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「白い廊下」

 「このビルには、どこにも繋がっていない廊下があるんです。」


 そう言ったのは、都内の雑居ビルで働く男性だった。


 建物は築50年近い。オフィスビルとして使われていたが、老朽化が進み、現在は一部のフロアだけがテナントとして残っている。


 問題の「白い廊下」は、そのビルの7階にあるらしい。


 「どういうことですか?」


 「僕も最初は冗談だと思ってたんです。でも、夜遅くまで仕事をしていたとき、確かに……。」


 彼は少し躊躇いながらも、続けた。


 「7階の奥に、普段はなかったはずの廊下が続いていたんです。妙に真っ白で、まるで最近改装されたみたいに綺麗な廊下でした。でも、どこまで歩いても、出口がなかったんです。」


 「どこにも繋がっていない?」


 「ええ、振り返ると、いつの間にか元の場所が消えていたんです。僕はすぐに引き返しましたが、気づいたら最初にいたフロアとは違う場所に出ていたんです。」


  僕は興味を惹かれ、そのビルを訪れた。


 7階は、テナントが一部撤退した影響で薄暗く、廊下には古い事務机や段ボールが無造作に積まれていた。


 「白い廊下」があるという場所まで来ても、特に異変はない。


 しかし――


 カツン……カツン……


 奥の方から、誰かの足音が聞こえてきた。


 しかし、このフロアには誰もいないはずだ。


 僕は足音のする方へ進んだ。


 そして――突然、視界が開けた。


 目の前に、白い廊下 があった。


 それは、まるで最近改装された病院のように真っ白で、異様なまでに清潔だった。


 壁も、天井も、床も、すべて無機質な白。


 さっきまでそこにあったはずの、埃っぽいビルの廊下とは明らかに異なる異質な空間。


 僕は、無意識に息をのんだ。


 そして、足を踏み入れた。


◇ そこには、白い廊下が広がっていた。


 それまでの古びた内装とは異なり、壁も天井も床も、まるで真新しい病院のように白く輝いている。


 先ほどまでなかったはずの空間だった。


 廊下の奥は見えないほど長く続いている。


 僕はゆっくりと足を踏み入れた。



 異様な静けさだった。


 エアコンの音すら聞こえない。


 歩いても、靴音がほとんど響かないほど、吸い込まれるような静寂が漂っている。


 途中で振り返る。


 ……しかし、出口はすでに消えていた。


 背筋に寒気が走る。


 ここに入った途端、元いたビルの廊下が跡形もなく消えたのだ。



 僕は廊下を進んだ。


 しかし、どれだけ歩いても、まったく変化がない。


 照明の光が一定の間隔で続き、壁には何の装飾もない。


 ただ、歩き続けるうちに、一つだけ違和感を覚えた。


 ――廊下が、少しずつ狭くなっている。



 次の瞬間、後ろから コン……コン…… と、ノックするような音が響いた。


 振り向くと――廊下の奥に、人影が立っていた。


 こちらをじっと見ている。


 だが、顔が見えない。


 というより、影が薄く、輪郭がぼやけている。

まるでピントがあってない写真の様にその物体だけが異様にぼやけている。

 

 「××▲▪️×⚫︎▲▲」


 何かを伝えようとしてる。

 目の前の何かは興味本位の不法侵入者に何か語りかけようとしている。

 




 異様な光景には慣れている。

 だから、驚くこともない。


 ただ、反射的にポケットへと手を伸ばした。


 指先が、薄い紙の感触を捉える。


 ――写真だ。


 一枚のスナップショット。

 取材で訪れた街角の風景。


 僕は、呼吸を整えながら、それをそっと指でなぞる。


 次の瞬間――


 視界が、裏返るように歪んだ。



 気がつくと、僕は違う場所に立っていた。


 目の前には、小さな喫茶店の入り口。


 看板に刻まれた文字は、どこにでもあるもの。

 何の変哲もない。


 ここは、以前取材の合間に立ち寄ったカフェだ。


 こういう事態になった時の、とりあえずの避難場所。


 僕は、時が止まった喫茶店のドアを静かに開けた。



 この能力を手に入れた経緯は覚えていない。


 ただ、ある日、何の前触れもなく気づいた。


 ――写真の中に、入れることに。


 厳密には、「自分が撮った写真」である必要はない。

 物理的な写真なら、どれでも入ることができる。


 だが、そこに映る世界が、現実とまったく同じとは限らない。



 何気なく撮った風景写真の中に、本来そこにいるはずのないものが映り込んでいることがある。


 あるいは、写真の中では時間が微妙にずれていることもある。


 だが、少なくとも――今のところ、この写真の中は安全な避難場所だった。



 僕は、周囲を見回した。


 写真の中の喫茶店は、昼下がりの静けさに包まれていた。


 店内のテーブルと椅子は、記憶通りの配置。

 カウンターの奥には、古びたエスプレッソマシンが鎮座し、綺麗に並べられたティーカップはどれも手入れが行き届いている。


 異常はない。




 僕は、この能力で何を失っているのだろうか。


 時間か。

 回数か。

 あるいは、もっと別のものか。


 普通の人間が持っていない力を使う以上、

 何の代償もないとは思えなかった。



 ――さて。


 僕は、ポケットから一枚の紙を取り出した。


 それは、ついさっきまで白い廊下が写っていた写真。


 信じてもいない神様に、こういう時だけ心の中で願掛けをする。


 今度は、それに意識を集中させた。



 次の瞬間――


 僕は、ビルの外に立っていた。



 夜になっていた。


 空気は昼の熱をわずかに残しているが、どこか湿った匂いが混じっている。

 遠くで車のクラクションが鳴った。


 僕は、ゆっくりと周囲を見渡す。


 ……違和感がある。



 通りを行き交う人々の服装が、少し違う。


 近くのコンビニの看板のロゴは微妙にデザインが変わっている。


 そして、何より――


 僕が出てきたはずのビルは小規模なデパートに変わっていた。



 心臓の鼓動がわずかに速くなる。


 ポケットの中を探る。


 ……そこにあったはずの 「白い廊下の写真」 が、消えていた。



 僕は、しばらく立ち尽くし時計を見る。


 ……さっきまで昼だったのに、五時間以上が経っている。


 「そういうズレか…」

 

 あるいは――

 口から出かけた自分の中にある可能性を喉の奥に押し込んだ。



 近くのガラス窓に、ふと目をやる。


 そこに映る自分の姿を、何気なく確認する。


 ――いや、違う。


 そこにいるのは、僕ではない。


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