トラウマの共有
学校の図書室に、エロい本があるワケない――
多くの者はそう思うだろうが、実際のところはそうでもない。
そもそも文学作品において、エロシーン――所謂濡れ場の描写がされるのは決して珍しいことではなく、むしろポピュラーだと言ってもいいだろう。
誰でも名前くらいは聞いたことがあるであろう文豪の、「三島由紀夫」や「大江健三郎」、「谷崎潤一郎」や「川端康成」なんかはもちろんのこと、他の多くの人気作家が濡れ場を描写しており、それにより性癖を歪められた者はかなり多いと思われる。
そもそも官能小説を代表とする『文章だけで表現するエロ』は、視覚情報に頼らずとも成立するという点で、ある意味普通のエロ本などよりもよほど濃密なエロが描かれていることが多い。
だからこそ小学校の図書室に置く本は極力そういったシーンのない作品を選ぶべきだが、ワンシーンだけだったり、タイトルや表紙からは全く想像できない場合などもあるため、完全に制限することは不可能だ。
……そして、エロに興味津々の男子は、そういった本を探し出す謎の嗅覚を持っていたりする。
「つまり、ゴッちんのエロ探知能力は小学生男子級ということだ」
「んなワケあるか!」
「では運命だな。流石は神だ」
「そ、そうか?」
ああ、さすがはゴッちんだ。チョロ神ゴッちん。
「ヌ……、貴様また何か……んん? なんだ良からぬことかと思ったら、褒めてる?」
「ああ、俺は今、猛烈に感動しているからな。ゴッちん最高と思っている」
「ほ、ほう? ついに我の偉大さを認めたか?」
「ああ。ではゴッちん、早速だがそのサロメを朗読するんだ」
「フン! いいだろ――ってできるかぁ!?」
作家オスカー・ワイルドの代表的な戯曲である『サロメ』は、タイトルにもなっている悪女サロメ嬢の物語だ。
サロメ嬢は現代風に言えばヤンデレ女で、愛する男とキスするためにその男の首を欲し、実際にゲットしてしまうヤヴァイ女である。
時代が違えば、きっとス〇ールデイズのヒロインになれたであろう。
元々はそこまでエロい話ではなかったらしいのだが、時代の流れでエロティシズムを重視する思想が流行った結果エロ女に変わってしまったらしい。
戯曲『サロメ』について、俺なりに若干の脚色を加えて説明してみよう。
まず、サロメ嬢は王様(養父)とエロディアス(人妻)に育てられた正真正銘の王女様だ。
しかし、王様の弟であるエロド(NTR野郎)がエロディアス(人妻)に惚れてしまい、その結果実の兄である王様を殺し兄嫁を寝取ってしまった。
さらにエロドはその名の通りエロ親父で、美しいサロメ嬢のことまでエッロい目で見てくる始末。
一人娘のいるシンママを狙って結婚しようとするクソ野郎よりもタチが悪い。
そんなエロド(NTR野郎)と、あっさり快楽堕ちしたエロディアスは王に相応しくないと、預言者のヨカナーン氏(美形)は批判を開始。
エロド達は正直BAN(処刑)したいけど、なんか預言者とか呪ってきそうで怖いからという理由でとりあえずブロック(牢屋に幽閉)することに。
しかし、ブロックしてもギャーギャーと騒ぐのでクソうるさかった。
そんな中、エロい視線を浴びせられ続けていたサロメ嬢は「ヤバい、このままだとマジで犯される」と危機感を抱き、宮殿の外に脱出。
すると、どこからかギャーギャーとやかましい声が聞こえてくるじゃあありませんか。
その内容が父や母の批判だったため、「コレ使えるんじゃね?」と考えたサロメ嬢は声を頼りに牢屋へと向かう。
しかし、牢屋には流石に見張りの兵士が立っていて通れない。
そこでサロメ嬢は、持ち前の美貌とカラダを使って兵士を籠絡し、ヨカナーンの元へ。
サロメ嬢はヨカナーン氏(美形)を見た瞬間、「ヤバ! メッチャイケメンじゃん!? 抱かれてぇ!」となりあの手この手で誘惑を開始。
ヨカナーン氏(美形)はその時点で「あ、コイツヤベェ女だ」と気付き、サロメ嬢を拒絶。
一方、サロメ嬢にメロメロにされた兵士はそれを見てしまい、「鬱だ死のう……」と自殺してしまう。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図に駆け付けたエロド(NTR親父)とエロディアス(快楽堕ち)はなんとかサロメ嬢を連れ戻そうとするも、サロメ嬢は完全に臨戦態勢に入っており全然言うことを聞いてくれない。
エロ親父はこうなったら餌で釣るしかねぇと考え、「サロメちゃん! なんでもするからオジちゃんのエッチなお願い聞いて!」と懇願。
これに乗ったサロメ嬢はエロ親父の願いを聞き入れ、お望みのエロい踊りを踊ることに。
服を一枚一枚脱いでいくストリップダンス(劇ではそういう演出となっている)を行ったサロメ嬢は、エロ親父に「ヨカナーン様とキスしたいので、ヨカナーン様の首をください」とおねだりする。
流石のエロ親父も「いや、それは流石に……」とドン引きするも、「なんでもするって言ったよね?」と圧をかけられて仕方なくヨカナーン氏を斬首。
そしてサロメ嬢の要望通り、銀の皿の上にヨカナーン氏の生首を乗せてプレゼントすると、サロメ嬢はウットリした表情でヨカナーン氏(生首)にキスをした。
ここでようやくサロメ嬢のヤヴァさに気付いたエロ親父は、「よし、サロメちゃんも処そう」となりサロメ嬢を処刑したのでした。
めでたしめでたし!
……といった感じのハートフルなストーリーなのである。
ゴッちんは少し読んだだけでも顔を真っ赤にしていたが、是非とも全て読んで欲しい。
もちろん音読で。可能ならば感情を込めて朗読で。
「だからやらんと言っているだろう!」
「やはりお子様には厳しいか?」
「舐めるな! 我はこう見えて貴様よりも遥かに年上だぞ!」
まあ、悠久の時を生きるドラゴンであればそれも当然なのだが、精神年齢については人生経験により加齢すると言っても過言ではないため、ゴッちんの人生――もとい龍生経験が成長しているかは正直謎である。
「ぐぬぬ……」
「まあ、そこまで言うなら『サロメ』も借りていこう。ついでにコレもオススメだ」
「む? これは何だ? 図鑑というやつか?」
「『ファーブル昆虫記』だ。昆虫の交尾について学べるぞ」
「交尾言うな!」
「う~ん、話が難しくて全然入っていけないよ~」
「そんなダー子にはこれがオススメだ」
「え~? 小説~?」
本を読むのが苦手なのか、少し嫌そうな顔をするダー子。
しかし、それは予測済みだ。
俺は笑顔で『はだしのゲン』を手渡す。
「いや、漫画だから読みやすいぞ?」
「え~!? 図書室って漫画も置いてあるんだ~!」
「ああ。きっと心に残ると思うぞ」
人によってはトラウマになったりリョナの入り口を開いてしまう可能性もあるが、人間の過去の愚かさを知る上では重要な資料になり得る凄い作品だ。
他にも色々オススメの作品はあったが、ゴッちんが大声で交尾などと言ったせいで俺達は結局追い出されてしまった。
まあ、一応温情で『サロメ』と『ファーブル昆虫記』と『はだしのゲン』は借りられたのでヨシとしよう。




