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「異能の子」

奇妙な子どもを見たのは、取材帰りのことだった。


 街のはずれにある公園。

 すでに日が傾き、子どもたちの姿もほとんど見えなくなっている時間帯だったが、

 その子だけは、たった一人で遊具のそばに立っていた。



 僕は、なんとなく足を止めた。


 特に理由はない。

 ただ、その子の動きが妙に気になった。



 その子は、ブランコの前に立ち、何かをじっと見つめていた。

 座っているわけではない。

 手も触れていない。


 ただ、まるでブランコと会話をしているかのように、

 じっと、その鎖の揺れを目で追っていた。




 そして、次の瞬間――




 ブランコが、ゆっくりと揺れ始めた。




 風はない。

 誰も触れていない。




 だが、そのブランコだけが、まるで誰かが座っているかのように、

 ぎし、ぎし、と一定のリズムで揺れている。




 僕は、息を飲んだ。




 その子は、まるで当たり前のことのように、ブランコの揺れを見つめ続けていた。




「……君、何をしてるんだ?」


 つい声をかけた。



 その子は、ゆっくりと僕の方を振り返った。




「……見てるの」




「何を?」




「ここにいる子」




 僕は、無意識に背筋を正した。


「……そこには、誰もいないよ」




 その子は、首を傾げる。


「いるよ。だって、揺れてるもん」




 ――何かが見えているのか?




「君は、その……幽霊みたいなものが見えるの?」



 その子は、少し考え込むような素振りを見せた後、




「わかんない」




 と、小さく答えた。



「でもね、僕が『動いていいよ』って思ったら、動くんだよ」



 僕は、その言葉の意味を考えた。




 つまり、君は……




「動かせるのか?」




 その子は、こくんとうなずいた。




「うん。だから、今はこの子と遊んでるの」




「……この子?」




「うん。いつもここにいる子」




 僕は、言葉を失った。




「……他にもいるのか?」



 子どもは、少しだけ考え、



「いるよ」



 と、あっさり答えた。



「ここだけじゃないよ。町の中にも、道の上にも、いっぱい」




 僕は、目を細めた。



「……その子たちは、君にしか見えない?」



「うん。みんなは見えない。でも、動いたら気づくよ」



 その子は、地面を指さした。




「ここにもいる」



 僕は、足元を見た。




 砂の上には、僕とその子の影が落ちている。

 ……それだけだ。



「……どこに?」




「ここ」




 その子は、何もない地面をじっと見つめ、




 次の瞬間――




 僕の足元の影が ぐにゃりと歪んだ。




 瞬間、心臓が跳ね上がる。




 影が もう一つ増えていた。



 僕のものではない影。

 その子のものでもない影。



 それは、まるで「何か」がそこに立っているかのような、

 人の形をした影だった。




「……」




「ね? いるでしょ?」




 僕は、一歩後ずさった。


「君は、これを……見せることもできるのか?」



 その子は、こくりとうなずいた。




「うん。でも、動かすのは、あんまり良くないって言われた」




「誰に?」




「……」




 その子は、一瞬だけ言葉に詰まった。



 だが、すぐにこう言った。



「わかんない。でも、最初から聞こえてた」


「最初から?」


「生まれたときから、ここにはいっぱいいるよ。

 でも、みんな静かで、じっとしてる。

 僕が『動いていいよ』って思ったら、動くの」



「それは、どういう仕組みなんだ?」



「……わかんない。でも、やりすぎると 増えるよ って言われた」




 僕は、その言葉の意味を咀嚼した。




「増える?」




「うん。たくさん増えて、止まらなくなるって」




 その子は、何気ない口調で言う。


 だが、僕の中で嫌な予感が膨らんでいく。




「それは……増えたらどうなるんだ?」




「ううん。知らない。でもね、止める方法もわかんないって」



 その子は、足元の影を見つめた。



「だから、僕は あんまり動かさない ようにしてるの」




 その子は、穏やかに微笑んだ。




「でもね、一回動かしたものは ずっと動き続ける んだって」



 僕は、背筋が冷たくなるのを感じた。



「……それは、誰が言ったんだ?」




 その子は、ふと顔を上げた。




 そして、僕の肩越しを見つめ――



「……今、そこにいる人」



 僕は、ゆっくりと振り返った。




 そこには――




 何もなかった。


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