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「止まらない拍手」

「夜になると、拍手が鳴り止まない家があるんです」


取材の依頼をくれたのは、地方紙の記者だった。

彼女は困惑した表情で続ける。


「昼間は何もないんです。でも、夜になると、家の中から拍手の音がずっと聞こえるんです」

「……ずっと?」

「ええ、本当に止まらないんです」


拍手の音が止まらない家。

奇妙な話だ。


「誰かがやっているわけじゃないんですか?」

「それが……家には、もう誰も住んでいないんです」


興味を持ち、僕は現地へ向かうことにした。



町はずれに、その家はあった。


古びた一軒家。

庭の草は伸び放題で、窓は閉ざされている。


近隣住民に話を聞くと、皆、異口同音に言った。


「夜には近づくな」

「家の中から拍手が聞こえる」

「止めようとしても、止まらないんだ」


中には「拍手を聞いた人は、そのうち自分も叩き始める」という話をする人もいた。



試しに、昼間のうちに家の外から様子をうかがった。

当然、何の音もしない。


ドアの隙間から中を覗くと、埃っぽい空気と古びた畳の部屋が見えた。


人の気配はない。


「……夜まで待つしかないか」



日が沈む頃、僕は再びその家へ向かった。


そして、静寂が支配する夜の町で、家の前に立ったとき――

パン……パン……


家の中から、拍手の音が聞こえてきた。


「……始まったか」


慎重に玄関へ近づく。


パン……パン……パン……


それは、規則正しく響いている。

拍手をしている人間の姿は見えないのに、確かに聞こえる。


まるで、何かを歓迎しているような――。



意を決して、僕はドアを開けた。


扉を開けた瞬間、拍手の音が少し大きくなった。


パン……パン……パン……


中は、埃っぽい畳の部屋。

家具は古く、何年も人が住んでいないように見える。


それでも、拍手の音は止まらない。




僕はスマホを取り出し、部屋の様子を撮影しながら慎重に奥へ進む。


壁には古い写真がかかっていた。

家族の集合写真。


その中の一人の男性だけが、両手を合わせて拍手をしている。

……いや、これは本当に拍手なのか?

写真の中の男の手は、ぶれたように見えた。

まるで、今も動いているように。



「ようこそ」


突然、背後から声がした。


驚いて振り向く。




誰もいない。





なのに、拍手の音は止まらない。



奥の部屋へ進むと、そこには祭壇のようなものがあった。


古びた木の台の上に、奇妙な紙が貼られている。

そこには、こう書かれていた。


「拍手を止めてはいけない」

「拍手は、彼らを留めるもの」


「……彼ら?」



ふと、気づいた。


家の奥の壁。

そこに並んだ無数の手形。


その手形の位置が――微妙にずれている。


まるで、拍手をしているように。



僕は背中に悪寒を覚えた。


ここにいるのは、「何か」だ。

それは、姿こそ見えないが、間違いなく拍手をしている。


そして、もし 拍手が止まったら――



突然、音が大きくなった。


パン! パン! パン!


拍手は、明らかに僕を歓迎するかのように加速していく。



「まずい……」


本能的に、この場所にいてはいけないと感じた。


僕は後ずさりし、部屋を出ようとする。


だが――



突然、音が ピタリと止んだ。


静寂。


あまりにも不自然な沈黙。


先ほどまで続いていた拍手が、突然止まったのだ。



「……?」


耳を澄ます。


何も聞こえない。


なのに――背後から、何かの 気配 を感じる。



振り向くべきではない。

だが、気づいてしまった。


壁に並んでいた手形。

それが、すべて消えている。


拍手が止まると、彼らは動く。


理解した瞬間、僕は 全力で玄関へ向かって走った。



背後で、再び 「パン……パン……」 という音が響き始める。


しかし、それはもう、規則正しい拍手ではなかった。


誰かが 足音のように 迫ってくる音だった。



玄関のドアを開け、夜の町へ飛び出す。


拍手は、なおも続いている。

だが、それはもう 「迎えるための拍手」 ではなく――


「逃がさないための拍手」 に聞こえた。



僕は走り続けた。


そして――町の灯りの下へ出た瞬間。




拍手の音は、再びピタリと止んだ。



翌朝、再びその家を訪れた。


だが、あの夜の拍手は嘘のように消えていた。



玄関の扉は閉ざされ、静寂に包まれている。


家の中を覗くと、あの手形も消えていた。


そして、壁に貼られた紙だけが残っている。


「拍手を止めてはいけない」



この家は、何かを留めていたのかもしれない。

そして、僕がそれを乱したせいで――


彼らは 「動き出してしまった」 のかもしれない。



それ以来、時折、僕の周囲で 突然拍手が聞こえることがある。


電車の中で、誰もいない部屋で、深夜の道端で。


それは、誰かが僕を 歓迎している拍手 なのか。

それとも――


もう一度迎え入れようとしている拍手なのか。



拍手の音が止まるとき。


「彼ら」は、すぐそこまで来ている。




(完)

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