「ツチノコの正体」
「ツチノコ」という言葉を聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろうか。
日本各地で目撃情報がありながら、未だにその実在が証明されていない未確認生物(UMA)。
太く短い胴体に、先の尖った頭部。
普通の蛇とは違い、くびれがなく寸胴なフォルムをしている。
それでいて、まるでボールのように跳ねたり、太い体を転がして進むとも言われる。
そして――。
「ツチノコは人の言葉を喋る」
そんな奇妙な伝承も、一部の地域に伝わっている。
全国には「ツチノコを捕まえた者に懸賞金を出す」という自治体すらあるが、これまでにツチノコを捕獲した者は誰一人としていない。
目撃証言は増えるばかりで、決定的な証拠は出てこない。
「ツチノコは実在するのか?」
それとも――「実在してはならないもの」なのか?
◇
今回、僕が訪れたのは、とある山間の小さな村だった。
ここでは「ツチノコが神の使いとして信仰されている」という話を聞いた。
UMAとしてのツチノコは広く知られているが、信仰の対象として祀られている例は珍しい。
そして何より、ここにはツチノコにまつわる「ある奇妙な掟」があるという。
◇
村へ向かうため、僕はレンタカーを借りて山道を進んだ。
途中からは舗装もされていない細い道。
進むほどに、景色は静かになっていく。
◇
村の入り口には、木製の鳥居が立っていた。
朱色はすっかり剥げ、木の表面は苔むしている。
集落に入ると、数軒の民家が並んでいた。
しかし、驚くほど人の気配がない。
僕はとりあえず、村の中心にあるという神社へ向かうことにした。
◇
村の神社は、山の中腹にあった。
小さな社がぽつんと立っている。
本殿の中には、小さな木彫りの像が祀られていた。
それは、明らかに「ツチノコ」の形をしていた。
◇
「珍しいでしょう?」
声をかけてきたのは、神主だった。
「ここではツチノコを神の使いとして祀っています」
「なぜツチノコが神の使いとされるようになったのでしょう?」
神主は少し考えたあと、言葉を選ぶようにして言った。
「昔からの決まりだからです」
◇
どこか歯切れが悪い。
さらに話を聞くと、驚くべき掟があることが分かった。
「ツチノコを見た者は村を出なければならない」
「そして、ツチノコの姿を語ってはならない」
そんな奇妙な決まりが、この村にはあるという。
◇
「見た者は、村を出なければならない……?」
「はい。ツチノコを見たことがある者は、この村にはいません」
◇
それは、どう考えてもおかしい。
全国各地で目撃情報があるツチノコが、ここでは「誰も見たことがない」というのは矛盾している。
◇
神主はそれ以上の説明をせず、僕はそのまま村を後にした。
しかし、僕はどうしても気になり、村の古老に話を聞くことにした。
◇
「……ツチノコが、何か知りたいのか?」
民家の縁側に座っていた老人が、ぼそりと言った。
「ええ、神主さんから話は聞いたのですが……」
老人は、ため息をつくと、低い声で言った。
「ツチノコは、元は人間だったんだよ」
◇
僕は、思わず言葉を失った。
◇
「どういうことですか?」
◇
「昔、この村では”選ばれた者”がツチノコになったんだ」
◇
「選ばれた者……?」
「ツチノコはな、“人の言葉を喋る” んだよ」
◇
僕は、背筋が冷たくなるのを感じた。
神主の言葉が、ここで繋がった。
「ツチノコを見た者は、村を出なければならない」
それはつまり――
◇
僕は、ふと神社で見た木彫りのツチノコ像を思い出した。
あの像には、なぜか「手のような形をした突起」があった。
それが何を意味するのか、今なら分かる。
ツチノコとはかつてこの村にいた”誰か”――
◇
夜、村を発つ前に、もう一度神社へ向かった。
木彫りのツチノコ像を見つめる。
すると――
◇
背後で、かすかな音がした。
◇
森の奥。
そこに、“何か”がいる気がした。
◇
――「見てはいけない」。
◇
村の掟が、頭の中で響いた。
◇
僕は、そっとその場を後にした。
◇
◇
そして、それ以来――
ツチノコに関する記録は、僕の手元から”消えていた”。
(完)




