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君が居ない日常

 ピッピッピッピッピ……。


 規則正しい機械の音が聞こえてきた。

 そうか……、俺トラックに……。でも、生きてる。


 起き上がろうにも、身体中が痛くて身動きが取れない。

 可能な限り首を動かすと、周りに色んな機械が置いてあって、そこからいくつもの管が俺につながっていた。

 そして、俺の手を握っている母さんの顔が見えた。


「……朔……哉……」


 母さんの顔が涙でクシャクシャになっていく。

 すげー顔……でも、そんな事言ったらまた喧嘩になりそうだからやめとく。


 なんだか悪い夢を見ていたようだ。

 すごく儚くおぼろげな夢――。

 

 ちがう。


 夢なんかじゃない。

 俺の手にはまだ、彼女のぬくもりが残っている。

 恥ずかしそうに笑う笑顔も、照れたようにほほ笑む姿も、悲しみをこらえ一生懸命に笑った顔も、大粒の涙を流し泣きじゃくる彼女の顔も鮮明に覚えている。

 

 そうだ。


「スマホ……俺のスマホ……」


 彼女とおそろいのスマホケース。

 夢でなければあるはずだ。


 だが、体中が痛くて起き上がるどころか、腕を上げることさえできない。


 そんな俺を見て、母さんは呆れたようにため息をもらした。


「もう、こんな時までスマホだなんて……事故の時に壊れちゃったわよ」


 母さんはそう言うと、床頭台の上に置いてあったスマホを見せてくれた。


 傷だらけで液晶もバキバキに割れていて電源も入らないスマホ。

 でも、ちゃんとあった。

 彼女とお揃いで買ったスマホケース。もうボロボロで原型もとどめていなかったけど、俺が彼女と同じ時を過ごした形跡がわずかだが残っていた。


「ったく、事故にあって意識がなくったってスマホから手を放そうとはしなかったし、ようやく目を覚ましたかと思ったらまたスマホって、スマホ中毒ね。これがいい薬だわ。しばらくは新しいものは買わないわよ」


 そんな母さんの文句を遠くに聞きながら、ぼんやりと外を眺めた。

 窓の外に見える木々は、緑から黄色へと色を変えていた。


「今日って……何月何日?」

「十月七日よ、あんた一週間も眠っていたのよ」


「俺……生きてるよね」


「当たり前でしょ。死んでたらこんなとこに居ないわよ。大丈夫? まさか記憶が飛んでるなんてことないわよね。あんた自分の名前わかる?  私が誰だかわかる?」


 俺の顔を除いた母さんの目は真っ赤に腫れていた。


 もう、誰の泣き顔も見たくない。


「……クソ……ババアって言って……ごめ……ん」


 口にするのは恥ずかしかったけど、言える時にちゃんと言わないと後悔するから。


 母さんはさらに顔をクシャクシャにした。

 泣いているのか笑っているのかも分からない顔で、母さんは何度も、うんうんって頷いた。


 そうか……俺、元の世界に戻ってきたんだ。



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