30 成長
「そうだよ。水を止めればいいんだ。木田の親父さんがやったみたいに。」
帰ってきた市川先生たちの話を聞いて、大樹が言った。
「どんな建物にも、元栓ってやつが外にあるんだから。水を止めれば、そのデイサービスにだって中に入れるだろ。」
「明日の朝、明るくなったらもう一度動いてみよう。」
亜澄海が言うと玲音がすぐに返した。
「うん。僕ももう一度お父さんの会社に行ってみたい。中にいるかもしれないんだから、食べ物を持って・・・。」
「オレも乗せてってくれ。」
と言ったのは大樹だ。
金森姉弟の両親の勤め先には、今日は入ることすらできなかったのだ。
「また私の車で行った方がいいでしょうかね? 乗れる人数が・・・」
「市川先生は、明日はここにいてください。今日分かったことを小学校や杉村さんたちにも説明してほしいし、稲生先生や久留原先生からも何か連絡が入るかもしれません。車運転してたら、すぐに出られないでしょ?」
玲音の母親の悠にとって、そんな活発な意見が交わされている市川先生の家は、まるでこの事態に対する対策本部のようにも見えた。
人が集まって情報を交換しあっているということが、これほど心強いものだとは——。
悠は玲奈を抱きかかえて床に座っているが、同じように中学生の娘を抱えてソファに座っている母親らしき女性がいる。その女性の目はオレンジ色をしていた。娘が時々、心配そうにその母親の顔を見ている。
ここに集まった人たちは、本当に、感染した人たちもそうでない人たちも、まとめて救おうとして戦っているんだ。
そんなふうに思ったら、悠は自分の子どものことだけを考えて取り乱していた自分が急に恥ずかしくなった。
「ごめんね・・・」
小さく玲音に言う。
「何が?」
悠のこの言葉にはいろんな意味があったのだけれど、息子のストレートな疑問符に1つだけの意味を乗せて答えた。
「さっき、引っぱたいちゃったこと・・・。」
玲音は少し頬を赤らめた。
「いいよ。愛情表現だと思ってるから。」
そんなふうに言う息子の表情を見ながら、悠は何か、時間の次元が1つ変わったような思いを持った。
この2日で、この子は驚くほど「大人」になってる・・・。
「わたし・・・。ちょっとホームに行ってきます。水を止めに・・・。」
悠がそう言って立ち上がった。
「これから?」
「もう真っ暗ですよ。明日にしたら・・・」
「あそこにいるのは高齢者ばかりなんです。2日も何も食べないでいたなら・・・」
悠は、介護すべき高齢者を見捨てて逃げてきたと思って自分を責め始めている。
朝まで待ったら、取り返しのつかないことになる人がいるかもしれない。今だったら・・・救える命があるかもしれないではないか・・・。
幸い自分の車でここに来ているので、誰も煩わせることはない。
「自分がついて行きます。」
木田誠が立ち上がった。
「自分は空手の心得がありますから。それに、平田のおばさんよりは、あれに対する対処に詳しいと思います。」
「いや、木田先輩だけに任せるわけには・・・。玲奈、1人で待ってられるよな?」
玲奈は玲音の言葉に「ん」と小さく声を出してうなずいた。
悠は目を見張る思いでいる。
中学生って、皆こんなに頼もしくなるものなの——?




