「ペンギンの行列」
ペンギンが、歩いていた。
それも、一羽や二羽ではない。
◇
駅前の大通り。
朝の通勤ラッシュが一段落した時間帯。
人々が疎らになり始めた歩道の向こうに、それは突然現れた。
◇
一列になって歩くペンギンの群れ。
◇
最初は、何かのイベントかと思った。
動物園のPRか、テレビ番組の企画か。
誰かがペンギンを連れてきて、町を歩かせているのだろう。
だが、違った。
◇
誰も、ペンギンたちを誘導していない。
列の先頭に人がいるわけでもなく、後ろから追う飼育員の姿もない。
それどころか、誰も彼らの存在を気にしていない。
◇
ペンギンたちは、整然とした列を作り、歩道をひたすら進んでいく。
悠然と、迷いなく、一定の速度で。
◇
歩道のタイルに、小さな水の跡が点々と残る。
ペンギンたちの足が濡れているからだろう。
だが、この町には海も川もない。
どこから来たのか、どこへ向かうのか――全く分からない。
◇
僕は、思わずスマホを取り出し、カメラを起動した。
ペンギンの群れを撮影しようと、画面越しに捉える。
しかし――
◇
シャッターを切った瞬間、画面には「何も映っていなかった」。
◇
◇
ただの街並み。
誰もいない歩道。
◇
◇
目の前に、確かにペンギンの行列があるのに、
スマホのカメラには、何も映らない。
◇
僕は思わず、画面を確認した。
カメラのレンズに異常はない。
設定も間違っていない。
◇
試しに、歩道を歩く人を撮る。
こちらは、ちゃんと映る。
◇
――どういうことだ?
◇
もう一度、ペンギンの列を撮ろうとした。
しかし、画面越しでは、やはり「何もない」。
◇
「……これは、まずいな」
◇
直感的に、そう思った。
◇
◇
◇
ペンギンたちは、ゆっくりと進み続ける。
◇
僕は、列の端を辿りながら、歩道を並走した。
◇
途中、何人かとすれ違う。
しかし、誰もペンギンのことを気にしていない。
◇
この数のペンギンが歩いているのだ。
もし本当に存在していたら、周囲の人間がざわついていないのはおかしい。
◇
◇
これは、僕にしか見えていないのか?
◇
◇
◇
試しに、近くにいたスーツ姿の男に声をかけた。
「すみません、あの……ペンギン、見えますか?」
男は訝しげに僕を見て、それから視線を歩道へ移した。
◇
「……何の話です?」
◇
彼の目には、何も映っていないらしい。
◇
僕は無言で頷き、その場を離れた。
◇
◇
◇
ペンギンたちは、ずっと前を向いたまま、淡々と歩き続けている。
◇
彼らの目には、何が映っているのだろう。
この世界の風景は、どんなふうに見えているのか。
◇
そして――この行列は、どこまで続くのか。
◇
◇
◇
僕は、スマホの時計を確認した。
気づけば、ペンギンを追い始めてから、三十分以上経っていた。
◇
それでも、行列は途切れる気配がない。
◇
◇
これは、どこまで続くのか。
◇
◇
◇
◇
――試しに、列の最後尾を探してみることにした。
◇
◇
◇
僕は、ペンギンたちの行進に逆行するように歩いた。
◇
通りを一本曲がり、来た道を戻る。
◇
さらに進む。
◇
◇
……だが、
◇
◇
最後尾が、見つからない。
◇
◇
どこまで行っても、ペンギンたちは歩いてくる。
◇
◇
「……おかしい」
◇
◇
僕は、一度立ち止まった。
◇
周囲を見回す。
◇
ペンギンの行列は、目の前を淡々と歩き続けている。
◇
列の先頭は、先の見えない街路の向こうへと消えていく。
◇
だが――
◇
後方を振り返ると、そこにもまた、ペンギンの列が続いていた。
◇
◇
僕は、思わず背筋が寒くなった。
◇
◇
最初に見た場所から、もうかなり離れている。
それなのに、行列は途切れていない。
◇
まるで――
◇
永遠に続いているかのように。
◇
◇
◇
僕は、スマホを取り出した。
もう一度、撮影してみる。
◇
だが――
◇
やはり、画面には「何も映らない」。
◇
◇
◇
……そろそろ、引き返したほうがいい。
◇
◇
理由はわからないが、そう強く思った。
◇
◇
この行列は、僕が追いかけていいものではない。
◇
◇
ここで引き返さなければならない。
◇
◇
◇
僕は、踵を返し、来た道を戻った。
◇
◇
街の風景は、変わっていない。
行き交う人々の姿も、そのままだ。
◇
しかし――
◇
◇
ペンギンの行列だけは、ずっと続いていた。
◇
◇
◇
僕は、目を逸らし、歩き続ける。
◇
◇
そのまま、足を速め、気づけば駆け足になっていた。
◇
◇
◇
やがて――
◇
◇
ペンギンの行列が、視界から消えた。
◇
◇
◇
◇
僕は、深く息を吐いた。
◇
◇
スマホの時計を見る。
……ペンギンを見つけてから、一時間以上が経っていた。
◇
◇
それが長い時間なのか、短い時間なのか。
よくわからなかった。
◇
◇
◇
僕は、ペンギンの行列が消えた道を振り返った。
◇
◇
今は、何もない。
◇
◇
◇
しかし――
◇
◇
彼らは、今もどこかを歩き続けている気がした。
◇
◇
(完)




