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「七々菜奈々奈の月一勤務」

七々菜奈々ななななななななが事務所に来るのは、月に一度だけ。


 普段はリモートで経理を処理し、一二三とはメールで事務連絡を交わすだけ。

 直接顔を合わせるのは月に一度のこの日だけだった。



 「相変わらず、散らかってますね」


 彼女は、扉を開けるなりそう言った。

 淡々とした口調に、呆れとも諦めともつかない色が滲んでいる。



 「おかしいな、僕は片付けたつもりだったんだけど」


 「嘘つきます?」



 彼女は、一二三の机の上にある書類の山を見下ろしながら、

 手早く輪ゴムを外し、分類し直し始めた。



 「でも、先月よりはマシです。ゴミ箱が機能してますし」


 「……逆に先月は何を見たんだい?」


 「書類が床に広がっていたので、ゴミ箱の存在意義を疑いました」



 七々菜は手際よく事務処理をこなしながら、

 月に一度の恒例行事――事務所の掃除 を始める。




 七々菜は、淡々とした性格 だが、几帳面でもある。


 彼女が来る日は、事務所の大掃除が習慣になっていた。

 書類整理、備品の補充、机の拭き掃除――。

 一二三がやらない分、彼女がすべてやることになっている。



 「これ、まだ必要ですか?」


 彼女は、棚の奥から埃をかぶったファイルを取り出した。



 「ん?」



 表紙には、一二三の手書きのタイトルがある。

 「A案件──関係資料」



 一二三は眉をひそめた。


 A案件?


 記憶にない。

 少なくとも、最近の取材で「A案件」として扱ったものはないはずだった。



 「……いつからここにある?」


 「さあ? 私の記憶では、ここにはなかったと思いますが」



 七々菜は、そこまで言ってふと首を傾げた。



 「おかしいですね」


 「何が?」


 「この棚、先月は掃除したんです」



 一二三は、冷たい違和感を覚えた。



 「先月は、なかった?」


 「ええ。間違いなく」



 では、このファイルは どこから来た?




 「中を見てみよう」


 一二三は、埃を払いながらファイルを開いた。



 そこには、数枚の写真が挟まれていた。



 ──見覚えのない写真だった。



 写っていたのは、どこかの路地裏。

 古びたレンガ壁に、黒い落書きのようなもの が描かれている。



 一二三は、喉が乾くのを感じた。



 ……この写真は、知らない。



 「どうしました?」


 七々菜が、机の上に広げた写真を覗き込む。



 「これ、どこですか?」



 一二三は答えられなかった。


 見覚えがない。

 でも、何かがおかしい。



 写真をめくると、さらに奇妙なものがあった。



 一枚の領収書。

 日付は 三年前 になっている。



「三年前?」



 この事務所ができたのは、ちょうどその頃だ。

 だが、領収書の店舗名に見覚えがない。



「……こんな店、知らない」




 「でも、三年前の日付ですよ」


 「うん。だからこそ、おかしい」




 七々菜は、じっと領収書を見つめていたが、やがて小さく息をついた。




 「まあ、何かの手違いでしょう。捨てておきますね」


 彼女はそう言って、領収書をシュレッダーにかけようとした。


 だが、一二三は とっさにそれを止めた。


 「待って」


 七々菜が驚いたように一二三を見上げる。


 「どうしました?」



 一二三は、自分でも理由のわからない嫌な予感を抱いていた。




 「……捨てないでくれ」




 「でも、これ、もういらない書類ですよね?」


 「わからない。でも、残しておきたい」



 七々菜は一瞬考え込んだが、やがて「わかりました」と言ってファイルに戻した。



 「では、他のものを片付けますね」



 彼女が掃除を続ける中、一二三は無意識に 領収書の住所を目で追った。




 ──違和感がある。




 住所を見た瞬間、脳の奥がざわつくような感覚があった。




 知っている。




 でも、思い出せない。




 何を取材して、何を忘れている?




 七々菜が帰ったあと、一二三は カメラの中の写真を確認した。




 そこには、今日撮ったはずの写真が並んでいる。




 だが――




 最後の写真だけ、見たことのない風景 が映っていた。




 それは、この事務所ではない、どこかの壁。

 そして、そこに描かれている 黒い落書き。




 一二三は、無意識に喉を鳴らした。




 ――これは、どこだ?




 七々菜が見つけたファイル、見覚えのない写真、三年前の日付の領収書。




 僕は、何を忘れている?



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