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オレンジ色  作者: Aju


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76 復活

 夕方になって雨が上がる頃には、宿舎の窓から見える一帯からオレンジ色は消えた。

 そして、スマホも全て「圏外」になった。

 一緒にいる感染者たち、香鈴の家族も、沙緒里のお父さんも、佑美とお母さんも、泉深さんとお母さんも、皆表情が穏やかになって瞳の中のオレンジ色の光も弱くなった。


「もう、縛ってなくても大丈夫だと思います。」

 市川先生がそう言って、佑美の手を縛っていたタオルを解き始めた。

 美緒も飛びつくようにして佑美の足を縛っているタオルを解く。皆、一斉に自分の家族やそうでない人の縛めも解き始めた。

 美緒は陽南さんの縛めを解きながら、佑美の方を見る。手首が赤くなっていた。

「ごめんね……。」と小さく言う。

 香鈴が声を出さずに泣き出した。


 そんな香鈴の頭に侑さんが手を差し伸べて、軽くぽんぽんする。香鈴が思わず顔を上げて、涙目のままで兄を見た。

 瞳のオレンジ色が弱い。目が、少し優しい。

 戻ってきた? オレンジ色が消えたから……?



 稲生先生から無線機で連絡が入り、「政府」が機能し始めたと伝えてきた。

「いっちゃんのおかげだ。あれがなかったら、こんなに迅速な対応は取れなかった。」


「いや……」

と言ったきり、市川先生は少し黙った。


 それは柏原さんが優秀だったからだ。僕は……、ああいう人たちが苦手だ……。僕はただ、あそこから逃げてきただけかもしれない……。

 そのまま、ボタンを放す。


「柏原さんの全体を動かす力はすごいよ。河原さんもなかなか有能な指揮官だな。叩き上げの強さかねぇ。」

 稲生先生はそんなふうに言う。

「あり合わせのもので戦闘服を対オレンジ仕様にしてしまって出動させたから、感染者との無用な戦闘は避けられたようだよ。」

 稲生先生は、いっちゃん(・・・・・)がそれを気にしていたことを知っているから、最初にそれを話した。


 むしろ厄介だったのは各地にできた過激な『自警団』で、中には銃で武装した者もいたらしい。戦闘になったケースもあったということだった。


「美沙都ちゃんのところには、連絡部隊が車で走っている。無事なら、もうすぐ連絡がつくはずだ。」

 それから稲生先生が「ちょっと代わる。」と言うと、一旦ボタンを放す音が聞こえた。


 再び、ブツっという音がして、無線機から柏原補佐官の声が聞こえた。

「市川先生、お疲れ様です。総理補佐官の柏原です。連日で申し訳ないんですが、明日の朝8時から、総理への報告と次の方針を決めるための対策会議を官邸で開きます。できれば市川先生にも出席していただきたいのですが。そちらの生徒さんたちには護衛を付けますから——。」


 柔らかいがNoと言わせぬ雰囲気の柏原補佐官の言葉に、市川先生はただ素直にこう返事することしかできなかった。

「あ……、はい。……分かりました。」


 一方で総理補佐官という人物の先生へのこの扱いに、そこにいた全員が一斉に目を丸くした。

「先生、すごい……。」

 沙緒里がつぶやき、美緒が目を輝かせる。

 が、市川先生は冴えない顔だ。

「ぼ……私は……、苦手です……。」


 もともと職員室でさえ苦手な人なのだ。

 だが、行かないわけにはいくまい。国の危機に力を貸してほしいと言われているのだ。今、国のシステムを守ることは、そのままこの子たちを守ることに直結している。

 ……はずだ。



 政府が復活した。

 人員が半減したにもかかわらず、打つべき手を迅速に打ち、機動的に動いてゆく。


「柏原補佐官が非常に有能だし、総理の決断も早い。」

 会議室で会議の開催を待つ間、稲生が市川に耳打ちした。菱田総理といえば、この事態が起こる前は何かにつけ決断力がないとかリーダーシップが弱いとか言われていた総理だったが、この数日の総理官邸の動きは目を見張るものがあった。


「どうして前は、そんなこと言われてたんだろう? 能ある鷹は緊急事態になるまで爪を隠してたのかな?」

 そんな市川のつぶやきを聞いて、稲生がくすりと笑う。そしてもっと声を落として、市川の耳元に口を近づけた。

「みんな感染して、余計な船頭がいなくなったんだよ。」


 それでも課題は山積みだ。

 まず、国民の何割が感染し、どの程度の社会的機能が無事なのか? 感染者に対するケアができているコミュニティはどの程度あるのか? その情報を早急に集める必要がある。

 テレビもネットも、あらゆるデジタル通信が使えなくなってしまった今、国民に情報を届ける手段をどう確保するのか? もたつけば、混乱は収拾がつけられなくなるだろう。

 そして、他国はどうなっているのか? コミュニケーションの手段がないということは、防衛上、最も危険な状態でもある。


 菱田総理と感染を免れた閣僚4人が、それぞれ補佐官1名を伴って入室してきた。総理補佐官は柏原陽真里だった。皆さすがにやつれた顔をしている。

 無理もない。たった5人で12の省庁を動かさなければならないのだ。しかも各省庁の官僚は2割も残っていないのだ。

 圧倒的にマンパワーが足りない中で、切迫した課題だけが山積している。

 やるべき事に的確な優先順位をつけなければ、とうてい動かせるものではない。


 口火を切ったのは総理自身だった。

「それぞれが大変な中でお集まりいただき、ありがとうございます。」

 挨拶もそこそこに、菱田総理はこの会議の目的を話した。

「本会議の目的は、お配りしたペーパーにあります各課題に優先順位をつけること。そして重要な事項について見落としがないか、皆さんの目で確認していただくことです。ご存じのとおり、現在我が国は極めて困難な状況の中にあります。国家の責務として、国民を守るための行動には前例のない迅速性が求められています。」


 配られたA4で1枚のペラには、現時点での課題が簡潔に箇条書きされていた。この明快さは、おそらく柏原さんの仕事だろう。

「目的は、1人でも多くの国民を守ること。その目的に向かって、立場を超えて忌憚のないご意見を伺いたく存じます。」


 各省庁からは次官級が1人ずつ出席しているようだった。市川や稲生のような専門家は全部で8名だ。

 前の対策会議では20人くらいいたはずだが、彼らはどうしたんだろう? あの発生爆発で感染したのだろうか?

 それとも、今回はこの8名だけに絞ったのだろうか?


 そこに、自分が選ばれたのか? と、市川は少し怯えるようにして思った。

 注目を浴びることには慣れていない。



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