「異能の子」
奇妙な子どもを見たのは、取材帰りのことだった。
街のはずれにある公園。
すでに日が傾き、子どもたちの姿もほとんど見えなくなっている時間帯だったが、
その子だけは、たった一人で遊具のそばに立っていた。
◇
僕は、なんとなく足を止めた。
特に理由はない。
ただ、その子の動きが妙に気になった。
◇
その子は、ブランコの前に立ち、何かをじっと見つめていた。
座っているわけではない。
手も触れていない。
ただ、まるでブランコと会話をしているかのように、
じっと、その鎖の揺れを目で追っていた。
そして、次の瞬間――
ブランコが、ゆっくりと揺れ始めた。
風はない。
誰も触れていない。
だが、そのブランコだけが、まるで誰かが座っているかのように、
ぎし、ぎし、と一定のリズムで揺れている。
僕は、息を飲んだ。
その子は、まるで当たり前のことのように、ブランコの揺れを見つめ続けていた。
◇
◇
「……君、何をしてるんだ?」
つい声をかけた。
◇
その子は、ゆっくりと僕の方を振り返った。
「……見てるの」
「何を?」
「ここにいる子」
僕は、無意識に背筋を正した。
「……そこには、誰もいないよ」
その子は、首を傾げる。
「いるよ。だって、揺れてるもん」
――何かが見えているのか?
「君は、その……幽霊みたいなものが見えるの?」
◇
その子は、少し考え込むような素振りを見せた後、
「わかんない」
と、小さく答えた。
◇
「でもね、僕が『動いていいよ』って思ったら、動くんだよ」
◇
僕は、その言葉の意味を考えた。
つまり、君は……
「動かせるのか?」
その子は、こくんとうなずいた。
「うん。だから、今はこの子と遊んでるの」
「……この子?」
「うん。いつもここにいる子」
僕は、言葉を失った。
◇
◇
「……他にもいるのか?」
◇
子どもは、少しだけ考え、
◇
「いるよ」
◇
と、あっさり答えた。
◇
「ここだけじゃないよ。町の中にも、道の上にも、いっぱい」
僕は、目を細めた。
「……その子たちは、君にしか見えない?」
「うん。みんなは見えない。でも、動いたら気づくよ」
その子は、地面を指さした。
「ここにもいる」
僕は、足元を見た。
砂の上には、僕とその子の影が落ちている。
……それだけだ。
◇
「……どこに?」
「ここ」
その子は、何もない地面をじっと見つめ、
次の瞬間――
僕の足元の影が ぐにゃりと歪んだ。
瞬間、心臓が跳ね上がる。
影が もう一つ増えていた。
◇
僕のものではない影。
その子のものでもない影。
◇
それは、まるで「何か」がそこに立っているかのような、
人の形をした影だった。
「……」
「ね? いるでしょ?」
僕は、一歩後ずさった。
「君は、これを……見せることもできるのか?」
その子は、こくりとうなずいた。
「うん。でも、動かすのは、あんまり良くないって言われた」
「誰に?」
「……」
その子は、一瞬だけ言葉に詰まった。
◇
だが、すぐにこう言った。
◇
「わかんない。でも、最初から聞こえてた」
「最初から?」
「生まれたときから、ここにはいっぱいいるよ。
でも、みんな静かで、じっとしてる。
僕が『動いていいよ』って思ったら、動くの」
◇
「それは、どういう仕組みなんだ?」
◇
「……わかんない。でも、やりすぎると 増えるよ って言われた」
僕は、その言葉の意味を咀嚼した。
「増える?」
「うん。たくさん増えて、止まらなくなるって」
その子は、何気ない口調で言う。
だが、僕の中で嫌な予感が膨らんでいく。
「それは……増えたらどうなるんだ?」
「ううん。知らない。でもね、止める方法もわかんないって」
◇
その子は、足元の影を見つめた。
◇
「だから、僕は あんまり動かさない ようにしてるの」
その子は、穏やかに微笑んだ。
「でもね、一回動かしたものは ずっと動き続ける んだって」
◇
僕は、背筋が冷たくなるのを感じた。
「……それは、誰が言ったんだ?」
その子は、ふと顔を上げた。
そして、僕の肩越しを見つめ――
「……今、そこにいる人」
僕は、ゆっくりと振り返った。
そこには――
何もなかった。
完




