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「あの時の自分」

部屋の整理をしていたとき、古い写真が出てきた。


薄黄色に変色した写真の端をつまみ、そっと目を走らせる。


――それは、大学時代の友人と撮った写真だった。


場所は、大学の構内。


当時よく集まっていた中庭のベンチ。


写真の中心には、懐かしい顔ぶれが並んでいた。


僕も、その写真の中にいた。


しかし、違和感があった。


写真に写る僕の表情が、妙に硬い。

違う。硬いというより表情がない。

まるで僕そっくりの人形をそこに置いているかのようなそんな違和感を感じた。


あの時、こんな顔をしていただろうか。


昔の写真を見返すと、自分が思い出していた顔と微妙に違っていることはよくある。


記憶と現実のズレ。


ただの思い違いかもしれない。


だが――


どうしても気になった。



僕は写真をデスクに置き、スマートフォンを手に取った。


当時の友人の一人、矢崎に連絡を取る。


「久しぶり。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


矢崎はすぐに電話に出た。


「おお、久しぶり。一ノ瀬最近何やってるんだ?」


「ライターだよ。ちょっと昔の写真を整理してたんだけど、お前覚えてるか?」


「写真?」


「大学時代、中庭のベンチで撮ったやつ。お前も写ってる」


矢崎は少し考え込んだ後、曖昧に笑った。


「悪い、全然覚えてないわ」


「そうか……」


まあ、そんなものだ。


大学時代の写真の一枚や二枚、覚えていなくても不思議じゃない。


だが、僕はその写真の違和感をどうしても無視できなかった。


「もし時間があったら、今度会わないか?」


「いいけど……なんか気になることでもあるのか?」


僕は少し言葉を選んだ後、こう答えた。


「もしかすると、“俺はあの時の俺じゃなかった”のかもしれない」



夜になっても、気になって眠れなかった。


――写真の中に入って、確かめてみるか。


僕には、「写真の中に入る」という能力がある。


仕組みはよく分からない。


ただ、昔からそうだった。

腕を動かすように。声を発するように。

僕は当たり前のように写真に入ることができた。



僕は写真をデスクに置き、深呼吸をする。


そして、指先でそっと触れた。


次の瞬間――


視界は暗転し世界が裏返る。



気づくと、僕は”写真の中の世界”に立っていた。


そこは、大学時代の中庭だった。


周囲を見回す。


古びたベンチ、レンガ造りの校舎、落ち葉の舞う風景――すべてが記憶のままだった。


しかし、違和感があった。

いつも通りの違和感。


空気が”動いていない”。


音はなく、まるで時間が止まったかのような静寂。


例外は多々ある。

しかし、ほとんどと言っていい。

写真の中では切り取られた瞬間の中で”異変のないもの”は自らの意思を持ってその世界で動くことはない。


そんな静寂の中で僕は目を凝らし辺りを見回した。


いる。


そこにはちゃんと写真に映った当時の僕がいた。



“写真の中の自分”がいた。


他の友人たちと並んで座り、カメラの方を向いている。

服装も雰囲気も当時のまま。どこにでもいる普通の大学生の集団。

彼らは楽しそうな顔をしてそこに存在していた。


だが、“僕”だけが微かに違っていた。


表情がない。


動かない。


そして――


“目が、こちらを見ていた”。



ゾクリ、と背筋が凍る。



“写真の中の僕”が、ゆっくりと口を開けた。


「……お前は、誰だ?」



言葉が出なかった。


僕が、誰か?


いや、僕は僕だ。


なのに、写真の中の”僕”は、まるで僕が”偽物”であるかのように真っ直ぐとこちらを見ている。



その時、世界が揺れた。



現実に引き戻される。



デスクの上には、写真があった。


しかし――


そこに映る”僕”の顔は、消えていた。


翌日、矢崎と会うことになった。


喫茶店のテーブルに写真を広げる。


矢崎はじっとそれを見つめた。


「あーこれ撮った時覚えてるよ!でも……なんでお前、写ってないんだ?」


「分からない。でも、確かにここに”僕”がいたはずなんだ」


矢崎は腕を組み、少し考え込んだ。


「なあ、一ノ瀬……お前、本当に”今の一ノ瀬一二三”か?」

冗談混じりでそう笑った。


しかし僕は返事に詰まった。


なぜなら――


この質問に、“自信を持って答えられない”ことに気づいてしまったからだ。


それ以来、僕は鏡を見るのが少し怖くなった。


本当に”今の僕”は、あの時の”僕”なのだろうか?


それとも――


“あの時の僕”は、まだ”写真の中”にいるのではないか?



デスクの上の写真を見つめる。


そこに、僕の姿はない。


だが――


写真の中のベンチの隅。


“誰かが、こちらを見ているような気がした”。


(完)

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