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「家族写真の女」

その写真は、一見すると何の変哲もない家族写真だった。


母、父、娘、祖父母――笑顔の家族が並んでいる。

どこにでもあるような、ありふれた写真。


しかし、その写真を持ち込んだ男は、指を一本、その中の 「見知らぬ女性」 に向けて言った。


「この人、知らない人なんです」





「この人、知らない人なんです」



そう言われても、僕には何のことか分からなかった。


写真をじっくりと眺める。


リビングらしき部屋で撮影された家族写真。

家族全員が笑顔で並んでいる。


中央には、明らかに母親らしい女性が立っている。

隣には、父親らしき男性。

子どもは二人で、小学生くらいの娘と、まだ幼い弟。


そして――写真の端に、一人の女性が写っていた。



僕はその女性をまじまじと見つめる。


セミロングの髪に、シンプルなワンピース。

おそらく30代後半くらいの女性。


この人が「知らない人」?


「どういうことです?」


僕が写真を持ってきた男に尋ねると、彼は少し戸惑ったように言った。


「いや、そのままの意味です。この写真は、僕の家族のものなんですが……」


「僕も、両親も、兄妹も、誰もこの女性のことを覚えていないんです」



僕は眉をひそめた。


「つまり、この写真は本物なんですよね?」


「ええ、間違いなく。合成とか、そういうのではなく、ずっと昔からアルバムに入っていたものです」



写真自体は何の変哲もない。

加工された形跡もないし、プリントの色合いも自然だ。


何より、写っている全員がカメラ目線で、違和感なく収まっている。


この女性が 「写り込んだものではない」 ことは明らかだった。



「では、写真を撮ったときの記憶は?」


「家族全員、まったく覚えていないんです」



家族全員が、その女性の存在を覚えていない。


それどころか、「その写真を撮った記憶すらない」という。



「……興味深いですね」


僕は写真を手に取り、じっと眺めた。



この女性は、誰なのか?


そして、なぜこの写真にだけ存在しているのか?



僕は、確かめることにした。



写真の中に入って。




僕は、写真を床に置いた。


その場にしゃがみこみ、ゆっくりと写真の表面に指を触れる。


次の瞬間――



視界がぐにゃりと歪んだ。


身体が落ちるような感覚。

周囲の光が消え、静寂に包まれる。


そして――



気がつくと、僕は リビングに立っていた。



写真に写っていた、あの部屋。



空気が、静かに淀んでいる。

家具の配置も、写真のままだ。



だが――




誰もいない。





僕は、部屋を見渡した。


ソファ、カーペット、テレビ。

すべてが写真の中の景色と一致している。


だが、写真に写っていたはずの 家族がいない。



「……おかしいな」



通常、写真の中に入ると、その瞬間の記録が再現される。


つまり、本来ならば「家族が並んでいる写真の瞬間」に入ったのだから、

彼らもここにいるはず なのだ。



しかし、部屋には僕だけしかいなかった。



僕は、そっと足を踏み出し、リビングの中央に立った。


そして、もう一度、辺りを見回す。



すると――



リビングの隅、廊下へと続く暗がりの奥に、影があった。


暗がりの奥。


そこに、誰かが立っている。




女性だった。


写真に写っていたあの 「知らない女性」。




彼女は、静かに佇んでいた。


こちらをじっと見つめている。




だが――




顔が、ぼやけていた。




いや、違う。


顔の輪郭はある。

だが、目や鼻、口のディテールが曖昧なのだ。


まるで、そこに存在していること自体が不安定であるかのように。



彼女は、一歩、こちらに近づいた。



僕は、息を呑む。




「あなたは……誰ですか?」




彼女は、静かに首を傾げた。


そして、低く、かすれた声で囁く。




「……あなたは、誰?」




その瞬間――


僕の視界がぐにゃりと歪んだ。


耳鳴りがする。

背筋に冷たいものが走る。




そして、彼女の顔が、ゆっくりと 「僕の顔」に変わっていく。





気づくと、僕は元の部屋にいた。


写真は、床に落ちている。




僕は、急いで写真を確認した。


家族写真の中。




「知らない女性」がいなくなっていた。





しかし、その代わりに――





「僕」が、写真の中に写っていた。





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