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「手紙を食べる家」

家には「癖」がある。


 古い家屋は特に顕著で、雨の日に必ず床が軋むとか、決まった時間に壁が鳴るとか、そんな現象が起こることがある。

 それは単なる経年劣化の問題かもしれないし、あるいは、もっと別の理由かもしれない。


 だが、僕が取材で訪れたある古い家には、奇妙な癖 があった。


 ――そこに届いた手紙は、必ず消える。



 この話を聞いたのは、ある郊外の小さな村にある一軒家だった。

 家の持ち主である老婦人は、静かな笑みを浮かべながら僕を招き入れた。


「本当に、不思議なことなんですよ」


 彼女はそう言いながら、和室へ通してくれた。

 築80年を超える古民家。広い縁側と、整然とした畳敷きの部屋が広がる、どこか懐かしい雰囲気の家だった。



「消える、というのは?」


「ええ、郵便物です。この家に届いた手紙は、なぜかすべて無くなってしまうんです」



 老婦人の話によれば、この家では、昔から手紙が消える 現象が続いているという。


 郵便受けに入った手紙が、ほんの数時間後には跡形もなく消える。

 時には、家の中に持ち込んだ手紙までもが、目を離した隙に消える ことがある。


「不思議なことに、現金書留や荷物は消えないんですが、普通の手紙だけは消えてしまうんです」



 僕は慎重に尋ねた。


「それが始まったのは、いつ頃からですか?」


「正確には分かりませんが……私がこの家に嫁いできた時には、すでにそうでした」


 老婦人は遠くを見つめるように言った。


「夫も、『この家は手紙を食べるんだ』と冗談を言っていました」



 僕は興味を引かれた。


 家が、手紙を食べる――。


 言葉としては荒唐無稽だが、妙に引っかかる表現だった。



「これまで消えた手紙の中で、特に印象に残っているものはありますか?」


 僕がそう尋ねると、老婦人は少し考えた後、こう言った。


「……ええ、ひとつだけ」


「どんな手紙でしょう?」


「昔、夫が戦争に行っていた頃に、何通か手紙を送ってくれました。でも、私の手元には、一通も届かなかったんです」



 ぞわりとした感覚が背筋を走った。


 この家が、彼女の夫の手紙を「食べた」?



 僕は、手紙が消える現象を確かめるため、簡単な実験をすることにした。



 手元にあった封筒に白紙の便箋を入れ、それを老婦人の目の前で郵便受けに入れた。


「では、しばらく待ちましょう」


 時間を計りながら、家の中で話を続ける。



 30分後――。



 僕は郵便受けを開けた。



 封筒は、消えていた。



「……やはり、ですか」


 老婦人は静かにうなずいた。



 だが、僕はふと考えた。

 単に手紙が消えるだけなら、それは何かの錯覚や、物理的な要因で説明がつくかもしれない。

 ならば、この家が手紙を「食べる」ことを、確かめるには?



 僕はもう一つ封筒を作り、今度は中の便箋にこう書いた。


 「この手紙を食べないでください」


 そして、もう一度、郵便受けに入れる。



 30分後――。



 再び郵便受けを開けた僕は、思わず息をのんだ。



 そこには、最初に消えたはずの封筒が戻っていた。


 しかし、中の便箋だけが、綺麗に消えていた。



「……この家は、内容だけを食べたんですね」



 僕は、この家の「癖」の正体を理解した気がした。


 ――この家は、ただ手紙を消しているのではない。

 ――手紙の「内容」だけを消している。



「つまり、この家は……手紙を読んでいる?」



 老婦人は、静かに微笑んだ。


「そうかもしれませんね」



 彼女の表情には、どこか諦めにも似た穏やかさがあった。



 帰り際、僕は家を振り返った。


 この家は、手紙を読む。


 では――それを書いた「送り主」のことも、覚えているのだろうか?



 もし、彼女の夫が戦争から送った手紙を、この家が「読んでいた」としたら。


 もし、それを「誰にも渡さないようにしていた」としたら――?



 背筋に、ひやりとしたものが走った。



 風が吹き抜け、郵便受けがカタンと揺れた。



 ふと、老婦人が何か呟くのが聞こえた。


 「……あの人が、最後に何を書いていたのか。今でも、知りたいんですけどね」



 僕は、もう一度家を振り返った。


 そして、何も言わずに、静かにその場を後にした。


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