「絶滅危惧種」
「見たんです。本当にいたんです」
そう言ったのは、地方新聞の記者だった。
彼は興奮気味に、僕の前に古びたモノクロ写真を差し出した。
そこに写っていたのは、森の中の開けた空間。
そして、何かの影。
◇
「これは……?」
「最後の一匹です」
彼はそう言った。
「ある山奥に、絶滅したはずの生き物が、まだ生きている んです」
記者の目は異様な熱を帯びていた。
だが、その熱量とは裏腹に、僕は写真の中の影を、何の動物なのか判別できなかった。
正確には、何かがいるのは分かるのに、輪郭がぼやけていて、どんな姿だったかが認識できない。
◇
「この動物、なんて名前なんです?」
僕の問いに、記者はしばらく沈黙した。
まるで、考え込むように。
そして、絞り出すように言った。
「……ええと、それが……すみません、今ちょっと……思い出せなくて」
◇
それが最初の違和感だった。
◇
僕は、その“最後の一匹”が目撃されたという山へ向かった。
記者は場所を詳しく教えてくれたが、なぜか**「見つけた時の詳しい状況が思い出せない」** と言っていた。
記憶が、曖昧になる。
それが、後に続く異変の前触れだったと気づくのは、もう少し後のことだった。
◇
森の奥へ
山道を進むにつれ、あたりの空気が重くなっていく。
風が吹いているはずなのに、木々の葉がほとんど揺れていない。
まるで、この場所だけ「時間の流れ」が違う かのようだった。
◇
目撃情報のあった場所に到着すると、そこには不自然なまでに静まり返った空間 が広がっていた。
周囲には鳥の鳴き声すらない。
僕はカメラを取り出し、慎重にシャッターを切った。
◇
すると――視界の端で、何かが動いた。
◇
カサ……カサ……
藪の向こうで、何かがいる。
気配を感じた瞬間、僕はカメラを構え、慎重にシャッターを切った。
その瞬間、一瞬だけ――
奇妙な違和感が、脳内を駆け巡った。
◇
……僕は、何を見た?
◇
すぐにカメラの画面を確認する。
そこには、確かに「何か」が写っていた。
だが、それがどんな生き物なのか――
どうしても、認識できない。
◇
山を降りる途中、僕は自分の写真を確認した。
――何も、写っていない。
撮ったはずの生き物が、どの写真にも映っていなかった。
◇
「おかしいな」
思わずつぶやく。
確かに、あの時、何かを見たはずだった。
だが、それがどんな姿だったのか、どんな色をしていたのか――
何も、思い出せない。
◇
記憶が、抜け落ちている。
僕は焦って、ポケットの中のメモを確認した。
そこには、自分の手書きでこう書かれていた。
「最後の一匹」
そして、その下に書かれていたのは――
ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた、読めない文字。
◇
僕は慎重に、手帳に「今の状況」をメモした。
「記憶が消えていく可能性がある。意識して記録を残すこと」
そう書き留めた後、僕はふと思った。
そもそも、僕は何を探しに来たんだ?
◇
違和感が、じわじわと全身に広がる。
メモには「最後の一匹」とある。
だが、その「一匹」が、何だったのか、どんな生き物だったのか――
全く思い出せなかった。
◇
僕は慎重に、自分が撮った写真を確認した。
風景写真は問題なく映っている。
だが、動物の姿はどこにもない。
……いや、本当に?
どこかに映り込んでいないか?
◇
ふと、一枚の写真の隅に、違和感を覚えた。
拡大してみる。
そこには――
白いノイズのようなものが、うっすらと写っていた。
◇
それが「何か」だったのかもしれない。
だが、僕にはそれを認識することができなかった。
◇
結局、僕は山を降りるしかなかった。
◇
ホテルの部屋に戻り、僕は慎重に手帳を開いた。
そこには、自分が今日書いたはずのメモが残っていた。
「最後の一匹」
その文字の周りには、無数の線が引かれていた。
まるで、何かを思い出そうとした痕跡のように。
◇
僕は、メモの下にペンを走らせた。
「僕は何を見た?」
その一文を書き終えた瞬間、頭がズキリと痛んだ。
◇
……何かを、忘れている気がする。
◇
僕はゆっくりと手帳を閉じた。
もう一度、確認しようとページを開く。
◇
そこには、何も書かれていなかった。
◇
僕は、そっと手を握りしめた。
……いや、違う。
最初から、何も書いていなかったんだ。
何かを調査していたはずだが、それが何だったのか――
僕には、もう分からない。
◇
窓の外では、夜の闇が静かに広がっていた。
どこかで、鳥の鳴き声がした。
完