読心術の防ぎ方
早朝、俺は目覚まし時計に頼ることなく自然と目覚める。
昨晩は充実したオカズのお陰で心地よく眠りにつくことができたためか、気怠さを一切感じない清々しい朝を迎えることができた。
しかし、思考回路が正常に稼働するにつれ、少々残念な気持ちが込み上げてくる。
(これだけの環境やご利益が揃っていても、狙って淫夢を見るのは難しいか……)
俺は枕の下に仕込んだパンティを取り出し、朝日にかざす。
こうして見るとまるで後光でも差しているかのようで神々しさすら感じるのだが、残念ながらご利益はあまりないようだ。
まあ、ダー子は夢幻界で五番目くらいに力があるドラゴンらしいが、ゴッちんとは違い神的存在ではないという話なので、最初からご利益を期待する方が間違っていたのかもしれない。
ただ、それを差し引いても刺激的な代物であることは間違いないため、一男子高校生としては期待せざるを得なかった。
ついでに言えばワンチャンまた夢幻界に行けるかもしれないとも期待していたのだが、やはりそれも無理だったようだ。
そんな簡単に行けるのであれば、ゴッちんもわざわざダー子に伝言を頼んだりなんてしなかっただろう。
俺はひとまず洗面所で顔を洗ってから、リビングの扉を開く。
そこにはいつも通りの、誰もいない静かな空間が広がっていた。
一瞬、ダー子の存在を含む昨日の出来事は全て夢だったのでは……という虚無感にも似た感覚を覚えたが、それを否定するかのようにポケットの中のパンティを掴み、現実を噛みしめる。
(……嫌な感覚だったな)
一瞬のこととはいえ、今の感覚は漠然とした不安を感じさせるものだった。
……いや、潜在的な不安を抱えていたからこそ、あんな感覚を覚えたのかもしれない。
いずれにしても何かの兆候という可能性もあるため、不安要素は早々に取り除くべきだろう。
「ダー子、入るぞ」
俺は早速ダー子を起こすべく、寝室の扉を開く。
ベッドの上を見ると、案の定あられもない姿のダー子が幸せそうな寝顔を浮かべていた。
だらしなく投げ出された素足に、下乳が見えるほど捲れ上がったTシャツ……
あまりにも刺激的な光景に、俺は思わず生唾を飲み込む。
このままずっと観察していたい衝動に駆られるが、なんとか5秒ほどで冷静さを取り戻し、ダー子の顔に視点を固定してから声をかける。
「こいつ、滅茶苦茶可愛いな」
(ダー子、朝だ。起きろ)
セリフと心の声が逆になるというフィクションでよくあるやつをやってみたが、ダー子はある程度心が読めるハズなので問題は無いだろう。
「ん~……? あ~、龍ちんだ~、おは~」
ダー子は平常時よりもさらにトロンとした顔で笑顔を浮かべると、そのまま俺に抱きついてきた。
「っ!?」
押し付けられた圧倒的な質量の前に俺の理性が一瞬屈しかけるも、歯を食いしばってギリギリ耐える。
既に腕は抱き返そうと構えられていたので、かなり危ないところであった。
「……ダー子、なんのつもりだ」
「え~? おはようのハグ~?」
「日本にそんな文化はないぞ」
「そうだっけ~?」
「そうだ」
ダー子の一般知識は漫画を含む書籍ベースのようなので、他にもこういった勘違いが発生する恐れがある。
実に恐ろしい。
「ん~、もしかして、嫌だった?」
「いや逆だ。最高に良かった。だがそれゆえに、今後は慎んで欲しい」
「最高に良かったのに、ダメなの?」
「ああ。快楽や幸福は、与えられ続ければ毒になり得るからな。こういうのは、時々あるくらいが丁度いい」
酒でも煙草でも薬でも、依存性のあるものを摂取し続ければ中毒になる可能性が高い。
それは人や環境も一緒で、一度ハマってしまうと依存症や中毒に等しい状態となってしまうのだ。
一度贅沢を覚えてしまうと、質素な生活に戻れなくなるのにも似ているかもしれない。
「ってことは~、時々ならお~け~ってこと?」
「……あ、ああ」
「えへへ~、わ~い♪」
し、しまった……
欲望に負けて、つい了承してしまった。
俺は……、弱い!
「な、何故ハグを許可されて喜ぶんだ?」
「ん~、なんでだろ~」
「わからないのか」
「うん。でも、なんか嬉しかったよ?」
クッ……、チョロインのようなセリフを……!
惚れてまうやろが!
しかし、ここで惚れてしまうのは非常にリスクが高い。
何故ならば、いくら受肉したとはいえダー子の中身がドラゴンであることに変わりはないからだ。
今のところ人間として見ても違和感はないが、感覚や考え方が人間を同じだとは到底思えない。
仮に好意が本物だとしても、それが食欲から生じた感情である可能性だって十分にある。
今更黒歴史を残すことに恐れなどないが、あえて自らトラウマを増やすつもりもない。
仮にトラウマにならなかったとしても、ここで迂闊に流されれば確実に性癖を侵略される自信がある。
そうなれば、俺は将来黒ギャルにしか反応しないオッサンになってしまうだろう。
「むむぅ? 龍ちんの考えていること、凄く読みにくい……」
「フフン、俺も馬鹿ではないからな。ダー子の読心術への対策は既に用意している」
「え~? た、対策~?」
「ああ。恐らくダー子は、シンプルな思考は読めるが複雑な感情や考えまでは読めないんだろう?」
「あ~、うん、そだよ~」
「それさえわかっていれば、対処は簡単ということだ。……どうだ、俺が今何を考えているかわかるか?」
「っ!? お~、ホントだ~! すっごく読みにくいよ~」
やはりな。どうやら俺の予測は正しかったらしい。
フィクションの世界において、心を読む能力というのは比較的ポピュラーな能力だ。
しかし、単純に心を読むといっても色々と種類がある。
そもそも心という存在自体確立された概念ではないため、人によって解釈は様々だろう。
たとえば、心の声が聞こえるというパターンだが、これは要するに文字列や音声として相手の心を読んでいるということだ。
このパターンは割と多くのフィクション作品で登場するが、不特定多数の声が聞こえるためノイローゼになるような描写がされることもあり、それが原因で術者が病んでたりひねくれているケースが多い。
このパターンでも、ただ心で呟いている声を拾うタイプや、深層心理を音声化するタイプなどいくつかタイプがある。
対処法としては心を無にしたり、無意識レベルで違うことを想像するなどが考えられる。
恐らくゴッちんはこのタイプだったので、最初はダー子も同じタイプだと思っていたが、精度の違いや反応からもう一つのタイプとの複合パターンだと予測した。
ちなみにもう一つのタイプとは、感情や心情を読み取るタイプだ。
これも色々とバリエーションがあり、超能力タイプだけでなく共感覚的に読み取る現実的なタイプも存在する。
どうやらダー子の場合は、相手の心情を読み取りつつ、心の声を多少拾える程度の能力のようだ。
シンプルな思考をしているときは心の声が高精度で読み取られていたが、複雑な思考や心理状態だと精度が大きく落ちていたので、まず間違いないだろう。
実際、俺の予想通り複数の感情を意図的に発することで、ダー子の読心術を妨げることに成功した。
「ん~、なんか、色んなこと考えて誤魔化してる感じ~?」
「そういうことだ」
「さすが龍ちん、凄いなぁ~」
相変わらず人をダメにしそうな全肯定感である。
しかし、実際俺は大したことをしていない。
複数の感情を発するというと難しそうに思えるが、想像力や妄想力を働かせれば決して難しくはないのだ。
例えば、「嬉し恥ずかし」みたいな想像や、「悔しい! でも感じちゃう!」みたいな妄想を膨らませるだけなのである。
なんじゃそりゃと思うかもしれないが、恐らくダー子からすれば喜んでいるのか嫌がっているのかよくわからない……という風に感じられるのだろう。
一々思考に複数の感情を仕込むのは面倒だが、年がら年中エロイことを考えている男子高校生であれば容易いことである。
「でも、龍ちんが何かエッチなことを考えているのはわかるよ~」
「必要経費だ。問題無い」
「そ、そうなんだ……」
「それより、大事なことを確認したい」
「ん~?」
変な不安に駆られダー子を起こしに来たが、安心したことで重要案件を思い出した。
「昨日の件、ゴッちんには伝えられたのか?」
果たして、俺の二つ目の願いは叶えられるのだろうか……




