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「ごみ屋敷」

ゴミ屋敷と聞いて、想像するのはどんな光景だろうか。


玄関から道路まではみ出したゴミ袋、窓を塞ぐ空き缶の山、侵入者を拒むように積み上げられた新聞紙。


異臭、害虫、近隣住民の苦情。

そういう負の連鎖が生んだ「社会問題」というイメージが強い。


実際、ゴミ屋敷の取材は今までも何度か経験がある。

病的な収集癖を持つ住人、孤独死した老人の遺品整理、ゴミの中に巣を作る動物たち。


でも、今回の取材対象はちょっと違った。


「もう住人はいないのに、誰かがゴミを捨て続けている」


……そんな、奇妙な話だった。



僕が訪れたのは、都内のとある住宅街の外れ。

築40年以上の木造一軒家が、今回の取材対象だ。


依頼をくれたのは近隣住民の一人だった。


「あの家の持ち主は、数年前に亡くなってるんです。でも、なぜかあの家だけ、いつまで経ってもゴミ屋敷のままで……。一度、業者を入れて全部片付けてもらったんですよ。それなのに、またすぐに元通りになるんです」


住人がいないのに、ゴミが増える?


その時点で、すでにおかしな話だった。


普通なら、不法投棄を疑う。

しかし、近隣の防犯カメラを確認しても、ゴミを捨てている人間の姿は映っていなかったという。


……だったら、誰が?


そういうわけで、僕は実際に現場を訪れることにした。




その家は、通りから少し奥まった場所にあった。


玄関までの短いアプローチには、すでにゴミ袋が転がっている。

紙ゴミ、空き缶、ペットボトル……それに、衣類や壊れた家電。


確かに、これは異常だ。


周囲の家々は普通に生活しているというのに、ここだけ時間が止まったように荒れ果てている。


玄関のドアには「立入禁止」の札が貼られていた。

しかし、鍵はかかっていなかった。


――まあ、こういう時は聞かなかったことにする。



扉を押し開けると、空気が変わった。



「……臭うな」



異臭、というより”古いものの匂い”。


カビ臭さと、埃の匂いが混じった空間。

加えて、ほんの微かに”生ゴミの残り香”のようなものが漂っていた。


僕は慎重に足を踏み入れる。



中は……ひどい有様だった。



床が見えない。




ペットボトルが敷き詰められ、カップ麺の容器、古びた雑誌、割れた皿、ボロボロになった衣類が積み重なっている。



これが、“住人がいない家”だと?



あり得ない。



本当に業者が一度片付けたというのなら、何者かが意図的にここへゴミを捨て続けているとしか思えない。


しかし、その”何者か”の痕跡がない。


窓は全て閉じられ、ホコリが厚く積もっている。

靴の跡もない。


では、どうやって?



僕はスマホを取り出し、部屋の写真を撮った。


ゴミの山を記録するために。



その時――。



「……あれ?」



違和感を覚えた。



撮ったばかりの写真を確認する。



部屋の隅、窓際のあたりに……“人影のようなもの”が映り込んでいる。



いや、違う。



これは……。




“ゴミ袋の山が、人の形に見える”?



いや、“見える”のではなく――“そうなっている”。



僕は、ゴミ袋の山をじっと見つめた。




すると――。

 


“それが、動いた”。




息が詰まった。



何かが”もぞり”と動いたのを確かに見た。



僕は一歩足を引き距離をとる体勢をした。


すると、次の瞬間ゴミの山は雪崩れの様にバランスを崩し瞬く間に表情を変える。

埃が舞い、別の類の悪臭が鼻をつんざく。


積み上がったごみで見えていなかった部分が露呈し、水分を含んだごみが顔を現す。


背筋が凍る。


“黒く濡れた髪”が、ゆっくりと覗いた。


それは”人間の形”をしていた。


まるで“ゴミでできた人間”。



否――違う。



この家の”住人”



彼は、ゆっくりと口を開けた。



そして――。


「捨てるな」

耳元で声がした。


“このゴミたち”は、ただの不法投棄ではなかった。


“何かが、このゴミに執着している”。


「捨てるな」

再び声がした。


“ゴミは、ゴミではなかった”。




――これ以上踏み込んではいけない。

僕の中で良からぬ警報が鳴り響いていた。


僕はすぐにその家から逃げ出した。




翌日。



再び、清掃業者が手配され、家は完全に片付けられた。


すべてのゴミが撤去され、空になった廃屋。




……のはずだった。




しばらくして僕は再びその家の前を訪れた。


「ゴミは捨てられるのを望んでいないのかもしれませんね」

冗談混じりにそういった近隣住民の言葉を思い出していた。



そして、玄関の前で足を止める。


本当に清掃業者が入ったのか疑わしいほどごみは元通りになっていた。


前来た時と同じ”ごみ屋敷”


しかし、


一点だけ前と違うものがあった。


“貼り紙”が増えていた。




そこには、こう書かれていた。




「捨てるな」




僕は、それを黙って見つめた。



“ごみを増やすな”という意味なのか。

それとも”溜まったごみを持ち出すな”という意味なのか。

それを確かめる術は僕にはなかった。



誰かにとってのごみが、誰かにとっての宝になる。

その逆もまた然り。



――ならば、このごみ屋敷の主にとって、これは”ごみ”ではないのかもしれない。







(完)


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