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「特産品」

「食べてみなよ」


 そう言って、老婆は僕に野菜を手渡した。



 取材で訪れたこの村は、山間にひっそりと佇む集落だった。

 観光地というわけでもなく、どこか時間の流れが緩やかな場所。


 僕はこの村の「特産品」について調べていた。

 村人たちは口々に「うちの野菜は美味しいよ」と誇らしげに語る。


 そして、老婆が差し出したのが、この奇妙な野菜だった。



 一見すると、じゃがいもや里芋のようなごつごつとした見た目。

 だが、表面にはうっすらと見たことのない模様 が走っている。

 色は薄い灰色。


 僕はその野菜を手に取り、尋ねた。


 「これ……何ていう野菜です?」


 老婆は、にっこりと笑って言った。


 「野菜は野菜さ」



 いや、それは分かってる。


 そうじゃなくて、名前を聞いているんだけど。



「どうやって食べるんです?」


「いろんな食べ方があるさ」


「例えば?」


「……まあ、好きにすればいいんじゃないかねえ」



 何も、答えになっていない。



 僕は周りの村人たちにも聞いてみた。


 「この野菜の名前って何です?」


 「名前? そんなの考えたこともなかったねえ」


 「普段はどうやって食べるんです?」


 「普通に食べるさ」



 どこか、言葉が曖昧すぎる。



 宿に戻ってから、この野菜について調べた。


 だが、どれだけ文献を漁っても、ネットで検索しても――


 どこにも、それらしい野菜は載っていなかった。



 この村独自の品種なのか?


 それにしても、記録が一切ないのは不自然だ。



 僕はもう一度、手元の野菜を見つめた。


 持ったとき、わずかにひんやりしている。

 だが、妙に手に馴染む感触 があった。



 ――まるで、何度も触れたことがあるかのように。



知っている気がする


 村人たちがこの野菜を「当たり前のもの」として扱っているのは分かる。

 だが、僕には違和感しかない。



 ……なのに、ふとした瞬間、この野菜を知っている気がする。


 どこかで、食べたことがあるような気がする。



 僕は、自分の記憶をたどる。


 幼い頃、実家で食べたのか?

 それとも、どこかの店で?



 思い出せない。



 ……だが、確かに「食べた記憶」がある気がする。



 どうにも気になったので、試しに調理してみることにした。


 皮を剥こうとすると――


 包丁がうまく入らない。



 固いわけではない。


 むしろ、柔らかすぎて、刃が滑る。



 少し力を入れると、ぬるりとした感触が指に伝わる。



 ――あれ?



 包丁を握る手が、一瞬震えた。



 刃を通した断面から、透明な液体 がじわりとにじみ出る。


 ……なんだろう、この感覚。



 僕はそっと、その断面を指で触れた。



 ――冷たい。



 そして、わずかに指先に残る感触が――


 肌の質感に似ていた。



 僕は、ぞっとして手を離した。



 翌日、村人に会い、この野菜について改めて聞いてみた。


 「この野菜、昔からあるんですか?」


 「そりゃあもう、うちの村ではずっと作ってるよ」


 「でも、他の地域では見たことがないんですが……」


 「そうかい? どこにでもあるもんだろう」



 彼らの反応は、一様に「普通」だった。



 「おかしい」 と思っているのは、どうやら僕だけらしい。



 「でも、これの正式な名前って?」


 「さあねえ。昔からあるし、みんな食べてるし」


 「じゃあ、どうやって食べるんです?」


 「好きに食べたらいいさ」



 ……やはり、答えになっていない。



 この野菜は、本当に「存在している」のか?




 数日後、僕は村を離れた。


 持ち帰ったその野菜を、再び調理しようと思った。


 だが――



 それは、どこにもなかった。



 確かに、持って帰ったはずだ。


 だが、バッグの中には何もない。



 どこかで落としたのか?



 ……いや、最初からそんなものを持ち帰っていなかったのでは?



 僕は、もう一度村の記録を調べた。


 だが、どの資料にも、どんな食材リストにも――


 その野菜のことは載っていなかった。



 もしかしたら、最初からそんなものは存在しなかったのかもしれない。


 村人たちだけが、それを知っている。

 もしくは――


 僕だけが、知らないはずのものを見ていたのか。



 ――結局、あの野菜は何だったのか


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