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「ペンギンの行列」

ペンギンが、歩いていた。


それも、一羽や二羽ではない。



駅前の大通り。

朝の通勤ラッシュが一段落した時間帯。

人々が疎らになり始めた歩道の向こうに、それは突然現れた。



一列になって歩くペンギンの群れ。



最初は、何かのイベントかと思った。

動物園のPRか、テレビ番組の企画か。

誰かがペンギンを連れてきて、町を歩かせているのだろう。


だが、違った。



誰も、ペンギンたちを誘導していない。

列の先頭に人がいるわけでもなく、後ろから追う飼育員の姿もない。


それどころか、誰も彼らの存在を気にしていない。



ペンギンたちは、整然とした列を作り、歩道をひたすら進んでいく。

悠然と、迷いなく、一定の速度で。



歩道のタイルに、小さな水の跡が点々と残る。

ペンギンたちの足が濡れているからだろう。


だが、この町には海も川もない。


どこから来たのか、どこへ向かうのか――全く分からない。



僕は、思わずスマホを取り出し、カメラを起動した。


ペンギンの群れを撮影しようと、画面越しに捉える。


しかし――



シャッターを切った瞬間、画面には「何も映っていなかった」。




ただの街並み。


誰もいない歩道。




目の前に、確かにペンギンの行列があるのに、

スマホのカメラには、何も映らない。



僕は思わず、画面を確認した。


カメラのレンズに異常はない。

設定も間違っていない。



試しに、歩道を歩く人を撮る。


こちらは、ちゃんと映る。



――どういうことだ?



もう一度、ペンギンの列を撮ろうとした。


しかし、画面越しでは、やはり「何もない」。



「……これは、まずいな」



直感的に、そう思った。





ペンギンたちは、ゆっくりと進み続ける。



僕は、列の端を辿りながら、歩道を並走した。



途中、何人かとすれ違う。


しかし、誰もペンギンのことを気にしていない。



この数のペンギンが歩いているのだ。

もし本当に存在していたら、周囲の人間がざわついていないのはおかしい。




これは、僕にしか見えていないのか?





試しに、近くにいたスーツ姿の男に声をかけた。


「すみません、あの……ペンギン、見えますか?」


男は訝しげに僕を見て、それから視線を歩道へ移した。



「……何の話です?」



彼の目には、何も映っていないらしい。



僕は無言で頷き、その場を離れた。





ペンギンたちは、ずっと前を向いたまま、淡々と歩き続けている。



彼らの目には、何が映っているのだろう。

この世界の風景は、どんなふうに見えているのか。



そして――この行列は、どこまで続くのか。





僕は、スマホの時計を確認した。


気づけば、ペンギンを追い始めてから、三十分以上経っていた。



それでも、行列は途切れる気配がない。




これは、どこまで続くのか。






――試しに、列の最後尾を探してみることにした。





僕は、ペンギンたちの行進に逆行するように歩いた。



通りを一本曲がり、来た道を戻る。



さらに進む。




……だが、




最後尾が、見つからない。




どこまで行っても、ペンギンたちは歩いてくる。




「……おかしい」




僕は、一度立ち止まった。



周囲を見回す。



ペンギンの行列は、目の前を淡々と歩き続けている。



列の先頭は、先の見えない街路の向こうへと消えていく。



だが――



後方を振り返ると、そこにもまた、ペンギンの列が続いていた。




僕は、思わず背筋が寒くなった。




最初に見た場所から、もうかなり離れている。

それなのに、行列は途切れていない。



まるで――



永遠に続いているかのように。





僕は、スマホを取り出した。


もう一度、撮影してみる。



だが――



やはり、画面には「何も映らない」。





……そろそろ、引き返したほうがいい。




理由はわからないが、そう強く思った。




この行列は、僕が追いかけていいものではない。




ここで引き返さなければならない。





僕は、踵を返し、来た道を戻った。




街の風景は、変わっていない。


行き交う人々の姿も、そのままだ。



しかし――




ペンギンの行列だけは、ずっと続いていた。





僕は、目を逸らし、歩き続ける。




そのまま、足を速め、気づけば駆け足になっていた。





やがて――




ペンギンの行列が、視界から消えた。






僕は、深く息を吐いた。




スマホの時計を見る。


……ペンギンを見つけてから、一時間以上が経っていた。




それが長い時間なのか、短い時間なのか。


よくわからなかった。





僕は、ペンギンの行列が消えた道を振り返った。




今は、何もない。





しかし――




彼らは、今もどこかを歩き続けている気がした。




(完)

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