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「木の上の庭」

植物学者・早瀬悠馬から連絡があったのは、久しぶりだった。


「一ノ瀬さん、少し面白いものをお見せしたいのですが、ご都合いかがでしょう?」


「面白いもの?」


「ええ、森の奥に ‘庭’ があるんです」



話を聞くと、それは村の山奥に存在する 「木の上の庭」 だという。


「木の上?」


「はい。樹々の枝が絡み合い、その上に土が堆積し、まるで地面のようになっています。そこに植物が根付き、まるで手入れされた庭園のような景観を作っているんですよ」


「……人工の庭ってことか?」


「いいえ。それが不思議なことに、誰も手を加えていないのに、完璧な庭園になっている んです」



僕は少しだけ迷ったが、結局、彼について行くことにした。


知ってしまった以上、見ないわけにはいかない。



森に入ると、早瀬は慣れた足取りで先を進む。


「このあたりはほとんど人が入りませんからね。植物の成長も自然のままです」


そう言いながら、彼は足を止めた。


「ほら、見えてきましたよ」



目の前に広がるのは――


まるで空中に浮かぶように存在する、奇妙な”庭園”だった。



僕はしばらく言葉を失った。


巨大な樹々の枝が絡み合い、その上に土が堆積し、そこには規則正しく草木が生い茂り、花々が咲き乱れていた。


手入れされた日本庭園のような光景。


しかし、人の手が入った形跡はどこにもない。



「これは……」


「すごいでしょう?」


早瀬は、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。


「ここに生えている植物ですが、地上では見たことのない種類がいくつもあります」


「どういうことだ?」


「僕もまだ調査中ですが、ここの植物の多くは 既存の植物とは異なる特徴を持っている んです」



確かに、よく見ると妙な違和感があった。


普通の葉に見えるが、微妙に 動いている ような草。

なめらかすぎる幹を持つ樹木。

花は確かに咲いているが、香りがまったくしない。


違和感がじわじわと広がっていく。



「これはどうやってできた?」


僕の問いに、早瀬は静かに首を振った。


「まだわかりません。ただ、一つ仮説がありましてね」


「仮説?」


彼は、庭園の中心を指さした。


「この庭の’中心’には、一本だけ異質な木が生えています。それが “この庭を作った木” なのではないかと」



目を凝らしてみると――


庭の中心に、異様な一本の木が立っていた。



それは、まるで”何かの化石”のように、異様な存在感を放っていた。



「……これは?」


「長年の土壌変化によって、木が周囲の環境を作り出したのではないかと考えています。つまり “木が庭を作った” ということです」




僕はしばらく沈黙した。


木が庭を作る?


そんなことがありえるのか?



「この木は、何百年、あるいは何千年もかけて、空中に土壌を形成し、独自の生態系を作ったのではないか……」


「そんなことが可能なのか?」


「わかりません。しかし、植物は生き残るために 環境に適応する ものです」



早瀬は庭に足を踏み入れた。


「この庭にいると、不思議な気分になりませんか? まるで、何かに”歓迎”されているような……」



僕も慎重に足を踏み入れた。


その瞬間――



“何か”が、僕を見ている気がした。




風が吹く。


木々がざわめく。



そして――



僕はふと気づいた。



この庭には、“鳥が一羽もいない”。




風の音以外、何も聞こえない。



……なぜだ?


普通、こういう自然豊かな場所には、鳥がいるはずだ。


しかし、この庭には、一切の生き物の気配がなかった。



「……早瀬、少し戻ろう」


僕は、直感的にそう言った。



しかし――



早瀬は庭の奥へと歩いていく。




「早瀬!」




彼は、中心の”木”を見上げていた。



「……これは、‘まだ生きている’ のかもしれません」



そう呟いた瞬間、庭の空気が変わった気がした。




木の葉が、一斉に震えた。




そして――




地面が、“動いた”。





僕は、背筋が凍るのを感じた。




この庭は、“まだ成長を続けている” のではないか?




そして――




このままここにいたら――


「早瀬ッ!」


僕は彼の腕を引いた。




早瀬は、何かに魅入られたような顔をしていたが、僕が強く引くと、ようやくハッとしたように我に返った。




「……帰りましょう」




そう言って、僕たちは庭を後にした。





帰り道、早瀬はずっと何かを考え込んでいた。



「……一ノ瀬さん」


彼は、ふと呟く。


「この庭が’誰かのために作られたもの’ だとしたら……」




僕は答えなかった。



しかし、庭の異様な静けさが、まだ耳の奥にこびりついていた。




(完)


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