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「碇を飼う」

「それは、お前の罪だ。」


 その声を聞いた瞬間、背中に重みを感じた。



 きっかけは些細なことだった。


 地方のとある町で、僕は古い神社を取材していた。

 この町には、代々「碇神いかりがみ」と呼ばれる神が祀られているという。


 「船の航海安全を祈る神?」


 僕がそう尋ねると、町の老人は首を横に振った。


 「いや、違う。碇神は怒りの神だ。」



 「怒りの神?」


 「人間の過ちを見逃さない神様よ。」


 老人は、どこか神妙な面持ちで続けた。


 「悪いことをした人間には、罰として碇を飼わせるんだ。」


 「……碇を?」


 「そう。見えない碇をな。罪の重さに応じて、そいつの身体に結びつけられる。重みを背負い、償うまで決して外れん。」


 ふーん、と僕は頷いた。


 まあ、地方に伝わる俗信としてはよくある話だ。


 そのときは、ただの伝承のひとつだと思っていた。





 その夜、僕は神社を訪れた。


 昼間に見たときよりも、鳥居が異様に大きく見える。


 神社の境内は静まり返り、薄暗い石畳の先に本殿がある。


 ふと、足元の感触が変わった。


 まるで、急に地面が沈み込むような感覚。


 その瞬間だった。


 「それは、お前の罪だ。」


 低く、鈍い声が響いた。



 その言葉とともに、僕の背中に重みがのしかかった。


 まるで、大きな何かが肩に乗ったような感覚。


 僕は反射的に身を震わせたが、何もいない。



 その場を離れて宿に戻ると、違和感が増していた。


 身体が重い。


 まるで、背中に何かを括りつけられているかのように。


 しかし、鏡を見ても何もない。



 翌朝、目を覚ますと、さらに重くなっていた。


 起き上がろうとすると、布団が沈み込むような感覚がある。


 まるで、見えない何かが自分を押さえつけているように。


 僕はゆっくりと立ち上がった。


 立てないわけではない。

 ただ、確実に、昨日よりも重くなっている。




 翌日、再び町の老人を訪れた。


 僕は静かに言った。


 「……何かが、くっついている気がする。」


 老人は、僕をじっと見つめた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


 「碇を飼わされたな。」



 「お前が何をしたかは知らんが、碇神に背いた者には、その罪の重さに応じて碇がつけられる。」


 「……どうすれば、外れる?」


 「罪が消えるまで。」


 老人は短く答えた。



 その日から、僕の身体は少しずつ重くなっていった。


 日常生活はできるが、常に何かを背負っているような感覚。


 エレベーターに乗ると、自分の体重が数キロ増えたように感じる。


 歩くたびに、地面が沈み込むような気がする。



 そして気づいた。


 ある行動を取るたびに、碇の重みが増している ことに。



 碇が重くなる瞬間は、決まっていた。


 ・嘘をついたとき。

 ・他人を見下したとき。

 ・何かを誤魔化そうとしたとき。


 日常の中で「罪」に近しい行動をとるたびに、

 身体がわずかに重くなる。



 やがて、歩くことさえ苦痛になり始めた。



 宿の部屋で横になりながら、僕は思った。


 ――このまま、動けなくなるんじゃないか?




 「碇はどうすれば外れる?」


 再び町の老人を訪ねると、彼は答えた。


 「碇は贖罪の証だ。お前が本当にそれを手放したいのなら、贖え。」


 「……贖う?」


 「お前が重いと感じているなら、それはお前の中にあるものだ。」



 その言葉を聞いたとき、僕はふとあることを試してみることにした。



 ――誰かのために、何かをする。



 他人の荷物を運んだり、道を譲ったり、善意を意識的に行う。


 すると、ほんのわずかにだけ、身体が軽くなった気がした。



 それは気のせいかもしれない。


 だが、確かに何かが変わり始めていた。




 数日後、僕は宿を出た。


 身体の重みは、完全には消えていなかった。


 しかし、歩くことはできる。



 宿を出る前、町の老人が言った。


 「お前が“それ”を感じたなら、お前はすでに知っているはずだ。」


 「何を?」


 「怒りの神が、本当に罰を与えたのかどうかを。」



 僕は、何も答えなかった。



 町を離れるとき、背中がわずかに軽くなった気がした。


 それが「碇」が外れたからなのか、それともただの気のせいなのか。


 僕には、もう分からなかった。


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