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オレンジ色  作者: Aju


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71/79

71 戦う相手

 大人たちが全員立ち上がって、感染者たちの前に立ちはだかった。


「ガムテープ! ガムテープないか? 手足を縛れるやつ!」

 大樹が泉深さんを引き戻しながら叫ぶ。さすがに大樹は力が強い。


 しかし……。誰もガムテープなんて持ってきていない。持ってきたのは食糧や着替えばかりで、そんなもの必要になるとは思わなかったのだ。当然だろう。


「とにかく、みんなで取り押さえよう!」

 亜澄海が叫んで陽子さんに飛びかかった。大人たちが一斉に窓と感染者の間で取り押さえようと身構える。

 水は近くにないな?

 が、大人は6人、感染者は7人。泉深を大樹と美緒が押さえていることで、かろうじて1対1の状況になっているような有り様だ。

 中学生4人が、そこに戦力として参戦した。1年生の玲音も。


 亜澄海はなんなく陽子さんを床に倒してとり押さえたが、拘束するものがない。

 あたりを見回してから、片手で陽子さんの腕を押さえたまま、自分のパンツのベルトを抜いた。それで陽子さんの手首を後ろ手に縛り上げる。もちろん抵抗はあるが、感染者の動きはゆっくりなのでこの作業は素人でも難しくはない。

 それから亜澄海はボタンを引きちぎって自分のブラウスを脱ぎ、それで陽子さんの足も縛った。上半身がブラジャーだけになったが、そんなことは全く気にしていない。


 美緒が母親のその姿を見て「え?」と思った瞬間、泉深に手首をつかまれ、何が起こったか分からないままに天井と床がひっくり返った。

 泉深の空手の技で、転がされてしまったのである。

 ひょっとしたら、大樹も亜澄海の下着姿に一瞬気が散って力が緩み、泉深に「技」を仕掛ける隙を許したのかもしれない。

 感染はしていても、泉深は空手有段者なのだ。


 しかし、そこに誠が参戦した。

 誠は泉深の腕を取ると、関節技を仕掛けて泉深を床に転がした。今度は泉深が天井を見ることになった。

 その隙に、大樹が亜澄海に倣って自分のズボンのベルトを抜き、泉深の足を縛り上げる。


 誠は泉深の両手首を押さえつけるだけで手一杯だ。女性といっても、高校生で空手黒帯の泉深は力も強い。感染しているとはいえ、全身の筋肉の使い方にも無駄がない。

「僕の! ベルトを使って!」

「お、おう!」

 大樹が誠のズボンのベルトを抜き取って、誠が懸命に押さえている泉深の手首を縛り上げた。


「ぐ、ヌぅ!」

 泉深はもがくが、さすがに縛られた手足を自力で解くほどの器用な動きはできない。


 美緒が起き上がってあたりを見回した時には、葉子(はっこ)のお父さんと秋彦のお父さんが、ソファに押し倒した香鈴のお父さんの手足をズボンのベルトで縛っているところだった。

 陽南さんも佑美も手足を縛られて床に横になっている。


 よく見れば佑美の手はブラジャーで縛られている。美緒は一瞬、とんでもない想像をして思わず母親の亜澄海の方を見た。

 が、亜澄海(おかあさん)はちゃんとブラジャーをしていた。佑美の手は、誰かの荷物から取り出したそれで縛ったのだろう。たしかに「紐」として使うには使いやすそうな形だ。

 美緒はホッとすると同時に自分の想像が少し可笑しくなって、こんな時なのに笑いそうになりながら一人で顔を赤くした。


 香鈴と沙緒里と、その母親の佳代の3人が、香鈴の母親の未来那(みきな)と窓の間に陣取って未来那を捕まえようとしている。

 沙緒里の父親の吉朗さんは、香鈴のお兄さんの(たすく)さんの両腕を持って揉み合っていた。侑さんは意外に力が強いようだ。


 誠がそんな侑さんの背後に回ってズボンのベルトを抜き、足に巻き付けてぎゅっと絞るとたすくさんはバランスを崩して、どっと倒れ込んだ。吉朗さんが両腕をつかんでいるので、頭を強打するようなことはない。


 吉朗さんはそのまま覆い被さって、侑さんの腕を捻じ上げた。

「よし。」

 自分のズボンのベルトを抜いて、侑さんの手首を縛ろうとする。


 その時、沙緒里たちと向き合っていた未来那(みきな)さんが突然向きを変えた。

 キッチンに歩み寄り、水栓のレバーハンドルを上げる。


 ぶしゃあ! と勢いよく水が噴き出し、そこにオレンジ色が湧いた。

 未来那さんが、その吐水口に手を当てて飛沫(しぶき)をあたりに散らす。オレンジ色が飛び散った。


 誠は跳び下がって間一髪でかわしたが、侑さんに覆い被さっていた吉朗さんはモロに飛沫(しぶき)を浴びてしまった。

 吉朗さんの動きが止まる。


「お父さん!」

 沙緒里が悲鳴を上げた。


 吉朗さんの瞳がオレンジ色に光り出す。


 未来那さんが吐水口に手をかざしたままなので、オレンジ色の飛沫(しぶき)があたりに飛び散り続けている。誰も近づけない。


 玲音が玄関に向かって駆け出した。

 途中、キャビネットの上にあったスタンドをつかむ。コードが引っ張られ、プラグがコンセントから抜けて差し込みの金具がひん曲がった。

 玲音は玄関を飛び出すと、その脇にある鉄の扉の鍵のあたりをスタンドの台座で力いっぱい叩く。門前の小僧である玲音は、それがパイプシャフトであることを知っているのだ。


 スタンドの台座は鋳物製で、ハンマーで殴るような効果があった。

 ガン! ガン! ガン! と3回ほど叩くと掛け金が壊れたらしく、ひん曲がった扉がゆらあ〜、とこちらに開いてきた。

 玲音はそれを乱暴に引っ張って開き、中にあるバルブを閉める。


「止まったぁ!?」

 玄関の中に向かって叫ぶと、「止まった!」という誰かの声が聞こえた。


 キッチンの水は止まったが、濡れた床にはオレンジ色がひしめくようにして弾け回っている。すぐには近づけない。

 亜澄海が荷物の中から手当たり次第にタオルや衣類を取り出して、その床に向かって投げ始めた。

 意味を理解した大人たちが、同じようにして衣類やタオルを投げて床の水を吸収させる。水面がなくなれば、オレンジ色は消える。

 あとは3人を取り押さえるだけだ。


 誠と大樹が間髪を容れず突進した。


 誠は(たすく)さんのTシャツを裾から一気に引き上げた。両手がバンザイの形になった侑さんは、そのまま腕を動かせなくなる。誠はそのTシャツの裾を茶巾絞りみたいに結んでしまった。

 それを見ていた大樹も同じようにして吉朗さんのシャツの裾を引き上げ、吉朗さんの両腕を利かなくしてしまった。

 その間に、落ちていた吉朗さんのベルトで誠が手際よく足の方を縛る。


 大人の男性でも感染者の動きなら、こんなやり方で子どもでも拘束できるんだな……と亜澄海は妙なところに感心している。こういう技術も、空手で習うんだろうか。


 未来那さんを取り押さえるのは、残りの大人たちで簡単にできた。



 騒ぎが一段落すると、皆が無言になった。

 その静けさの中で、雨の音とまだ鳴り続ける雷鳴の音だけがひときわ大きく部屋に響く。


 誰かが泣く声が聞こえた。



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