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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私は夫に憎まれていた

 『全然似てないな』


 初対面のあの日、冷たい目で見下ろしながら、夫となる人はそう言った。


 

 ウィリアム・アイズ。

 類まれなる魔力量と才能により、魔法師団の団長に君臨したのは史上最年少の17歳だったとか。

 アイスブルーの瞳、淡い金髪のその美貌が、父と同い年とは思えないほど若々しいのは、エルフの血を引いているがゆえ。

 あと、人嫌いで有名だ。


 対して私、エルーカ・ラキナ。

 淡いピンクの瞳だけは自慢できるが、地味な茶髪なうえに12歳と幼く、とても釣り合うとは思えない。


 それでもこの婚姻がまかり通ったのは、私の生まれに関係している。

 


 仲が良かった両親は、それぞれ別の孤児院で育ったという。

 魔法師団と双璧をなす騎士団に勤めていた父と、淡々とした性格だが愛情深い母。

 いつもお日様のような父の笑顔が、私も母も大好きだった。


 母が古代王族の末裔だったなんて、本人ですら知らなかった。

 ゆえに対応が遅れてしまったのだ。

 

 権力者にとって、古代王族の血は黄金に等しい価値があるそうだ。

 野心を持つ者同士の争いに巻き込まれ、両親は命を落とした。


 遺された私は、訳がわからないまま旦那様に連れ帰られた。

 生前に父が話してくれた、ちょっと?人見知りな幼馴染とは旦那様のことだったらしい。


 私が母似なのもあって、口を利いてこないどころか、「お前 (たち)のせいで(あいつ)が死んだ」と言わんばかりに睨んでいた旦那様の代わりに、もろもろの説明をしてくれたのは家令のヴィンだった。


 形ばかりの婚礼を済ませ、私は屋敷で暮らすことになった。

 敷地外に出ることは許されず、散策する時にはいつも使用人の同伴が必要だった。

 おまけに、国王から爵位と一緒に押し付...賜ったというこの屋敷に、旦那様は大して興味がないらしく、滅多に帰ってこない。


 まあ、退屈しない程度に屋敷も庭も広い。

 敷地の端に行こうとすると阻まれはするが、使用人はみんな優しかった。

 見たこともない料理、お菓子、大きなぬいぐるみ、本、教師、いろんなものが与えられたりと、お飾りの妻にしては破格の待遇なのは私でもわかった。

 

 それでも両親が恋しくて、時々一人で泣いていた。


 屋敷に来て一カ月が経ったころ、その夜もベッドの上で泣いていると、珍しく旦那様が部屋を訪ねてきた。

 あいかわらず仇を見るような目だったが、私の傍に座ると、父との思い出を聞かせてくれた。


 曰く、同じ孤児院で育った。

 曰く、昔の父は泣き虫の弱虫で、虐められていたところを気まぐれで助けたら、犬みたく懐かれた。

 曰く、一度、取っ組み合いの大喧嘩をした。

 曰く、父は旦那様とも互角に戦うことができた。

 曰く、いきなり結婚したと思ったら付き合いが減って、面白くなかった。

 曰く、国の存亡の危機だとかで、この屋敷よりも大きな魔物を一緒に倒した。


 まったく知らない父の話を、私は夢中で聞いていた。

 そうこうしているうちに眠ってしまったらしく、目覚めた時、私は旦那様の腕の中にいた。

 

 それを機に、私たちの関係は少し変化した。

 以前よりかは、旦那様が帰ってくる頻度が増え、その夜は一緒に眠るようになった。

 もちろん、夫婦の営みは一切ない。ただ、少し話をするだけだ。


 「旦那様、お休みの前に絵本を読んでほしいです」

 「そうか」

 「旦那様、今日は庭師のロクとお花を植えました。咲くのが楽しみです」

 「そうか」

 「旦那様、可愛い子犬をありがとうございます。名前はポチにしました。料理人のシンスケが、犬は絶対ポチだと言っていたので」

 「そうか」


 旦那様は、ヴィンはまだしも他の使用人のことをまともに覚えていない(慕われてはいるようだが)。

 私との会話をきっかけに多少は覚えるようになったと、あとでヴィンに喜ばれた。



 2年が経ち、私は14歳になった。

 一緒に眠るのは、もう抱っこができないくらい大きくなったポチの役目になっていた。


 その日、私は少しだけ勇気を出してみることにした。


 「旦那様、明日はお祭りだそうです。......ダメですか?」

 「...考えてみよう」


 

 次の日、旦那様がお祭りに連れて行ってくれることになった。

 いつになく気合を入れている使用人たちによって、腰まで伸びた髪は二つの三つ編みに、袖を通した水色のワンピースは見た目よりも軽くて動きやすい。


 「旦那様、どうでしょうか?」

 「...いいんじゃないか?」


 旦那様のほうは平民の装いこそすれど、美貌を隠しきれていない。

 まあ、認識阻害魔法があったので問題はなかったが。

 

 的あてゲーム、雲のような飴、曲芸、パレード、夜空に浮かぶ花火。

 ひさびさの外の世界に私は童心に帰ってはしゃぎ、旦那様はそれをじっと見つめていた。


 「楽しかったか?」

 「はい! 来年もまた、旦那様と一緒に行きたいです」

 「...そうか」


 その時、私は初めて旦那様の笑顔を見た。

 穏やかで、優しい笑顔だった。


 冬の季節になり、粉砂糖のような雪が降りしきるようになった。

 雪が積もった庭を駆け抜けるポチの姿は、今や当たり前の光景だ。



 「旦那様、お願いがあります。今日は必ず帰ってきてください」

 「...? わかった」


 

 正直不安ではあったが、旦那様は約束を守ってくれた。

 頑張ってみたが、喜んでくれるだろうか。


 「旦那様、お誕生日おめでとうございます。料理人のシンスケに手伝ってもらいながら、ケーキを作りました。味見をしましたが、けっこうおいしくできたと思います」

 「そうか。...クリーム、頬についてるぞ」


 そう言って、旦那様は指で拭って舐めた。


 「...うまいな」

 「...はい」


 しばらくの間、私は旦那様の顔を見れそうになかった。



 3年が経ち、私は17歳になった。

 最初に比べれば旦那様との会話はだいぶ増え、たまには二人でお出かけするようにもなった。

 ただ、私はもう成人だというのに、旦那様とはいまだに白い結婚のままだ。



 「第三王子が王太子になった。歳は同じ17。第一王子のような浮気者でもなく、第二王子のような乱暴者でもない。...エルーカのことを大事にしてくれるだろう」


 私の中で、なにかがプツンと切れる音がした。




 あいつが死んだ。

 なにもかもつまらない世界において、あいつの屈託のない笑顔だけが俺のすべてだったのに。

 

 その亡骸を目の当たりにした瞬間、覚えたのは全身が沸騰するほどに燃え上がる怒り。


 こんな奴らのせいで、あいつは殺された。

 あの女との結婚なんか許すんじゃなかった。

 古代王族? そんなくだらないことのせいで、あいつは死んだのか?

 

 実行犯どもを皆殺しにし、生きているのは小娘ただ一人。

 俺からあいつを永遠に奪った、あの女に似た小娘。


 その姿を見るたびに殺意が湧いてくる。

 それでもやるしかなかった。

 俺があいつにしてやれる、最後のことだったから。


 古代王族の末裔である小娘は、本来なら王城預かりの身になるところを強引に引き取った。

 その気になれば国さえも滅ぼせる俺を、止められる者などもう誰もいない。

 養子ではなく妻にしたのは、婚約の打診を阻むためだ。

 第三王子はわからないが、第一王子と第二王子は絶対にダメだ。


 邪魔だ、ぐらいにしか思っていなかった屋敷だったが、その時ばかりは王に感謝した。


 屋敷の管理のために使用人を雇う際、求人も面接も煩わしかったので、適当に召喚魔法で呼び寄せた連中は、小娘に友好的なようだ。

 隷属魔法をかけたので、俺の意思に反する行動を取れば体に激痛が走るが、今も昔もそんな様子はない。

 『むしろ、感謝していますよ。もちろん、私も』というのがヴィンの弁だった。

 召喚条件として【仕事ができる】の他に、【この世に絶望している】をつけていたのがよかったらしい。

 



 「奥様が寂しそうです」


 ヴィンから苦言を(てい)されたのは、小娘を迎え入れて一カ月が経ったころ。


 「必要なのは向き合う努力です。物をあげればよい、というものではございません」

 「...」



 仕方なしに部屋に向かうと、小娘は泣いていた。

 殺意を押し殺し、あいつの話をしてやると、思いのほか喜ばれた。

 あいつに少しだけ似た寝顔に、腕の中の小娘は何にも代えがたい忘れ形見なのだと、再確認させられた。


 あいつの分まで、俺はこの娘を守り、慈しまなければいけない。

 だから必死で努力した。

 屋敷に帰る頻度を少しずつ増やし、会話も心掛けてみた。

 

 絵本を読んでみて、一緒に花を見て、ポチのボール遊びに付き合って。

 食事もなるべく一緒にする。

 

 「シンスケの料理は悪くないな」


 ふと、こぼれた言葉に本人からえらく感激された。

 他の連中にだって名前で呼ばれているだろうに。


 「大恩ある旦那様だからこそ、ですよ」


 ヴィンは苦笑しながらそう言った。



 2年が経った。

 第二王子はいまだに娘を諦めていないらしい。

 もっとも、敷地には魔障壁を張っているので、侵入は叶わない。

 派閥の者が俺にごまをすることもあったが、当然断ったし、二度目はないと釘を刺しておいた。


 ちなみに、第一王子の派閥は壊滅的だ。 

 俺があいつを死に追いやった連中を野放しにするわけがない。



 「旦那様、明日はお祭りだそうです。......ダメですか?」


 退屈させないよう、屋敷と庭には娯楽を充実させたつもりだったが、それだけではダメだったようだ。

 外は危険だが、悩んだ末に俺は了承することにした。


 なにがおもしろいのかよくわからないが、目をキラキラさせながら娘ははしゃいでいた。

 その姿を見て、俺もなんだか心が安らいだ。

 

 「楽しかったか?」

 「はい! 来年もまた、旦那様と一緒に行きたいです」

 

 あいつとは違う、満面の笑み。

 もう殺意は湧かない。

 俺も少しは、父親になれたのだろうか。

 

 少し前に、なんとなしに誕生日のことを話していたのを覚えていたらしい。

 頬にクリームをつけたまま笑うエルーカに、言葉で言い表せないなにかが込み上げてきた。

 それを押し隠し、頬のクリームを指で拭って舐めてみる。

 甘いのはあまり好きではないが、これは悪くない。


 ...なぜ、エルーカの耳元が赤くなっているのだろうか?

 見てるこっちがいたたまれなくなる。



 3年が経った。

 エルーカは美しく成長した。


 第二王子がいい加減しつこいので、こっそり始末した。

 第一王子は痴情のもつれで刺された。自業自得だ。


 今まで第三王子を観察してきたが、なかなかどうして悪くない。

 少し気弱なところが難点だが、そこはこちらでカバーしてやればいい。

 こいつならエルーカを幸せにできるだろう。

 ...胸が痛むのは気のせいだ。




 「旦那様は、私のことを愛していないのですか?」

 「...あいつから託された、大切な娘だ」

 「目を反らして言わないでください」


 あんなに大きかった身長差も、今では両手がその頬に届く。

 包み込むと、旦那様の体はビクッと震えた。

 

 「私は第一王子のことも、第二王子のこともまったく知りません」

 「会わせるわけがないだろう、あんな奴ら」

 「そうですね」


 たまに敷地の端が騒がしかったり、お出かけの際に物々しい集団を見かけたりはしたが、それだけだ。


 「旦那様の朴念仁」

 

 顔を引き寄せ、唇を合わせる。

 旦那様の間抜け面なんて初めて見た。


 「私は旦那様を愛していますよ?」

 「......そうなのか?」

 「そうですよ。旦那様は違うのですか?」


 こてっと首を(かし)げてみる。

 しばらく、視線をさまよわせながら無言を貫いていた旦那様は、意を決して口を開いた。


 「歳がかなり離れているし、いずれはしかるべき相手にと思っていた。が...」

 「が?」

 「...いざ、第三王子に託そうと思うと...あいつに好きな女ができた時よりも、嫌な気持ちになった」

 「つまり?」

 「...多分、俺は...エルーカを、一人の女として愛している、んだと思う」

 「では、今晩は一緒に寝ましょう」

 「今晩か!?」

 「鉄は熱いうちに、ですよ」


 逃がすつもりはない。

 旦那様には、私を惚れさせた責任を取ってもらわないと。

 

 私たちの会話を聞いていた使用人たちは、既に動き出している。

 ヴィンに至っては、感極まって泣いている。

 

 今夜は忘れられない夜になりそうだ。

 

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