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「増えるn号室」

「昨日まで、そんな部屋はなかったんです。」


 そう言ったのは、あるアパートの住人だった。


 彼が住んでいるのは、築40年ほどの小さなアパート。

 ワンルームが10室ほど並ぶ、ごく普通の建物だったはずだった。


 「でも、朝起きたら……玄関の横に、知らない部屋ができてたんです。」


 彼の話が事実なら、それは明らかにおかしい。

 建物の構造は一夜にして変わるものではない。


 なのに、昨日まで存在しなかった「部屋」が増えている。



 僕は、件のアパートを訪れた。


 住人の男は、恐る恐る玄関を開ける。


 彼の部屋のドアのすぐ横――そこに、確かに新しい部屋のドア があった。


 古びたアパートの外観とは対照的に、そのドアだけが異様に新しい。

 まるで、誰かが昨夜のうちにそこだけ作り直したかのように。


 「管理人に聞きましたか?」


 「はい。でも、“そんな部屋は最初からある” って言われたんです。」


 「他の住人は?」


 「みんな、“ずっとあった” って言うんです。」


 住人の記憶だけが、彼と食い違っている。


 いや――“彼の記憶が消されている” のではないか?



 僕はドアをノックしてみた。


 コン、コン。


 反応はない。


 試しにドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。

 そして、ゆっくりと扉を開ける――。


 その瞬間、空気が変わった。



 光が一切届かない、黒い空間。


 部屋の形は、普通のワンルームのはずだった。

 だが、なぜか奥行きが異様に深く感じられる。


 空気が重い。


 湿気を帯びた匂いが鼻をつく。

 カビ臭さとも違う、もっと別の、生温い湿り気。


 足を踏み入れると、遠くで何かが動いた気がした。


 僕は思わず、スマホのライトを点けた。


 すると――


 目の前の壁に、「扉」があった。



 僕は足を止める。


 このアパートの構造は知っている。

 ワンルームの奥にもう一つの扉があるはずがない。


 試しに、その扉に手をかける。


 ――カリ……。


 ……内側から、小さな音がした。



 背筋が冷たくなる。


 この部屋には、誰もいないはずだ。


 それなのに、扉の向こうから微かなノック音。


 コツ……コツ……。


 一定の間隔で、ゆっくりと。


 まるで**「開けてほしい」とでも言うように**。



 息を殺し、耳を澄ます。


 ……違う。


 これは、壁の向こうから聞こえる音 ではない。


 音は――僕の背後から聞こえていた。



 慌てて振り向く。


 そこには、同じ部屋があった。


 僕が今いる部屋と、寸分違わぬ空間。


 しかし、一つだけ違う点がある。


 その部屋の奥に、誰かが座っていた。



 椅子に、背中を向けたまま座る人影。


 動かない。

 呼吸音もしない。


 ただ、“そこにいる”。


 いや――違う。

 これは、本当に「誰か」なのか?



 僕はゆっくりと後ずさる。


 しかし、次の瞬間、“それ” が動いた。


 首だけを、ゆっくりとこちらに向ける――。



 ――気づいたとき、僕は廊下にいた。


 振り返ると、そこには何もなかった。


 新しく増えたはずのドアは消えていた。

 まるで最初から存在しなかったかのように。



 住人の男は、呆然と立ち尽くしていた。


 「……え? 何の話でしたっけ?」


 彼は、自分が何を怖がっていたのか、忘れてしまっているようだった。


 



 僕は最後に、スマホの写真を確認した。


 アパートの廊下の写真。


 そこには、確かに増えたはずのドアが写っていた。


 しかし、その写真を見ていると、ふと違和感を覚えた。


 僕のポケットに、何かが入っている。


 取り出してみると――


 見覚えのない鍵が、そこにあった。



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