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オレンジ色  作者: Aju


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61/79

61 請われて

 6日目の朝が明けた。快晴とは言えない。西の空に雲が多い。

 また、雨が降るのか?


 玲音に元気がない。いや、全員に少し疲れが出てきているような感じがある。

「玲音、大丈夫?」

「大丈夫。ちょっと疲れただけ。」

 母親の悠が問いかけるが、玲音はそう答えるだけだ。本当に、自分の胸だけに留めておくつもりらしい。

 亜澄海も大樹も、そんな玲音の意志を尊重して何も言わないことにした。下手に言ったら、あの家族の絆をむしろ壊してしまうかもしれない。

 悠さんは少し精神的に脆そうなところがある。玲音の判断は正しいのかもしれない。


 そういう亜澄海や大樹も、かなりまいっている。


 あいつは・・・、と亜澄海はふいに思った。

 あいつ——別れた夫のことだ——は、今ごろどこでどうしているだろう。

 何の連絡も寄越さないところを見ると、初日に感染してしまったのかもしれない。あるいは、わたしや美緒のことなどもうどうでもいいのかもしれない。どっちだってもう、この先「養育費」が振り込まれることはあるまい。

 もっとも、こんな状況で「金」が何かの役に立つのかどうかも分からないが・・・。

 わたしは何を考えてるんだ? ・・・・疲れてるな・・・。


 美緒は、そんなみんなに気を遣いながら、中心になって朝食の準備をした。泉深さんほど手際よくはやれないけれど——。


 市川先生は3台目と4台目の通信機の組み立てに取り掛かっていた。

「ホームセンターに行かないと・・・。資材が足りません。」

 松村さんや竹田くんとも連絡が取れるようにしたいし、古津店長のところにも持っていきたい。できれば巫女内くんや木田くんのお父さんのところにも。


 朝食を終えて市川先生が車のキーを持って玄関に向かおうとしていた時、外に車のエンジン音が聞こえた。どうやら、この家の前に停まったようだ。

 しばらくしてインターホンが鳴った。

「はい?」

 市川先生が親機のモニター画面を見て「あっ!」と声を出した。

「稲生です。市川先生はいらっしゃいますか?」

「イノちゃん!」

「いっちゃんか? 無事だったか!」


 市川先生がすっ飛ぶようにして玄関に行き、ドアを勢いよく開けた。

 ドアの外には、背は低いががっしりした体格の中年の男性が立っていた。髪は短髪で年の割に白髪が多く混じり、額は広くて眼鏡めがねをかけている。眼鏡の奥の目は知的な感じで、きらきらとよく動いた。

 地味な色だが生地のいいジャケットにスラックス姿で、スラックスの裾は長靴の中に無造作に突っ込んである。

 後ろに、護衛するように2人の若い自衛官が立っている。1人はあの神農原隊員だった。先生を見て、にこっと口の端を上げる。

 稲生先生はどうやら、自衛隊のジープでここまで来たらしかった。


「急に連絡がつかなくなったから、感染したのかと思ったよ。イノちゃん。」

「悪かった。防衛省の上の方に呼ばれて、省内のサーバーを診てたんだ。その間、外部との一切の連絡が禁止でね。・・・で、いっちゃんが総理と面会したことをあの発生爆発の後で知って・・・。」

「中に入らないか? あ、君たちも・・・。」

 後ろの2人の自衛隊員にも声をかける。


「いや、いい。すぐ戻らないと。10時から政府の会議なんだ。」

「政府は無事なんだね?」

「ああ。それで、いっちゃんにも対策会議のメンバーに入ってもらいたくて、許可をもらって連絡を取ろうとしたら、今度は『電源が入っていないか圏外』になってるじゃないか。」

「ああ、それね。ここら一帯の基地局を壊して回ったんだよ。まあ、電源をちょん切っただけだけどね。」

 市川先生が面白そうに言う。

「なるほど。それも一手か。——オレはまた、あの発生爆発で感染しちまったのかと心配したよ。無事でよかった。」


 稲生渉が持ってきた話は、政府が立ち上げる「対策会議」のメンバーとして参加してほしいというものだった。

「い・・・いや・・・、僕は、ただの中学の教員だし・・・。イノちゃんみたいに、何かの専門の教授というわけでもないし・・・。」

 市川先生は怯んで少し後退った。

「だからだよ。専門家ってのは往々にして、専門の穴の中に入っちゃって全体像が見えなくなるものなんだ。いっちゃんは昔から、物事を全体の中で関係づけて見る天才だったもの。『総合科学者』って言えばいいのかな。官僚機構も行政機構も壊滅状態になってる今、必要なのはそういう力なんだ。」


 後ろで聞いていた美緒は、『総合科学者』という言葉に我が意を得た思いがした。

 そうだよ。それこそ、市川先生に相応しい呼び名じゃないか?


「で・・・でも・・・。ここは子どもたちの連絡ステーションになってるし・・・。そのために今、アナログ通信機も作っているんだし・・・。」

「アナログ通信機? そうか! その手があったか! なんで、誰も気がつかないんだ? やっぱり、いっちゃんに来てもらわないと・・・。」

「で・・・でも・・・。」

 市川先生は佑美ちゃん母子おやこと泉深さん母子おやこの方をちらちら見る。

「生徒さんが心配なら、通いで構わない。帰りは少し遅くなるかもしれないが、護衛を兼ねた送迎の車を寄越すように事務方に言うから。」

「そ・・・そんなふうに、ちゃんと機能してるの? 政府は・・・。」

 市川先生が驚いた顔をした。あの発生爆発以来、全く連絡がつかなくなっていたのに——。


「一部だけだ。霞ヶ関の官僚の8割がたは感染してしまったし、行政機構は全く機能していない。あの大発生でパニックにはなったが、昨日中に官邸を中心とした緊急対策本部は一応立ち上がったよ。」

 稲生教授は、まっすぐに市川先生の目を見た。

「あのブログは対策本部の全員が読んでる。発生からわずか4日で、荒っぽいとはいえ、あれだけの仮説を立て、しかもその仮説を否定するような現象が何一つ見つからない。それどころか、市川仮設が予想した通りのことが政府周辺でも起きているんだ。」


「ぜひ来てほしい。いっちゃんの力が必要なんだ。・・・ていうか、もう総理補佐官の意向でメンバーとして登録してある。」

 稲生教授はちょっと悪戯っぽく笑った。

「拉致しないとダメか?」


「あ・・・アナログ通信機を・・・みんなの分、作らないと・・・」

 市原先生はまだ辞退する言い訳を探している。

「そんなもん、自衛隊の技官に作らせればいい。実際、政府にも必要だろうし。今なんて、自衛隊のバグだらけのサーバーをどうやって復活させればいいかで、大騒ぎしてるんだぜ? 誰もアナログ通信機なんて発想すらしてないんだよ。」

 稲生教授が自嘲的に笑う。

「どうやら水面に現れるあれの本体は、サーバーの中にあるようなんだ。データも見せるから、いっちゃんの意見を聞かせてほしいんだ。」


 市川先生が、困惑した表情で部屋の中を振り返った。そんな華々しい場所に、この中学教員は出たことがないのだ。

 ちゃんとしゃべれるかどうかだって自信がない。


「行ってきたら? 先生!」

 美緒が力強い声で、背中を押した。



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