ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!
教室に戻りダー子の机を設置する。
この手の転校生イベントでは普通隣の席になることが多いが、俺の隣には既に別の女子が座っているため理由もなく入れ替わることはない。
幸い(?)俺の席は一番後ろなので、その一つ後ろがダー子の席となった。
「……そういえば、菅沼のヤツは素直にダー子の言葉に従っていたが、何かやったのか?」
他の生徒に聞かれると誤解を受けそうなので、ダー子の耳元で確認をする。
するとダー子も、俺の耳元に口を寄せ囁いてくる。
「やってないよ~。あーし今は完全に人間だから、そういうのは無理~。ただ、魂の格? みたいなのが違うから、普通の人間はあーしの言うことは大体聞いてくれるよ~。あと、少しだけど心も読める~」
「つまり、中身はドラゴンでも体自体は人間だから超常的な力はほぼ使えないというワケか」
「そういうこと~。あ、でも、あーしは龍ちんの所有物扱いだから、龍ちんに対しては言葉の強制力働かないから安心してね~」
所有物……、そういう設定になっているのか。
中々に男心をくすぐるワードであるため、流石の俺も邪な妄想が頭を過る。
しかし、こういった場合何か落とし穴があるというのがお決まりのパターンだ。
俺は心の底から異世界転移or転生を望むほどに現実をクソだと思っているので、楽観的な考え方は滅多にしない。
この世には都合のいい展開などないし、あったとしてもそこには必ず罠が潜んでいるに決まっている。
……そう思っておけば、何からも裏切られることなどないのだ。
「おい、オタケヤマ! なんでお前、転校生とそんな仲良さそうなんだよ!」
ダー子とコソコソ話していると、俺の席の前に座るガラの悪い男――橋本が机をバンバンと叩きながら俺達の関係について尋ねてくる。
ちなみにオタケヤマとは、「オタク」+「畑山」を合わせた俺の蔑称だ。
俺は基本的にこのオタケヤマかキモオタ、陰キャ、中二病野郎のどれかで呼ばれている。
橋本は好んでオタケヤマを使っているが、どちらかと言えば少数派である。
俺はこういった輩と学園生活を送りたくないがためにワザワザ偏差値高めの学校を選んだのだが、残念ながらこの学校には橋本のようなプチ不良やパリピが数多く存在する。
昨今は一見頭は悪そうなのに学力は高いという者が多いようで、俺の目論見は見事に外れてしまった。
もっと上を狙えば話は違ったかもしれないが、俺のいた中学は上を狙うには環境的にも厳しかったし、地頭も決して良くはないためココが限界だったのである。
「……家庭の事情だ」
正直無視したいところだったが、席が近い関係上嫌がらせを受ける可能性があるため仕方なく受け応える。
「んだよ家庭の事情って!」
「家庭の事情は家庭の事情だ。内容を追及するとプライバシーの侵害になるぞ」
「んなの知るかよ! なんでもいいからお前と転校生の関係を説明しろっつってんだよ!」
「…………」
説明しろと言われても、俺だってよくわからないのだから説明しようがない。
ダー子曰く、所有者と所有物の関係らしいが、それを馬鹿正直に言えば厄介なことになるのは目に見えている。
「え~っと、龍ちん、あーしが答えてもいいの?」
「ダメだ。余計なことは言うな」
「は~い」
ダー子は色々ユルそうなので、口止めしておかないと何を言い出すかわからない。
できればいくつか禁止事項を設定しておきたいところだ。
「ということで、俺達は幼馴染だ」
「何がということでだよ! 明らかに嘘じゃねぇか!?」
「嘘ではない。……本当だ」
「嘘下手くそかよ!? 明らかに間があったじゃねぇか!」
違うんだ。本当にこんな幼馴染がいたら性癖が歪みそうだなと思って、つい言葉が詰まっただけなんだ。
「おい転校生、お前はこのオタク野郎のなんなんだよ」
「ん~、幼馴染?」
「こんな野郎の命令なんか従う必要ねぇぞ」
「嘘じゃないよ~? あーしと龍ちんは生まれた時からの仲だしぃ?」
「マジかよ……」
ダー子がこちらの世界に降臨したのを「生まれた」と表現するのであれば、間違ってはいない。
しかし、さらに幼馴染属性とは……
これ以上は属性過多なので、そろそろカウントしたくなくなってきたぞ。
「恵まれてやがるなぁ? えぇおい? 正直、オタケヤマを羨ましいと思ったのは初めてだぜ……」
「ほぅ?」
妬まれるというのは、実に久方ぶりの感覚だ。
中学生の頃は正に暗黒時代だったので、小学生の頃以来だろうか。
俺自身が評価されたワケではないが、存外悪くない気分である。
「か、勘違いするんじゃねぇぞ!? 俺は別に女に苦労はしてねぇからな! ただ、そんな俺から見ても激マブだったから、ちっと驚いたっつーか……」
「ふむ。ダー子、褒められてるようだぞ?」
「えぇ? あーしカワイイ? 龍ちん的にはどう? あーしキレイ?」
そう言いながら顔を近づけてアピールしてくるダー子。
先程ヒソヒソ話をしていたときも思ったが、ダー子の肌はこれだけ近づいていてもシミや出来物など一切見当たらず、きめ細やかで美しい。
実はメイクだったりするのだろうか?
「綺麗だと思うぞ。メイクとかはしてるのか?」
「えへへ~、してないよ~。すっぴん~」
「っっっ!? ノ、ノーメイク……、だと……!?」
ダー子の発言に反応したのは俺でも橋本でもなく、隣の席で聞き耳を立てていた中島 華さんだった。
中島さんはギャルという感じではないが、美容に力を入れている美人系の女子だ。
美白と言っていい彼女の肌もまた美しいのだが、それを超えるレベルの美肌の持ち主がまさかのノーメイクと聞いて衝撃を受けたらしい。
「マヂだよ~? ホラ、触ってみ? シットリとかベタベタとかしてないっしょ?」
ダー子は俺の手を掴んで頬擦りしてくる。
すべすべ~♪ と脳が一瞬幼児化しかけたが、冷静に考えるとこの絵面はマズイのではないだろうか。
相手の体の一部に頬擦りするというのは、見ようによっては完全に愛情表現である。
既に大いに誤解されている可能性は高いが、これは下手をすれば嫉妬混じりの敵意を向けられることもあり得る。
「オ、オタケヤマてめぇ! 何イチャついてやがる」
「誤解だ橋本。これは純粋にノーメイク詐欺をしていないかチェックしてるだけだ」
「それがナチュラルにイチャついてるっつってんだよ! お、お前らまさか、もう既に、その、ヤ、ヤッてるのか!?」
どうやら橋本の中では、俺とダー子は完全に恋人と認識されているようだ。
「誤解だ。俺は童貞だし、ダー子とはそういう関係じゃない」
「っ!? そ、そうだよなぁ! オタケヤマがこんな激マブギャルで童貞卒業とか、ねぇよなぁ!」
わかってくれたのであれば何よりだが、まだ声が若干上ずってるので完全には信じてもらえていないかもしれない。
ここはダメ押ししておくべきだろう。
「その通りだ。俺は女性と手を繋いだことすらない。それどころか会話すらほぼない。そんな俺が非童貞なワケないだろう? 女性経験が豊富な橋本に教えを請いたいくらいだぞ」
手を繋いだことがないというのは嘘だが、幼稚園や小学校時代なのでノーカンとしておく。
「っ!? お、おう、いい心がけじゃねぇか! 仕方ねぇから俺が女の扱い方を教え――」
「龍ちん、龍ちん、やめといたほうがいいよ~? この子、童貞だし」
その瞬間、クラス全体が凍り付く。
「あ、あれ? あーし、なんかマズイこと言っちゃった?」
ああ、ダー子は決して言ってはならないことを言ってしまった。
……みんな、気づいていてもスルーしていたというのに。