表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/103

「夢に住む男」

「最近、毎晩、同じ男が夢に出てくるんです」


そう話したのは、知人を通じて僕に相談を持ちかけた女性だった。


夢の中に現れる、見知らぬ男。

それ自体は、よくある夢の話だ。


だが、彼女の話には奇妙な点があった。


「その男は、どんな姿をしているんですか?」


「40代くらいに見える、普通の男の人です。スーツを着ていて、少し古めかしい雰囲気があります」


「何か話しかけてくる?」


「ええ、会話をします。でも、それが……」


彼女は少し戸惑ったように言葉を選ぶ。


「話していると、どうしても『この人を知っている』と感じるんです。でも、目が覚めると、その感覚が抜け落ちてしまう」


「記憶が抜け落ちる?」


「そうなんです。夢の中では彼の名前も知っているし、親しみすら感じる。でも、目が覚めると、何も思い出せなくなるんです」


「それって、ただの夢じゃないんですか?」


僕が率直な感想を述べると、彼女は首を振った。


「私もそう思っていました。でも……」


彼女は困惑した表情で続けた。


「最近、その男が **『ある場所』の話をするようになったんです」


「ある場所?」


「夢の中で、彼と一緒にとある町を歩いているんです。古びた商店街、狭い路地、錆びた街灯……。でも、現実では行ったことがない場所なんです」


「その町の名前は?」


「分かりません。でも、その男は『ここに来たことがあるでしょう?』と言うんです」


彼女は、不安げに指を絡めた。


「私は、あの町に行ったことがあるのでしょうか?」


彼女の話を聞きながら、僕は妙な違和感を覚えていた。


「知っているはずなのに、思い出せない」 という感覚。

それは、人の記憶が混濁するときに現れる特徴のひとつだ。


だが、彼女はただ記憶を失っているのではなく、「夢の中でのみ思い出せる」 というのが引っかかる。


夢の中では知っている男。

しかし、目覚めると完全に忘れる。


それが続くというのは、単なる悪夢とは違う気がした。


「その町の特徴を詳しく教えてもらえますか?」


僕は、その町が本当に実在するのか調べてみることにした。



彼女の話を元に調査を進めると、驚くべきことに、その町は実在していた。


彼女が夢の中で見た商店街、路地、錆びた街灯――

それらの要素が一致する場所が、地方のある町に存在したのだ。


しかし、彼女はそこに行ったことがない。


「あなた、本当にこの町に来たことはないんですね?」


「ありません。でも、夢では何度も歩いたことがあります」


「じゃあ、実際に行ってみませんか?」


僕たちは、その町を訪れることにした。


町に着くと、彼女は言葉を失った。


「……ここ、私の夢の中と同じです」


町並みを見回しながら、驚いたように呟く。


「やっぱり、私はここに来たことが……?」


だが、彼女にはその記憶がない。


僕たちは、彼女が夢で見たという場所を歩いてみた。


そして、ある角を曲がった瞬間――


彼女は 急に立ち止まった。


その視線の先にいたのは、一人の男だった。


40代くらいの、スーツを着た男。


「……あの人です」


彼女の声が震える。


僕は目を凝らした。

そこにいたのは、確かに夢の中の「彼」だった。


「これは、どういうことだ……?」


僕は、男の方へと足を向けた。


彼もこちらを見ている。


やがて、静かに笑った。


そして――


「次は、あなたの夢にお邪魔しますよ」


そう言い残して、ふっと消えた。



男が消えた後、僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。


あれは、一体何だったのか。


現実に存在しないはずの「夢の男」。

だが、確かに目の前にいた。


彼女は恐怖に震えていた。


「……もう、夢を見たくない」


それから数日間、彼女は夢の中に彼が現れなくなったという。

しかし――


ある晩、僕は奇妙な夢を見た。



そこは、見覚えのない町だった。

古びた商店街。錆びた街灯。


そして――


僕の目の前に、あの男がいた。


「こんばんは、一ノ瀬さん」


彼は、僕の名前を知っていた。



「夢に住むのも、なかなか悪くないですよ」


そう言いながら、男は静かに笑う。



僕は、それ以来、同じ町の夢を見るようになった。


だが、僕が夢の中でどこを歩いても、もうあの男の姿はなかった。


ただ、僕の記憶のどこかに、彼の声が残っている。


「次は、あなたの夢にお邪魔しますよ」



僕は、ふと疑問に思う。


この町を夢で見たのは、僕が最初なのだろうか?


それとも――


僕がこの町を 「思い出した」 だけなのだろうか?




今夜もまた、同じ町の夢を見る。


そこには、まだ誰かが住んでいる。



(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ