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「リバースホテル」

 「この部屋に泊まると、次の日も昨日が続くらしいよ。」


 そんな話を聞いたのは、ある古びたビジネスホテルのことだった。


 大手チェーンではない、どこにでもあるような個人経営のホテル。

 駅から少し離れた場所にあり、主に出張のビジネスマンが利用するようなタイプだ。


 「まあ、よくある都市伝説ってやつさ。変な噂が流れるホテルって結構あるだろ?」

 僕に話を持ち込んできたのは、知人のフリーライターだった。

 彼は半ば冗談めかして言ったが、顔はどこか真剣だった。


 「でもさ、その話には妙なところがあるんだよ。」



 そのホテルには、“昨日を繰り返す部屋” があるという。


 宿泊した客は、翌朝目を覚ますと「昨日とまったく同じ日が始まる」と感じる。

 部屋の時計、テレビのニュース、外の天気――すべてが昨日と同じ。


 しかし、その話を聞いた時点では、単なるデジャヴや記憶の錯覚の可能性が高かった。

 よくある話だ。

 疲れていると、昨日と今日の境界が曖昧になることもある。


 ただ、知人が問題視したのはそこではなかった。


 「そのホテルに泊まった客は、チェックアウトすると記録が消える」


 宿泊者リストを確認すると、泊まったはずの客のデータが存在しない というのだ。



 その話を聞いた翌日、僕はそのホテルに部屋を取った。


 チェックインはスムーズだった。

 フロントの対応も普通。

 特に変わった点は見当たらない。


 「お部屋は405号室 です。」


 キーを渡され、エレベーターで4階へ向かう。


 405号室のドアを開けると、部屋の中はどこにでもあるようなビジネスホテルの内装 だった。


 壁紙はやや古びているが、清潔感はある。

 ベッド、デスク、テレビ、小さな冷蔵庫。

 特に違和感はない。


 昨日と同じ日が始まる……?


 僕は軽く鼻で笑いながら、シャワーを浴び、ベッドに横になった。


 そして、眠りについた。



 翌朝、目を覚ました。


 ベッドのシーツの感触、窓から差し込む朝日、遠くから聞こえる車の音――。


 違和感は、なかった。


 僕は軽く伸びをし、テレビの電源を入れる。


 「次のニュースです。本日、関東地方では……」


 昨日見たニュースと、まったく同じ内容が流れた。



 そんな偶然もある。


 いや、もしかしたら昨日のニュースのダイジェストかもしれない。

 そう思いながら、身支度を整え、1階のレストランへ降りた。


 朝食バイキング。


 並んでいるのは、スクランブルエッグ、ソーセージ、味噌汁、ご飯。

 よくあるメニューだった。


 席につき、コーヒーを一口飲んだとき――既視感デジャヴ が襲った。


 「これ、昨日とまったく同じじゃないか?」


 いや、朝食メニューが同じなのはおかしくない。

 しかし、スタッフの動き、客の席の配置、食べているメニューの組み合わせまで、昨日とまったく同じ に思えた。



 僕は食事を終え、フロントで尋ねた。


 「昨日と同じ部屋に泊まっているんですが、チェックアウトの履歴って見られますか?」


 フロントの女性は、一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにパソコンを操作した。


 「申し訳ありませんが、お客様の昨日の宿泊履歴はございません。」


 「……どういうことですか?」


 「いえ、お客様が当ホテルをご利用されたのは、今夜が初めて かと……。」



 僕はエレベーターで4階に戻り、405号室のドアを開けた。


 部屋の中は、やはり昨日とまったく同じだった。

 ただ――


 デスクの上に、一枚の紙が置かれていた。


 それは、僕が昨夜この部屋でメモした走り書きだった。


 「はやくここをでろ」


僕の字だ。しかしこんなものを書いた覚えは当然ない。

 だが、それならば……。



 「本当に僕が昨日この部屋にいたことを、誰も覚えていないのか?」



 僕はもう一度、ベッドに横になり、眠った。


 翌朝。


 目を覚ます。


 同じ朝日、同じテレビニュース、同じ朝食。

 フロントで尋ねても、やはり「僕の宿泊履歴はない」と言われた。


 つまり――僕はずっと、昨日のチェックインを繰り返している。



 何日目か分からなくなった頃、あることに気づいた。


 このホテルの**「宿泊者の顔が、毎日同じ」**なのだ。


 朝食会場の客たちは、昨日と同じ席に座り、同じ料理を食べている。

 しかし、彼らの表情はどこか曖昧で、誰も目を合わせようとしない。


 僕は恐る恐る、一人の男に話しかけた。


 「……ここは、昨日と同じ日じゃないですか?」


 男は顔を上げた。


 そして、乾いた声で言った。


 「昨日って、なんですか?」



 僕は部屋に戻り、慌てて荷物をまとめた。

 何が起きているのか分からないが、ここを出るべきだ。


 しかし――


 チェックアウトの手続きをして、外に出た瞬間、ふと気がついた。


 僕はなぜ、ここに来たのだろう?


 ホテルの前で立ち尽くしながら、理由を思い出せない。


 このホテルには何か妙な噂があったはずなのに……。


 それが、なんだったのか思い出せない。



 僕は仕方なく、再びフロントに向かった。


 「部屋、取れますか?」


 受付の女性はにこやかに微笑んだ。


 「かしこまりました。お部屋は405号室です。」



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