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オレンジ色  作者: Aju


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19 家族への思い

 さほど走らないうちに、ずぶ濡れで歩いている香鈴を見つけた。

 香鈴は亜澄海たちの顔を見ると、大きく顔を歪めて涙をあふれさせた。大樹が後部座席のドアを開けて降りる。

「代わりに乗れ。オレは歩いて行くから。」

 座席まで荷物でいっぱいなのだ。


「わ・・・わた・・・し、濡れてる・・・から・・・」

 香鈴が泣きながらも遠慮したが、亜澄海が強く促した。

「かまわない。乗って。金森クン、悪いね。」

「気にすんな。昨日から車に乗ってばっかで、運動不足だ。」

 香鈴を車に押し込むと、ポケットからしわくちゃのポケットティッシュを取り出して香鈴に押し付けてドアを閉めた。

「オレは近道して行くぜ。」

 にかっと笑うと、ひょいとブロック塀に飛び上がり、そのまま、たったったっと走って隣の家の庇に飛び移った。主屋の屋根の端を掴んだと思ったら、ふわりと体が宙に浮いて、そのまま屋根の向こうに消えた。

 車の中で3人が呆気にとられて、それを見ている。


「よし。あいつは大丈夫だろう。先生のところに戻るぞ。スマホ検索はやるなよ。香鈴ちゃん濡れてるからな。念のためだが——。」

 亜澄海も車を発進させる。

 帰る道で、3台くらいの車が車庫から出かかったまま事故っていた。オレンジ色の目をした運転手が、ただじっと運転席に座っている車もあった。

 あれは・・・、「通勤」しようとしたんだろうか?



 亜澄海の車が市川先生の家の駐車場に着き、3人がドアを開けた時、後ろで大樹の声がした。

「速いだろ。」

 前の道路を大樹がぽんぽんと跳ねるように走ってくる。

「すごいな。あのやり方で、車とタメ張れるのか。」

 亜澄海が素直に感心してやると、大樹は

「ほぼ一直線で来てるからな。」

とひどく無邪気な顔で嬉しそうに笑った。



「娘のおふるだけど・・・。」

と言って市川先生が出してくれた服に着替えて、ようやく落ち着くと、香鈴は何が起こったのかを話してくれた。


 最初は夜通し歩いてきた両親が、顔を洗おうとして洗面所で感染したのだという。その後、コップの水をかけられたお兄さんが感染し、3人で香鈴を感染させようとコップを持って水をかけてきたということだった。

 すでにそういう状況についての詳しい情報を持っている香鈴は、コップの水のオレンジ色はかわして玄関を出たのだが、佑美の母親のことも見てしまっているから家族を残して逃げるという選択をしきれないまま外で立ちすくんでいた。

 そこへお兄さんが出てきて、ホースで香鈴に水をかけ始めたのだそうだ。

 そこまで話して香鈴は泣いてしまった。


 香鈴にかかった水にオレンジ色が発生しなかったのは、幸いだったと言うべきなのだろうが・・・。

 家族が一瞬にして目の前で『敵』になってしまった、というのは、どんなに辛いだろうか。いや、そもそもにわかに受け入れられるものではないに違いない。

 香鈴には帰る場所がなくなってしまったのだ。


 なんだか美緒はいたたまれなくなってしまった。この中で、家族と一緒にいるのは美緒だけなのだ。


「いちど家の様子見に行きたい人いる? 車出すよ。」

 亜澄海が美緒のそんな気持ちを察したのか、数少ない大人としての役割を買って出ようとした。

 少しの沈黙の後、玲音がおずおずと手を挙げる。

「お願いします。妹の着替えも取ってきたいし・・・。」

「他には? いっぺんには無理だけど順番に動くから。木田クンと巫女内クンは?」

 亜澄海が問いかけると木田誠きだまことが「お願いします・・・」と言い、それを見て巫女内亮太みこうちりょうたも片手を挙げてぺこりと首だけを前に出した。


「金森クンは?」

「さっきの見たろ? オレはその気になれば自分で行けるからいい。」

「じゃあ、わたしの生理用品と下着の替えも持ってきて。」

「な・・・?」

 大樹の耳がみるみる赤くなった。

「ど・・・どこにあンだよ、それ?」

 それを見て亜澄海が表情だけで笑った。

泉深いずみさん、よかったら家に寄るから、大樹クンと入れ替わってついてきてくれる? みんなのボディーガードとして。」


 出かけようとする亜澄海たちに、市川先生が声をかけた。

「気をつけてください。コップを持って中に潜んでいるかもしれないし、ホースで水を撒かれるのはかなり危険だと思いますから。どの程度の電波の強さで出るのかが、よく分かっていませんから・・・。」



 亜澄海たちがコンビニでの『戦利品』を下ろして、平田玲音・玲奈兄妹の家に向かった後、部屋の中は少し沈黙が続いた。

 何か話した方がいい——とは思うのだが、家族のそろっている美緒には口火を切るべき言葉が見つからない。

 佑美の母親の陽南は、ずっと佑美を片腕で抱えたままだ。


「峰平ンとこ、すぐ隣の3階建ての屋上に基地局が立ってた。」

 大樹がぽつりと言った。

「昨日の朝、あれが現れた通学路にも近くに基地局の電波塔が立ってたんだろ、先生?」

 市川先生が、こくり、と無言でうなずいた。

「これからはああいうモノも気をつけて見た方がいいと思う。」

 大樹のその言葉に、香鈴が顔を歪めてうつむいた。自分がそれに気づかなかったせいで家族が感染した、と思ったんだろう。

「ふ・・・普通は誰も気づかないよ。そんなの・・・!」

 美緒が慌ててフォローしようとする。


 大樹もそこで初めて、自分の迂闊な言葉が香鈴の心の傷を抉ったかもしれないことに気がついて慌てた。

「お・・・オレは、街で遊んでるから! ああいうモノにもすぐ目が行くけど、普通の人はまず気にしてないもんなんだよ。電柱とか、電波塔とか、電線とか・・・。」

 そう言われても、香鈴はうつむいたままだった。どんな表情をしているのか、よく見えない。


「金森クンの言うとおりです。」

 市川先生が、ゆっくりと授業でもするみたいに話し出した。

「普通はそういうモノは、誰も意識していないものなんです。その筋の職業にでも就いてない限りね。スマホの画面を見て、電波が弱いとか圏外とか言ってても、電波塔がどこに有るかなんて気にしてる人はいない。人間の意識は、そういうふうにできてるんです。生物として素早い判断をするために、注意を向けるものを普段直接関わるものにしぼるようになってるんですね。気がつかなくて当然なんです。

金森クンはパルクールやってるっていうじゃないですか。だから、電柱や電線、電波塔や消火栓なんかは、障害物や手掛かりとして普通の人とは違う注意が向くんでしょう。違いますか?」

 大樹は、教室の中にいるだけのようなこの理科の教諭が、意外にも自分の趣味のことを知っていたことに少し驚いた。

 しかもその指摘は的を射ている。


「みんなそれぞれに違う意識を持って風景を眺めているはずですから、これからはできるだけそれを共有するようにしていきましょう。」

 それから市川先生は、たぶんいちばん言いたかったであろう言葉を紡いだ。

「人間という種は、そんなふうにして厳しい自然の中を生き延びてきたんですよ。」


 そんな市川先生の説明を聞いて、香鈴が少しだけ顔を上げて大樹を見た。その目に非難の色がないのを見て、大樹はほっとした顔をしたのだった。



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