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「ブヨブヨの球」

 時代ごとに、子どもたちを熱狂させる**「おもちゃの流行」** というものがある。


 僕が子どもの頃には、卵型の電子ゲーム が流行っていた。

 学校でも、街中でも、みんなが小さな画面を見つめながら育てたデータ上の生き物の世話をしていた。


 少し前には、妖怪が封じられたメダルを腕時計型の端末にはめるおもちゃ が爆発的にヒットしていた。

 子どもたちは競うようにそれを集め、コレクションし、遊びに夢中になっていた。


 どんな時代にも、そういうものがある。

 そしてそれは時に、子どもだけでなく、大人すらも巻き込むことがある。


 流行とは、そういうものだ。



 だから、僕がその「ブヨブヨの球」を初めて見たときも、最初はただの**「新しい流行」** なのだろうと思った。


 公園で遊ぶ子どもたちの手に、それはあった。


 直径20センチほどの、丸い球。

 表面は柔らかそうな素材で、ゴムのような質感。


 何より、子どもたちがそれで楽しそうに遊んでいる。


 誰かが**「蹴った」** と思えば、

 別の誰かが**「投げる」**。


 ボールとしては、特に違和感はない。


 ……ただ、一つだけ、奇妙なことがあった。



 その球は、ときどき”避ける”のだ。



 子どもが蹴ろうと足を振り上げると、球が微妙に動く。

 まるで、「察知して避けた」かのように。


 最初は偶然かと思った。


 だが、何度も見ているうちに、確信した。


 あれは、動いている。



 「ねえ、それって、最近流行ってるの?」


 僕は公園の近くで遊んでいた子どもに聞いてみた。


 すると、少年は嬉しそうに頷いた。


 「うん! これ、すっごい面白いんだよ!」


 「なんていうおもちゃなの?」


 「“ブヨブヨの球”!」


 そのまんまの名前だった。



 僕は、手に取らせてもらえないかと頼んでみた。


 少年は快く差し出してくれた。


 僕はそれを両手で受け取った。



 柔らかい。


 想像していたよりも、妙に”手に馴染む”感触だった。

 少しだけ力を入れると、内部に空洞があるのがわかる。

 しかし、それだけではなく――


 妙に、“生っぽい”。


 ゴムボールのような感触ではあるが、何かの生き物に触れているような……そんな違和感がある。



 「すごいだろ? これ、投げても勝手に動くんだぜ!」


 少年が誇らしげに言った。


 「勝手に?」


 「うん! ほら!」


 少年は球を空中に投げた。



 すると――



 球が、“微妙に軌道を変えた” のがわかった。



 普通、ボールは放物線を描いて落ちるものだ。

 だが、この球は、まるで風に押されたかのように、僅かに動きを変えた。


 そして、ふわりと地面に落ちると、“ポヨン” と小さく跳ねた。



 「……お前ら、どこでこれを買ったんだ?」


 僕は少年に聞いた。


 「え? わかんない。でも、みんな持ってるよ!」



 みんな持ってる。



 僕は改めて、公園を見渡した。


 確かに、そこにいる子どもたちのほとんどが、同じような球を手にしていた。



 いや、それどころか……



 僕は公園の外の通りを眺めた。



 向こうの歩道を歩く小学生の手にも。

 信号待ちをしている子どもの足元にも。


 どこもかしこも、その「ブヨブヨの球」だらけだった。



 おかしい。



 いくら流行りのおもちゃとはいえ、ここまで一斉に広まるものか?



 この球は、一体、何なんだ?



 僕は、それを持ったまま、もう一度じっくりと球を観察した。



 すると――



 ほんの僅かだが、表面が”脈打つ”のがわかった。



 ……生きてる?



 僕は、恐る恐る耳を近づけた。



 「コト、コト」



 鼓動のような、小さな音が聞こえた。



 「……なあ」


 僕は少年に言った。


 「これ、どこで買ったんだ?」


 「えっと……わかんない。でも、気づいたら持ってた!」



 気づいたら、持ってた?



 僕は急に、この球を持ち続けてはいけないような気がしてきた。



 手のひらの感触が、よりはっきりと”生物的”なものに感じる。



 僕は、そっとそれを地面に置いた。



 すると、球は一瞬、小さく震え――



 “ポンッ” と、自然に跳ねた。



 まるで、“持ち主を変える準備ができた” かのように。



 「ねえ、それ、もういいの?」


 すぐそばにいた別の子どもが、それを拾い上げた。


 少年は「うん!」と笑って頷いた。



 僕は、それを見て理解した。



 この球は、持ち主を転々としながら増えている。



 誰も買っていない。

 誰も配っていない。


 それなのに、街中の子どもたちが、当たり前のように持っている。



 ……これが、ただの「流行」なのか?



 それとも――



 何かが、意図的に広がっているのか?



 この球が、何のために存在するのかはわからない。


 ただ、一つだけ確かなことがあった。



 それは、今も確実に”増え続けている”ということだ。



(完)

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