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「数えてはいけないもの」


「ここでは、数を数えちゃいけませんよ」




取材で訪れたのは、山間にある小さな町だった。


観光地ではないが、古い街並みが残り、どこか時間が止まったような雰囲気を持つ。

住民の数も少なく、数十世帯ほどの集落がぽつんと存在しているだけだった。



町の入り口には、小さな案内板があった。


そこには 「八切町へようこそ」 と書かれていたが、どこか違和感を覚えた。


「……この町の人口は、どれくらいですか?」


僕が商店の店主に尋ねると、彼はほんのわずかに眉をひそめた。


「さあ……そんなこと、気にしたこともないなぁ」



不思議な答えだった。


町の規模からすれば、おそらく200人ほどだろう。

だが、普通は「だいたい○○人くらい」と即答できるはずだ。



「学校はありますか?」


「いや、もう何年も前になくなったよ」



では、子どもはいるのか?

そう思って周囲を見渡したが、見かけるのは年配の住民ばかりだった。



そこで、僕はもう一つ気になることを尋ねた。


「そういえば、この町には信号機はいくつありますか?」



すると、店主は僕を見て、少し真剣な顔をした。


そして、ぽつりと呟く。


「……数えないほうがいいですよ」



「え?」


「ここでは、数を数えちゃいけません」



店主の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。


僕は町を歩きながら、試しに数を数えてみることにした。


最初に数えたのは、道路標識だった。



片側の通りに、1、2、3……と目で追っていく。


しかし、ふと違和感を覚える。


「今、6本目だったはずなのに……いつの間にか5本しかない?」



何かの見間違いかと思った。


しかし、今度は商店の前に置かれたベンチの数を数える。


1、2、3……


「おかしい」


さっき数えたときより、一つ少ない。



試しにもう一度、道路標識の数を数える。


1、2、3、4……


5、6……


7本目を数えようとした瞬間、視界の端で何かが揺れた。



次の瞬間、僕の目の前の標識は 6本になっていた。


「……気のせいじゃないな」


意図的に数えると、数が変わる。


では、人間はどうなのか?


町の広場に行くと、何人かの住民が雑談をしていた。


僕は目を凝らし、彼らの数を数えた。


1、2、3、4、5人。


しかし、ふと目を逸らし、再び数えると、そこには6人がいた。




「おかしい……」




人が増えている?



広場の人々は、まるで最初からそこにいたかのように自然に会話をしていた。



僕は、寒気を覚えた。


この町には、「増減する存在」がいる。


ーーー


「やっぱり、数えてしまいましたね」




突然、後ろから声をかけられた。


振り向くと、先ほどの商店の店主だった。


「……これは、一体どういうことなんですか?」


僕が尋ねると、店主は低い声で答えた。


「この町では、数を数えてはいけないんです」



「なぜです?」




「数えたものが、“消える” からですよ」




店主の言葉に、僕は言葉を失った。



「さっき、標識の数を数えましたね?」


「あ……はい」


「では、昨日までの標識の数を覚えていますか?」



僕は、一瞬考えた。


「いや……」


「そうでしょう? それがこの町のルールなんです」



「でも、さっき広場で人を数えたとき、人が増えたように見えました」


店主は静かに首を振った。


「違います」


「増えたんじゃない。最初から、その人数だったんです」



「そんな馬鹿な……」



店主は、静かに言った。


「この町では、数えることで“認識”が生まれます」


「そして、数えたものは、定まらなくなるんです」



「……まるで、数字自体が生きているみたいですね」



店主は、それには答えず、こう言った。


「これだけは、覚えておいてください」


「この町には、“余分なもの” は存在しません」



僕は背筋が凍った。



取材を終え、僕は町を後にした。


しかし、どうしても気になることがあった。


――この町の 「人口」 は、いったい何人だったのだろうか?



僕は、スマホのメモを開いた。


町にいた住民の数を、記録しておいたはずだった。



しかし――


そこには、何も書かれていなかった。



まるで、最初から「数」など存在しなかったかのように。




それ以来、僕は数を数えることに、少しだけ恐怖を感じるようになった。




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