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オレンジ色  作者: Aju


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15 感染者は何を見ている

「お母さんの・・・様子も、見てもらっていいですか・・・?」

 佑美ゆみが遠慮がちに小さな声を出した。

「そうだね。明日朝、見に行ってみよう。」

 亜澄海がそう答えると、佑美は落胆した目を見せてうつむいた。

 心配で心配で、仕方がないんだろう。と、美緒は思う。


「お母さん。ちょっとだけ、見に行くのは? 今。家にいるのか、どうしているのか。中まで入んなくていいから——。」

 美緒のすがるような問いかけに亜澄海はちょっと考えてから、口の端だけでにこっとした。

「そうだね。佑美ちゃん、心配だよね——。様子だけでも見に行こうか。美緒もついてきて。よければ金森さんも——。」

「おう。」

大樹ひろきが立ち上がる。

 え? また一緒? と美緒は思ったが、意外にもさほど嫌がっていない自分に自分で少し驚いている。

「キミじゃなくて、お姉さんの方。空手やってるんでしょ?」

「わたし?」

「一応、念のために——。危ないことするつもりはないけど、護衛代わりに。」

と亜澄海は笑ってみせる。

 金森泉深(いずみ)も笑顔を見せて立ち上がった。

「そうですね。空手には関節技やさばきの技もたくさんありますからね。ぶん殴るだけしか能のないヤツより役に立ちますよ。」

 そう言って大樹の方に顔を向け、小さく舌を出してあっかんべーをして見せた。大樹も舌を出して顔を歪めて見せる。

 仲のいい姉弟だ。



 佑美の家は真っ暗だった。車庫に車はある。

「いるのかな・・・?」

 泉深がつぶやいた。


 周辺の家々にも灯りが点いているところが少ない。道路に人通りはなく、自動点灯する街路灯だけが寒々とした白い光をアスファルトに落としていた。まだ9時半だというのに、真夜中みたいだ。

 道路は今日1日の日差しで乾いていて、水たまりなどはなかった。


 車を道路に停めて、4人は怖々(こわごわ)と外に出た。

「外からだけ、見てみようか。」

 亜澄海が言って、4人は門に近づく。


 そして、ぎょっとした。

 玄関ドアの前に、2つのオレンジ色の点がある!


 目が慣れてくると、その周りに黒々とした人影が見えてきた。その人影が声を発した。

「ゆみチゃん? おかエり・・・。遅かっタノね。」

 声に抑揚がない。


 一瞬、佑美を除く3人が身構えた。・・・が、人影はペットボトルなどは持っていないようだ。

「いマまで、どコにイたの?」

「お・・・お母さん・・・。」

 佑美がふらふらと玄関の方に歩き出した。

「佑美ちゃん!」

「ダメ! 行っちゃ!」


 だが、佑美はそれが聞こえないみたいにそのまま玄関に近づいてゆく。

 亜澄海が佑美の方に小走りで走り出し、一瞬遅れて泉深も続いた。・・・が、間に合わず、佑美はオレンジ色の目をした母親の前に立った。

 次の瞬間、亜澄海と泉深の動きが止まった。

「オかえり。」

 目をオレンジ色に光らせたまま、母親が祐美を両手で包み込んだのだ。

 これは・・・! 引き離すべきなのか?


「おが・・・おがあさぁん・・・!」

 佑美が泣き出す声が聞こえた。

「ゆミチゃん、どこニいタの? 心配シたよ。」

 言っていることはマトモだ。言葉の内容も——。が、声に心が乗っていない。しかも、まるで他の3人は見えてすらいないような・・・。


 しかし・・・・。

 ひょっとして彼女は・・・、佑美の母親は・・・。あれからずっと、こうして祐美を待っていたのか? ただ、玄関の前に佇んで・・・・?


「佑美ちゃ・・・」

 美緒が声をかけようとしたところで、わずかに早く亜澄海が母親の方に話しかけた。

「先生のところにいたんです。みんなもいますから、お母さんも来ませんか?」


 え? 連れていくの?


 しかし、母親は祐美以外には全く関心を示さなかった。

「中にハイろ。もう、遅イよ。」

 母親が、促すように佑美の背中に片手を回してドアの方に向きを変えた。佑美が不安げにこちらをふり返った。

 誠が言ったように、感染者には何がどんなふうに見えているのだろう?

「佑美ちゃん、お母さんを先生のところに連れて行こう。その方が安心できるでしょ? お母さんに言ってみて。」

 亜澄海が佑美に言葉をかけた。母親の方は、まるで聞こえていないふうだ。そうか。佑美ちゃんしか見えてないのか——。


「お母さん・・・。わたし、先生のところにみんなといたの。お母さんも来て?」

 佑美が話しかけると、今度は母親は反応を示した。

 佑美が恐る恐る手を引くと、母親はそれに従って歩き始めた。

「いいぞ、佑美ちゃん。」

 亜澄海が後ろ向きに歩きながら、慎重に佑美を誘導する。そうしながら、亜澄海は小さく舌打ちした。

「くそ。4人乗せてくるんじゃなかった・・・。」


「大丈夫。わたしと佑美ちゃんが、お母さんを挟むようにして後ろに乗ります。何かあっても、わたしなら傷つけずに取り押さえられる。」

 泉深が自信たっぷりにそう言った。



 しかし泉深の心配は杞憂に終わった。

 佑美の母親の陽南ひなは車の中でもずっと大人しく、ただ黙って佑美の肩を抱き寄せているだけだった。

 特に何か異常な行動をとるでもなく、話すでもなく、そうしたままじっと座っているだけだ。

 時々、佑美が心配そうに母親の顔を見るのだが、母親は無表情でじっと前を見たまま話もしなければ動きもしない。


 市川先生の家の駐車場に着いても、陽南は座ったまま自分から降りようとはしなかった。

「お母さん——。」

 佑美が手を引いて、初めて動き出す。車に乗るときもそうだったが、まるで受動的で、自分から進んで行動を起こすことがないように見えた。

 しかも、佑美以外の誰にも全く関心を示さず、佑美の言うことだけに従っている。佑美以外、全く見えていないかのようであった。

「お母さん。市川先生の家だよ。靴脱いで上がって——。」


 佑美が母親の靴を手伝って脱がせて手を引っ張っている間に、亜澄海が市川先生にコトの顛末を手短に説明した。




2023,10,24 ルビ機能が上手く働いていなかった部分を修正しました。

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