ゴッちんは文学少女足り得るか?
「どうだゴッちん、ここが図書室だ」
「フン! 馬鹿にするな! そのくらいの知識はある!」
ダー子もゴッちんも、こちらの世界に受肉する際にある程度の一般知識を学習しているらしい。
しかし、それは単純なデータであるらしく、細かいルールや背景などについては学べていないようだ。
「薄い胸を張ってるところ申し訳ないが、図書室では静かにするというルールがある」
「むっ、それはすまなかった――って薄い胸だと!?」
「も~、ゴッちん! 静かに~」
「むむっ、すまない……」
偉そうだったり素直だったり、本当に弄り甲斐があるヤツだ。
これがゴッちんの本体から切り離した邪な部分だというのだから、何とも可愛いものである。
「ぐぬぬぬ……」
ゴッちんはダー子よりも高い精度で俺の心を読めるため、今俺が何を考えていたかも把握しているのだろう。
しかし、図書室では静かにというルールを知ったからには従おうと努力しているのだ。
なんと可愛らしい生き物か。
「ぐにゅにゅにゅ……」
「おい、それ以上可愛くなるな。何事にも限度というものがある」
「っ!? わ、我はそんなつもりでは――」
「殺すつもりがなかったからといって、殺した事実は変わらないだろう?」
「なんだその例えは!? 我は殺してなどおらんだろう!」
「いいや死ぬね。その可愛さは致死量だ。俺でなければ悶死または尊死していた」
「っ!? だ、だから可愛いと言うな!」
「も~、ゴッちん! 静かに~」
「むむっ、すまない……」
このままでは無限ループしそうなので話を切り替えることにする。
「さて、ゴッちんをここに連れてきたのは検証、及び査定のためだ」
「む? なんのだ?」
「ゴッちんが本当に文学少女と認められるか、何パターンか検証し、合否を判定する」
「き、貴様、まさか我を疑っているのか!?」
「無論だ。今のゴッちんは見た目だけなら清楚系美少女だが、中身は所詮チョイ悪ゴッちんだろう? であれば、文学少女足り得ないことも十分考えられる」
ぶっちゃけ、現段階ではメスガキ属性の方が強いと言えるだろう。
見た目は清楚だが中身はメスガキ……、それはそれで素晴らしいのだが、俺の願いは叶えられていないということになる。
「ぐぬ……、だがそれならダー子も同じではないか!」
「確かにダー子は少し特殊ではあるが、バリエーションの一つではあるので何も問題ない」
ギャルというカテゴリーは意外にもバリエーションが豊かだ。
白や黒といった色表現だけではなく、年代やメイクの濃さ、オタク趣味など、フィクションを交えれば確実に10種類以上はあるだろう。
それに比べて文学少女はバリエーションの幅が狭く、何より前提条件として読書が趣味であることが求められる。
果たしてチョイ悪ゴッちんは、読書に耐え得るだろうか?
「貴様……、またしても我のことを愚弄しおって……」
「愚弄などしていないぞ? 俺はただ、現時点で得られた情報だけでは願いが叶ったか確証がないため、確認しようとしているだけだ。ついでに言うと、もし仮にゴッちんに読書は難しいという結果になったとしても強制させる気はない。苦手なことを無理やりやらせても、より嫌いになるだけだからな」
嫌いなものや苦手なものを無理やりやらされるのは凄まじいストレスであり、大抵の場合より一層嫌いになるものだ。
将来的に克服される可能性のあるものも、過去に無理強いされたことでその機会を失うこともある。
無論、技術や能力を伸ばす際には荒療治が必要なこともあるが、趣味や食事などの場合は間違いなく悪手となるだろう。
ここでゴッちんの将来性を奪うようなことはしたくない。
「……我を気遣うようなことを言っているが、何か良からぬことも考えているだろう? 我は騙されんぞ」
「別に騙してなどいない。ゴッちんも、俺に悪意がないことがわかっているから、そんな聞き方になっているんだろ?」
「……」
ゴッちんの顔には図星と書かれているが、仮にも神がそんなわかりやすくて大丈夫かと心配になる。
「言葉通りだが、俺は本当にゴッちんに無理矢理読書をさせ、文学少女を演じさせるつもりはない。ただ当然だが、願いの内容と乖離があるのであればクレームは入れるし詫び石も要求させてもらう。要求を不履行にされたということになるワケだからな」
当然の権利ではあるが、そこに欲がないとは言えないのでゴッちんも僅かに邪念を感じ取ったのだろう。
「それは……ん? おい、詫び石とは何だ?」
「……ふむ。どうやら辞書に載っていないような言葉は学習できていないようだな。まあ簡単に言えば、提供するサービスに不都合や不手際があった際、利用者にお詫びや補填として無償で配られるアイテムのことだ」
「ほうほう――ってちょっと待て! 我は無償で願いを叶えているのだぞ? 実質貴様は損などしていないハズなのに、何故我が詫びねばならんのだ!」
ゴッちんはなるべく静かにする努力をしているのか、コソコソ声で怒鳴っている。
全然静かじゃない小学生の内緒話のようで、なんだか妙な懐かしさを感じてしまった。
「浪費された時間や、与えられたストレスの対価……、まあ色々理由はあるが、基本料金無料のアプリ業界では定着しつつある言葉だ」
まあ実際のところ、大半のユーザーは深く考えずゴネ得だとか当たり前と思っているのではないだろうか。
別に詫び石を要求したところで罰則があるワケではないし、何も不都合が発生していないユーザーであればデメリット無しにタダで詫び石を貰うチャンスなので、とりあえず騒ぐというケースも多々ある。
運営側だって心の底では詫び石など配りたくないだろうが、業界的に配るのが当たり前のような雰囲気になっているため、配らないと最悪サービスが悪いと判断されかねない。
なんとも理不尽な話だが、ユーザー離れを阻止するためには結局詫び石を配らざるを得ないというワケだ。
「理不尽な業界だな……。まあよい、どの道我には関係ない話だ」
「ほぅ、どうやら自信はあるようだな?」
「無論だ。我はしっかりと文学少女について学んでおるからな」
そう言ってゴッちんは無雑作に本を選んで着席し、優雅に読書を始める。
その姿は、紛うことなき文学少女と言えるだろう。
――しかし、
「ぶふぉォォォッ!? な、な、な、なんだこの破廉恥な書物は!?」
ゴッちんは自分で選んだサロメの内容を読み、顔を真っ赤にして椅子から転がり落ちたのだった。




