……足りなくなる?」


「たとえば、朝起きると指が一本なくなっている。顔の一部が欠けている。でもな、痛みもないし、誰も気づかない。周りの人間も、それが”当たり前”だと思ってる。……まるで、最初からそうだったかのようにな」


店主は、くすっと笑った。


「ただ、不思議なことに”失くした本人”だけは、それに気づくらしいぜ」


僕はパズルのピースをじっと見つめた。


「……それで?」


「そいつらは、自分の”欠けた部分”を探して町を彷徨う。だけどな……」


店主はゆっくりと顔を上げた。


「探すうちに、自分が何のピースだったか分からなくなるらしい」



町を歩きながら、その話が頭から離れなかった。


体の一部が”欠ける”。

周囲の人間はそれを”当たり前”と認識する。

そして、“本人だけ”が違和感に気づく——。


嘘のような話だが、この町に漂う空気はどこか異様だった。


すれ違う人々の顔を見て、僕はふと気づいた。


——この町の住人は、皆、どこか”おかしい”。


鼻の位置が僅かにズレていたり、片耳だけが不自然に大きかったり。

顔の形が微妙に歪んでいたり、皮膚の色が部分的に違っていたりする。


「……」


まるで、人間のパーツを無理やり組み合わせたような——ジグソーパズルのような顔だった。



日が沈む頃、古びた宿を見つけ、そこに泊まることにした。


夕食を終え、部屋で取材メモを整理していると、鏡の前に座っていた自分の姿に違和感を覚えた。


「……?」


顔を覗き込む。


異常はない。


だが、何かが”欠けている”ような気がした。


強い違和感がこみ上げる。


確かめるように、手を頬に当てた——。


その瞬間、指先が何もない空間に触れた。


「……!」


そこには、本来あるはずの”右頬”がなかった。


皮膚も、骨も、筋肉も。


まるでパズルのピースを失くしたように、“ぽっかり”と抜け落ちていた。



慌てて部屋を飛び出し、宿の廊下を進んだ。


誰かに聞かなければ。

この異変が、何なのかを。


だが、宿の中には誰の姿もない。


息を呑み、鏡を見つめる。


そこに映った自分は、確かに”頬が欠けた”姿だった。


だが、他の部分は……?


もう一度、よく見る。


右頬だけじゃない。


——左手の指が一本、なかった。


——右耳の輪郭が、少しズレていた。


まるで、違うピースを当てはめたかのように。


「……これは……」


背後から、声がした。


「見つけた」



振り向くと、廊下の奥に”誰か”が立っていた。


いや、“誰か”と言えるのか分からない。


その姿は、まるでパズルのピースを無理やり組み合わせたような人間だった。


顔のパーツがちぐはぐで、目の高さが違う。

手の大きさが左右で違い、足も長さが揃っていない。


その”人間”は、僕を指さした。


「お前のピースを、よこせ」


次の瞬間、そいつは駆け出した。


——逃げなければ。


反射的に踵を返し、宿の外へ飛び出した。


夜の町を全力で走る。


この町は間違っている。


ここにいたら、“僕のパーツ”が全部奪われてしまう。


——しかし。


曲がり角を抜けた瞬間、僕は同じような”ジグソーニンゲン”たちが、町中に溢れているのを見た。


彼らは皆、“欠けた部分”を探しながら、ゆっくりと町を徘徊していた。


自分が何のピースだったかも分からなくなったまま——。



気づいたときには、朝になっていた。


僕は宿のベッドに横たわっていた。


……夢、だったのか?


恐る恐る、鏡を見た。


頬は、元通りだった。

指も、耳も、すべて揃っている。


ホッと息をつきながら、荷物をまとめ、宿を出た。


町の骨董品店を通り過ぎるとき、店主がにやりと笑った。


「よかったな。元に戻ったみたいだ」


「……あれは、何だったんだ?」


「さあな。けど、たまにいるんだよ。“余計なピース”を持って帰っちまうやつが」


「余計な……?」


言われて、背中に冷たい汗が流れた。


恐る恐る、もう一度、手鏡を取り出し、自分の顔を確認する。


そこに映る自分は——間違いなく僕だった。


だが。


口の端が、わずかにズレていた。


まるで、僕のものではないパーツが嵌め込まれているかのように——。


(終)

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