「ブヨブヨの球」
時代ごとに、子どもたちを熱狂させる**「おもちゃの流行」** というものがある。
僕が子どもの頃には、卵型の電子ゲーム が流行っていた。
学校でも、街中でも、みんなが小さな画面を見つめながら育てたデータ上の生き物の世話をしていた。
少し前には、妖怪が封じられたメダルを腕時計型の端末にはめるおもちゃ が爆発的にヒットしていた。
子どもたちは競うようにそれを集め、コレクションし、遊びに夢中になっていた。
どんな時代にも、そういうものがある。
そしてそれは時に、子どもだけでなく、大人すらも巻き込むことがある。
流行とは、そういうものだ。
◇
だから、僕がその「ブヨブヨの球」を初めて見たときも、最初はただの**「新しい流行」** なのだろうと思った。
公園で遊ぶ子どもたちの手に、それはあった。
直径20センチほどの、丸い球。
表面は柔らかそうな素材で、ゴムのような質感。
何より、子どもたちがそれで楽しそうに遊んでいる。
誰かが**「蹴った」** と思えば、
別の誰かが**「投げる」**。
ボールとしては、特に違和感はない。
……ただ、一つだけ、奇妙なことがあった。
◇
その球は、ときどき”避ける”のだ。
◇
子どもが蹴ろうと足を振り上げると、球が微妙に動く。
まるで、「察知して避けた」かのように。
最初は偶然かと思った。
だが、何度も見ているうちに、確信した。
あれは、動いている。
◇
「ねえ、それって、最近流行ってるの?」
僕は公園の近くで遊んでいた子どもに聞いてみた。
すると、少年は嬉しそうに頷いた。
「うん! これ、すっごい面白いんだよ!」
「なんていうおもちゃなの?」
「“ブヨブヨの球”!」
そのまんまの名前だった。
◇
僕は、手に取らせてもらえないかと頼んでみた。
少年は快く差し出してくれた。
僕はそれを両手で受け取った。
◇
柔らかい。
想像していたよりも、妙に”手に馴染む”感触だった。
少しだけ力を入れると、内部に空洞があるのがわかる。
しかし、それだけではなく――
妙に、“生っぽい”。
ゴムボールのような感触ではあるが、何かの生き物に触れているような……そんな違和感がある。
◇
「すごいだろ? これ、投げても勝手に動くんだぜ!」
少年が誇らしげに言った。
「勝手に?」
「うん! ほら!」
少年は球を空中に投げた。
◇
すると――
◇
球が、“微妙に軌道を変えた” のがわかった。
◇
普通、ボールは放物線を描いて落ちるものだ。
だが、この球は、まるで風に押されたかのように、僅かに動きを変えた。
そして、ふわりと地面に落ちると、“ポヨン” と小さく跳ねた。
◇
「……お前ら、どこでこれを買ったんだ?」
僕は少年に聞いた。
「え? わかんない。でも、みんな持ってるよ!」
◇
みんな持ってる。
◇
僕は改めて、公園を見渡した。
確かに、そこにいる子どもたちのほとんどが、同じような球を手にしていた。
◇
いや、それどころか……
◇
僕は公園の外の通りを眺めた。
◇
向こうの歩道を歩く小学生の手にも。
信号待ちをしている子どもの足元にも。
どこもかしこも、その「ブヨブヨの球」だらけだった。
◇
おかしい。
◇
いくら流行りのおもちゃとはいえ、ここまで一斉に広まるものか?
◇
この球は、一体、何なんだ?
◇
僕は、それを持ったまま、もう一度じっくりと球を観察した。
◇
すると――
◇
ほんの僅かだが、表面が”脈打つ”のがわかった。
◇
……生きてる?
◇
僕は、恐る恐る耳を近づけた。
◇
「コト、コト」
◇
鼓動のような、小さな音が聞こえた。
◇
「……なあ」
僕は少年に言った。
「これ、どこで買ったんだ?」
「えっと……わかんない。でも、気づいたら持ってた!」
◇
気づいたら、持ってた?
◇
僕は急に、この球を持ち続けてはいけないような気がしてきた。
◇
手のひらの感触が、よりはっきりと”生物的”なものに感じる。
◇
僕は、そっとそれを地面に置いた。
◇
すると、球は一瞬、小さく震え――
◇
“ポンッ” と、自然に跳ねた。
◇
まるで、“持ち主を変える準備ができた” かのように。
◇
「ねえ、それ、もういいの?」
すぐそばにいた別の子どもが、それを拾い上げた。
少年は「うん!」と笑って頷いた。
◇
僕は、それを見て理解した。
◇
この球は、持ち主を転々としながら増えている。
◇
誰も買っていない。
誰も配っていない。
それなのに、街中の子どもたちが、当たり前のように持っている。
◇
……これが、ただの「流行」なのか?
◇
それとも――
◇
何かが、意図的に広がっているのか?
◇
この球が、何のために存在するのかはわからない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
◇
それは、今も確実に”増え続けている”ということだ。
◇
(完)




