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第39話 閃石亜愛

 閃石亜愛の記憶は、児童養護施設から始まる。彼女は自分がどこで生まれたのか、そして誰の子なのか、全く記憶していなかった。ただ、彼女がハッキリと覚えているのは、閃石亜愛という名前だけである。

 物心ついた時から施設の中で育ってきた彼女にとって、世界は児童養護施設と小学校だけで構築されていた。

 東京の人々は、ハッキリとした差別意識を表に出す。子供ともなればなおさらだった。

 小学校では、田舎から来た転校生をみんなでイジメるのが当たり前だった。閃石亜愛もまた同様に、友人たちに混ざって田舎者をイジメた。石を投げ、上靴を隠し、ランドセルを二階から外へ放り投げた。あえてそいつの給食にチョークの粉を振りかけた。悲惨ないじめというものを、彼女は当たり前のように続けてきた。

 そんな閃石亜愛だが、彼女自身もいじめられて育った。

 児童養護施設に預けられた子供たちの大半は、親を亡くした田舎者だ。それ故に、施設では職員から子供たちに対するいじめが頻繁に行われていた。そしてもちろん、それを咎めるものも居なかった。

 閃石亜愛は、いつも学校から帰ると殴られ、髪の毛を毟るように掴まれて風呂へ入れられた。それから勉強机に拘束され、許しが出るまで永遠に勉強漬け。食事も満足に食べることが許されなかった。

 悲惨な生活だった。

 彼女は日々、恨みを募らせてきた。その恨みというのは、差別に対してではない。無能な田舎者に対してであった。


 事実、閃石亜愛は極めて優秀な子であった。小学校卒業時点で、すでに高校生レベルの授業についていけるだけの学力を有していた。加えて、身を守るために始めた空手の技術はみるみるうちに上がっていき、中学一年生の時点で全国に敵なしだった。


 そんな彼女が初めて恋を知ったのは、中学二年生の夏であった。その日、彼女の住む施設に新しい子が入居した。彼は明るい性格で、虫捕り網を片手にセミを捕まえようとしていた。


「あんた、田舎者ね」


 その日、閃石亜愛はいじめのターゲットを彼に決めた。


「ん? 田舎者?」


 まだ小学生だった少年は、言葉の意味を理解できない様子で閃石の方を向いた。


「田舎者よ。だって、東京にはセミなんかいないもの」


 閃石の発言に、彼は驚きを隠せないといった表情で固まった。それが面白くて、閃石は彼をからかおうと決めた。


「あんた、本当に何も知らないのね。バカなのね」


「えー、僕ってバカなのかなぁ?」


「馬鹿よ。ばーかばーか!」


 大体の小学生は、この程度の悪口で大泣きするはずだった。しかし彼は、けろっとした表情で笑ったのだ。


「そっか、僕まだ東京について知らないんだ。教えてよ!」


 嬉しそうに笑った少年に、閃石亜愛は調子が狂わされるような感覚だった。

 その日の夜、いつものように彼女は職員から虐待を受けた。髪の毛を毟るように掴まれ、無理矢理風呂場へ連れていかれる。ちょうど思春期真っ盛りの彼女にとって、耐えがたい屈辱だった。

 しかし、その日はいつもと違った。


「おい! 女の子を傷つけたらダメなんだぞ!」


 入居したばかりの少年が、職員の前に立ちはだかったのだ。


「あぁん? なんだてめぇ?」


「てめぇじゃない。僕には佐藤優介という立派な名前があるんだ」


 優介と名乗った少年はそう言うと、箒を振りかざして職員に襲い掛かった。小学生の力で、大人に勝てるはずなどない。案の定彼は投げ飛ばされ、ついでに蹴りを入れられる。


「田舎者が、大人を馬鹿にしてんじゃねぇぞ」


 しかし、佐藤優介は諦めなかった。


「馬鹿にしてる? はん! だって僕は馬鹿だからな!」


 彼はそう言うと、再び大人を殴りに行ったのだ。もちろん効くはずもない。あっけなく投げ飛ばされる。踏み付けられる。箒を奪われ、体を何度も叩かれる。それでも優介は立ち上がって、大人に歯向かうのだ。


「女の子を傷つけたら、ダメなんだぞ!」


 彼のその姿に、閃石亜愛は胸が高鳴るのを感じた。

 彼女はその気持ちこそ、恋であるとすぐに分かった。


「ありがとう、ありがとう雄介君」


 閃石はそう彼に伝えると、強く拳を握った。狙ったのは男性職員の最も弱いところ。睾丸だ。中学生とは思えない研ぎ澄まされた正拳突きは、見事に男性職員を悶絶させた。

 結果、彼女は別の施設に送られることとなってしまったが、その日心に誓ったのだ。きっといつか佐藤優介と再会し、彼と恋人になると。


 その後、彼女は誰よりも強い東京人を目指した。二度と田舎者として扱われないように。最も権力のある、清く正しく純潔な東京人であることを目指し続けた。結果的に、純東京人の家庭へ養子として引き取られることとなった。そこを足掛かりに、彼女は的確に出世コースを歩んでいく。

 その目的は、きっといつか、田舎者として馬鹿にされ続けた愛しの人を助けるため。安全で健康で幸せな、東京人として生きていくため。



「なんて、きっと覚えていないよね」


 閃石は佐藤優介に爪を突き立てながら、誰にでもなくそう呟いた。

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