表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/103

「肉屋の地下室」

「地下なんてないですよ」


取材のために訪れた肉屋で、店主はそう言った。


だが、僕がこの町に来たのは 「この肉屋には地下がある」 という噂を確かめるためだった。

一度は消えかけた店が、数年前に営業を再開した。

それに合わせるように、町では 「地下には何かがある」 という奇妙な噂が囁かれるようになった。


「すみません、念のため確認したいのですが……」


「ええ、どうぞ。でもね、本当にそんなものはないですよ」


店主はそう言って笑った。


だが――

店の奥へと進んだ瞬間、 床の感触が微かに違う ことに気づいた。



この肉屋 「小谷精肉店こたにせいにくてん」 は、戦後すぐに開業し、長らく町の人々に親しまれてきた。

だが、20年ほど前、突如店を畳んだ。


「先代の店主がね……変なことを言い出したんですよ」


そう話してくれたのは、町の古老だった。


「地下があるとか、ないとか……。結局、何があったのか誰も知らないまま、店は閉まっちまった」


それが、数年前になって急に営業を再開した。

先代の息子――つまり今の店主が戻ってきて、何事もなかったかのように店を開いたのだ。


だが、営業再開後、町には 得体の知れない噂が流れ始めた。



肉屋が復活した頃から、住人たちは不可解な現象を経験するようになった。


「夜中になると、店の下から何かを引きずるような音が聞こえる」

「店の前を通ると、異様に冷たい空気が漂ってくる」

「肉を買って食べると、夢に”何か”が出てくる」


何かがいる。

何かが”いる”のに、それが何かは誰も知らない。


ただの噂に過ぎないかもしれない。


しかし噂でなかったら……


それならば、確かめてみるしかない。



僕は再び肉屋を訪れた。

店の奥の床を叩いてみると、微かに 「空洞がある」 という感触が返ってくる。


「ここ……」


「お客さん、しつこいですねえ」


振り返ると、店主が苦笑していた。


「そんなに気になるなら……見ていきますか?」


店主は鍵束を取り出し、奥の壁のロックを外した。


ゴゴゴ……


壁がわずかにずれ、中から 暗闇が覗いた。


そこには――地下へと続く階段 が現れた。


「地下室なんてないですよ」

最初に店主が言っていた一言が妙に引っかかった。


嘘だった。



何故そんな嘘をついたのか。

ただ面倒くさかったのか。

それとも別の理由があったのか。


そんなことを考えながら階段を降りると、 奇妙な匂い が鼻をついた。

腐ったような、それでいて生臭さとは異なる……言葉にしがたい臭い。


そして地下には――


地下にはいくつもの 「肉を吊るすフック」 が並んでいた。


「ほら、普通の冷蔵庫ですよ」


店主はそう言った。


そうはいうものの

この地下室には冷蔵設備がまるでない。

地下は地上よりも冷えるから必要ないのかもしれない。


その割には冷え過ぎてる。


冷蔵設備がないのに 異様に冷えてる。

地下の温度にしては不自然なほどに低い。


それに――


なぜか「音が響かない」


まるで写真の中に入ったときのように外の音が遠い。




通常町の肉屋で”その場で動物を捌く”ということをすることはない。

つまり、すでに「肉」の状態になったものが運ばれてくる。


それなのに


そのはずなのに


地下室で僕の五感から入ってくる情報は全て


“この場で何かを一から捌いている”


と言っている様にしか感じさせない。


その時更に奥から引き摺る様な音が聞こえてきた。


ふと、奥の扉が目に入る。

冷蔵室とは別に、さらに地下があるのか?


「この先には……?」

「ああ、そこは……先代が使っていた貯蔵室ですよ」

「開けても?」

「どうぞ」



僕は音が鳴った源があるであろう扉を開けた。

長年使っているであろう扉に温度はなく

”これ以上進んではいけない”と伝えようとするかのように冷たく重く固かった。


扉を開けると、中には 大量の肉塊 が積み上げられていた。


「……ッ」

その日常では決して目にすることのない肉の量に思わず戦慄してしまった。


綺麗に整列したかつて生きていた塊はその役目とは裏腹に無念さと不気味さを醸し出し静かに佇んでいた。


当たり前に肉塊は部位ごとに分かれ整理さていた。



肉屋なのだから当たり前の光景。

肉屋なのだからその光景が当たり前。


だが――


町の肉屋にしてはあまりにも不自然な量。



そして――


それは明らかに 人の肉に見えた。




「これは……」


「ほら、言ったでしょう? ただの貯蔵室ですよ」


「……」

僕は無言で、足元に転がる 小さな骨 を見つめた。


それは――



明らかに人間のものだった。



「先代は……何をしていたんですか?」

僕は何も感じていないかのように静かに喉から言葉を捻り出した。


それに対し店主はいつも通りに穏やかに笑った。

「さあ……何でしょうね」


普通なら親しみを感じるであろう陽気で気さくな店主に不気味さに近い感情を抱いてしまった。


「……帰ります」


「また来てください。今度は是非お客さんとして。」


背後で、店主の声が響いた。


その声は何故か何かの音を隠そうとしてるかのように大きく聞こえた。


「……」


地下には、“何か”がいる。

肉を求める”何か”が。


肉屋の取材を終えた後日

僕は肉屋の地下について調べた。


そこにはかつて 「村の処刑場」 があったそうだ。

囚人や罪人が処刑され、その肉は”何か”に捧げられていたという。


「……肉を、捧げていた…」


店主はそのことを知っていたのか。

あるいは、知らぬふりをしているだけなのか。


そして、今も 「地下には何かがいる」 のか――


それは誰にもわからない。



あの肉屋は、今も営業を続けている。

町の人々は何も知らないまま、普通に肉を買っている。



「ここの肉、やけに柔らかくて旨いんだよな」


そう言った客の背後で、店主は静かに微笑んでいた。


(完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ