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「絶滅危惧種」

 「見たんです。本当にいたんです」


 そう言ったのは、地方新聞の記者だった。


 彼は興奮気味に、僕の前に古びたモノクロ写真を差し出した。


 そこに写っていたのは、森の中の開けた空間。


 そして、何かの影。



 「これは……?」


 「最後の一匹です」


 彼はそう言った。


 「ある山奥に、絶滅したはずの生き物が、まだ生きている んです」


 記者の目は異様な熱を帯びていた。


 だが、その熱量とは裏腹に、僕は写真の中の影を、何の動物なのか判別できなかった。


 正確には、何かがいるのは分かるのに、輪郭がぼやけていて、どんな姿だったかが認識できない。



 「この動物、なんて名前なんです?」


 僕の問いに、記者はしばらく沈黙した。


 まるで、考え込むように。


 そして、絞り出すように言った。


 「……ええと、それが……すみません、今ちょっと……思い出せなくて」



 それが最初の違和感だった。



 僕は、その“最後の一匹”が目撃されたという山へ向かった。


 記者は場所を詳しく教えてくれたが、なぜか**「見つけた時の詳しい状況が思い出せない」** と言っていた。


 記憶が、曖昧になる。


 それが、後に続く異変の前触れだったと気づくのは、もう少し後のことだった。



森の奥へ


 山道を進むにつれ、あたりの空気が重くなっていく。


 風が吹いているはずなのに、木々の葉がほとんど揺れていない。


 まるで、この場所だけ「時間の流れ」が違う かのようだった。



 目撃情報のあった場所に到着すると、そこには不自然なまでに静まり返った空間 が広がっていた。


 周囲には鳥の鳴き声すらない。


 僕はカメラを取り出し、慎重にシャッターを切った。



 すると――視界の端で、何かが動いた。



 カサ……カサ……


 藪の向こうで、何かがいる。


 気配を感じた瞬間、僕はカメラを構え、慎重にシャッターを切った。


 その瞬間、一瞬だけ――


 奇妙な違和感が、脳内を駆け巡った。



 ……僕は、何を見た?



 すぐにカメラの画面を確認する。


 そこには、確かに「何か」が写っていた。


 だが、それがどんな生き物なのか――


 どうしても、認識できない。



 山を降りる途中、僕は自分の写真を確認した。


 ――何も、写っていない。


 撮ったはずの生き物が、どの写真にも映っていなかった。



 「おかしいな」


 思わずつぶやく。


 確かに、あの時、何かを見たはずだった。


 だが、それがどんな姿だったのか、どんな色をしていたのか――


 何も、思い出せない。



 記憶が、抜け落ちている。


 僕は焦って、ポケットの中のメモを確認した。


 そこには、自分の手書きでこう書かれていた。


 「最後の一匹」


 そして、その下に書かれていたのは――


 ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた、読めない文字。





 僕は慎重に、手帳に「今の状況」をメモした。


 「記憶が消えていく可能性がある。意識して記録を残すこと」


 そう書き留めた後、僕はふと思った。


 そもそも、僕は何を探しに来たんだ?



 違和感が、じわじわと全身に広がる。


 メモには「最後の一匹」とある。


 だが、その「一匹」が、何だったのか、どんな生き物だったのか――


 全く思い出せなかった。



 僕は慎重に、自分が撮った写真を確認した。


 風景写真は問題なく映っている。


 だが、動物の姿はどこにもない。


 ……いや、本当に?


 どこかに映り込んでいないか?



 ふと、一枚の写真の隅に、違和感を覚えた。


 拡大してみる。


 そこには――


 白いノイズのようなものが、うっすらと写っていた。



 それが「何か」だったのかもしれない。


 だが、僕にはそれを認識することができなかった。



 結局、僕は山を降りるしかなかった。





 ホテルの部屋に戻り、僕は慎重に手帳を開いた。


 そこには、自分が今日書いたはずのメモが残っていた。


 「最後の一匹」


 その文字の周りには、無数の線が引かれていた。


 まるで、何かを思い出そうとした痕跡のように。



 僕は、メモの下にペンを走らせた。


 「僕は何を見た?」


 その一文を書き終えた瞬間、頭がズキリと痛んだ。



 ……何かを、忘れている気がする。



 僕はゆっくりと手帳を閉じた。


 もう一度、確認しようとページを開く。



 そこには、何も書かれていなかった。



 僕は、そっと手を握りしめた。


 ……いや、違う。


 最初から、何も書いていなかったんだ。


 何かを調査していたはずだが、それが何だったのか――


 僕には、もう分からない。



 窓の外では、夜の闇が静かに広がっていた。


 どこかで、鳥の鳴き声がした。


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