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たそがれの出逢い


 薄暗くなってきた部屋に、誠通は読んでいた本を投げ出して仰向けに寝転んだ。替えたての畳から青々としたいぐさのいい香りが鼻先をくすぐる。しかし、それにしても――


「退屈だ・・・・・・」


 思わず声に出してぼやいた。まさか携帯電話すら繋がらない辺境であるとは予想していなかった。本を持ってきておいてなんとか時間を潰せたが、それでも限界がある。たった一冊の本は少し前に読了してしまった。すぐさま二巡目を読むほど、読書好きでもない。


 廊下から窓辺へ。少し開いた襖の隙間から、涼やかな風が通り抜ける。障子窓は朱色の光にその和紙の白がぼやけ、蝉時雨は相変わらずだが、部屋に落ちる庭の木々の影も色濃くなってきた。


 黄昏時だ。


 その時、ぼんやりと彷徨わせた視線が、襖の向こうの廊下でするりと動く白いなにかを捉えた。廊下は庇とひと続きで、すぐに庭に下りられるようになっている。このような田舎だ。猫でも狸でも、迷い込んでいておかしくない。けれど誠通はその白い影が、どうしようもなく気になった。


 起き上がる。焦る心地で、襖へと這いより、勢いよく開くと――長い金色の髪の男が、夕陽が溜まる庭先に立っていた。


「君がお客の誠通くん?」


 襖が開かれると分かっていたように、驚きもしないで彼は首を傾げた。


「久しぶりだなぁ。こんにちは。もしくはこんばんは、かな。珍しいお客人」


 蝉時雨が遠く聞こえる。背後の空から朱色の光の波が流れ落ち、庭の松や青紅葉の木々が、か黒く影に染め上げられている。そんな中、彼だけ目も眩む紅蓮と金色を纏っていた。年の頃は同じぐらい。岳弥のもうひとりの弟だろうか。彼と同じように着流し姿だったが、その真っ白な着物の色のせいか、すらりとした姿が際立って見えた。


「なに? そんなにじろじろ見て。目が悪いの?」


 くすくすと笑って、するりとすべるように彼は近づいてきた。背丈は誠通と大差ないが、身体つきはずいぶんと華奢だ。


「いや、どこか・・・・・・」


 ――懐かしい気がして。


 言葉にしかけて、誠通は自分に首を傾げた。なぜだろう。初対面のはずが、とても久しぶりに会った心地がした。不可思議にくすぶる慕わしさが、胸を蝕むようだ。


「ふうん・・・・・・」


 彼は廊下に這い出たままの姿勢の誠通の側に腰を下ろすと、遠慮なくその顔をのぞき上げた。鋭い線を緻密に組み上げた細工もののようなかんばせの青年だった。整っているが、どこか綺麗過ぎて冷淡にも見える。にやりと笑う表情が、岳弥や豊と違い人が悪く見えるのも、そのせいかもしれない。切れ長の灰色の瞳に夕陽の欠片が差し込んで、赤く光って刺すようだった。


「その眼鏡、いつからかけてんの?」

「いつからかは忘れたが・・・・・・乱視なんだ。外すと物が歪んで見える」

「ほんとにぃ?」


 すっと伸びた白い指先が、断りなく誠通から眼鏡を奪いとった。


「おい!」

「別になんにも、変わりなく見えるけどね」


 取り返そうとした誠通の手を、存外細い腕は強い力で抑え込んで、彼の眼鏡を自分でかけた。耳元でする楽しげにからかい笑う声に、苛立ちを覚える。だがその時初めて、その金色に見えた髪が夕陽に染まっていただけで、どちらかといえば白銀に近いこと。真っ白な無地に見えた着物に、連なる三角形の地紋があったことに誠通は気づいた。


「あれ?」


 眼鏡を取り戻そうとした手を、自身の目元にやる。見えている。


「ね? 別になにも変わりなく見えるだろ?」


 返すよ、と青年は、こともあろうに眼鏡のレンズ部分を思い切り指でつまんで差しだしてきた。嫌がらせか、と誠通が声をあげようとした瞬間、ぱりん、と、不穏な音がした。


「あ、割れた」

「割れたじゃねぇんだよ!」


 胸ぐらを引っ掴んで揺さぶり責めたてても、青年はごめんごめんと軽くあしらって笑うばかりだ。反省のふりすらない。


「お前ほんと、お前はどうしてそうなんだよ」

「まあまあ、見えるみたいだし、もうなくてもいいじゃん」

「そういう問題じゃない」


 頭を抱え、誠通は深く落胆のため息をつく。相手があまりに図々しいのだから、こちらも礼儀を捨てたとて問題ないだろう。


「ない方が似合うよ。俺は好き」


 口元に、そう彼は飾らぬ笑みを灯す。世辞ではないと分かりはしたが、己よりずっと見目の整った者に褒められても、心境は複雑だ。しなやかな髪質は美容師に褒められた覚えがあるが、色は黒くて重いし、目つきは鋭い方で威圧感がある。あまり人好きのする容姿ではない自負があった。


 しかし灰色の瞳は無遠慮に、まじまじと誠通を映しとる。その好奇と見定めるような眼差しも、そこはかとなく覚えがある気がするのが不思議だった。


「誠通くん、君、自覚なさそうだけど、わりと無難に顔がいいよ? 髪もさらさらしててずぶ濡れの鴉みたいな色だし、そのくせ瞳はちょっと光が入ると黒が淡くなって、あんこみたいな美味しそうな色になるし」

「お前、それ・・・・・・褒めてんのか?」

「え? かなり褒めてるけど?」


 心外、とばかりに綺麗な顔をしかめる男に、誠通は冷めた視線を突き刺した。


「褒めて聞こえねぇし。百歩譲ってそうなんだとしても、おだてて誤魔化そうとすんな。眼鏡、ちゃんと弁償してもらうからな」

「そう? それじゃあ、ひとまずこれは俺が預かってもいい? おんなじの作ってもらうなら、必要だし」


 そう言って彼は着物のたもとに眼鏡を放り込んだ。雑な扱いに、すでに壊れた眼鏡とはいえ誠通は眉を顰める。だが、青年に気づいた素振りはあっても、気にした風は見られなかった。


 そのまま彼は庭へと戻り、またね、と手をひらひらさせながら、忘れていたとばかりに誠通を振り返った。


「俺、離れにいるから。良ければ夕飯の後おいでよ。岳弥たちには内緒でさ」




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