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君からのメッセージ

 公園のベンチにひとり座っていた。

 警官に追われて彼女と一緒に来た公園だ。

 隣に彼女がいないってだけで、見える景色が全く違った。


 彼女は無事だっただろうか。

 元気になっただろうか。

 こんなに気になるなら、一緒について行けばよかった。


 でも俺は、この世界からしたら異物でしかない。

 俺を受け入れようとすれば、彼女の身が危うくなる。

 だから、もう彼女と一緒に居ることはできない。

 彼女には会えない。


 それなのに、頭の中は彼女の事でいっぱいだった。

 彼女の泣き顔が頭から離れない。


『私からこれ以上朔哉くんを奪わないで……』


 そう言った彼女の言葉が耳から離れない。


 彼女から朔哉を奪った俺は何者なんだろう。

 何のために俺はこの世界の来たのか。

 

 いたずらに彼女を傷つけ悲しませただけじゃないか。


 シンと静まり返った公園に、乾いた機械の音が響いた。


 聞き覚えのある着信音。けれど、この世に居ないはずの俺のスマホに着信音が鳴るのが不思議だった。


 青白い光に照らされた画面に出ていたのは、彼女からのメッセージ。


 慌ててアプリを開く。


 すると、驚いたことに未読のメッセージが百件以上も入っていた。

 全部彼女からのものだ。


 彼女とのやり取りが始まった頃まで遡ってみた。


 メッセージは『こんにちは』という短い挨拶から始まる。

 それから体の調子の話はもちろんだけど、天気の話やその日にあった出来事を送りあっている。

 最初はぎこちないやり取りだったけど、家族の愚痴とかちょっとした不満とかだったり、次第に打ち解けていくのがわかった。


 『俺』が一方的にメッセージを送っている時期もあった。

 きっと彼女の具合が悪くなったんだろう。

 それでも『俺』はメッセージを送り続け、時々『ありがとう』とか『うれしい』とか短いけど、返事が来るとホッとした。

 短い言葉だったけど、彼女と繋がっていることが嬉しくて仕方ないっていうのが、読んでて伝わってきた。


「俺、めっちゃ彼女に惚れてるじゃん……」


 スマホの画面にポタンと雫が落ちた。

 画面が滲んでメッセージが読めなくなってようやく、自分が泣いていることに気付いた。


 グイっと袖で涙を拭って、再び画面に視線を落とす。

 彼女と俺のメッセージが交互に続いていたのに、何の前触れもなく俺からのメッセージが途絶えた。

 それまで彼女が読んでいなくてもメッセージを毎日送り続けていたのに、夕日を映した写真を送ったのを最後に、プッツリと俺からの送信は途絶えた。


 俺がこの世から居なくなったからだ。


 それでも彼女はメッセージを送り続けてくれていた。

 読まれないと分かっていても……。


 ベッドから起き上がれるようになったこと、病室を出て中庭を散歩したこと。


 そして、やっと退院できたこと。


 久しぶりに行く学校への不安、初めて友だちと行ったカフェの事とか楽し気に書かれていた。


 でも、いつもメッセージの最後には『会いたい』と書かれていた。


 ようやく昨日までのメッセージまで読み終えた。


 さっき送られてきたメッセージ。

 読むのが怖かった。


 きっと俺のことを恨んでいるだろう。

 嫌われてしまっただろうか――って、ったく、俺はこの期に及んで何を考えてるんだ!


 俺のことなんか忘れたほうがいいに決まってる。


 忘れてほしい。辛い記憶のすべてを――。


 そう思いながら恐る恐る、最後のメッセージに目を通す。


『今日は、ありがとう。すごく楽しかった』


 ひどいことをしたにもかかわらず、感謝の言葉から始まった。

 俺は口を手で押えた。


『せっかくのデートを私のせいで台無しにしてしまってごめんなさい。でももう元気になったので安心してね。心配かけて、ウソついてごめんなさい。朔哉くんと居る時間はとっても楽しかった。今まで生きてきた中で、一番楽しい日だったよ。『元気になったらデートしよ』ってプレゼントしてくれたパーカー。ずっと着れずにしまったままだったけど、今日着ることができて、すごくうれしかった。ありがとう。でも夕日がきれいに見えるっていう公園で一緒に夕日を見れなかったのが、心残りかな。じゃ、またね』


 押さえていても、口から嗚咽が漏れた。

じゃあ、またねって、次がない事を一番知っているのは彼女なのに……。


 あんな風に別れたくなかった。

 ……って、どんな別れ方が出来たんだよ。

 笑顔で『じゃあね』って別れられるとでも思ったか? 


 どうしても着たかった服……あれは、『俺』がプレゼントした服だったんだ。

 捨てずに持っていてくれたんだ。

 でもその服が彼女を縛り付けている枷の一つになっていたんだ。


 しかも、夕日が見える公園って……まさにここだ。

 最後に送った写真の夕日は、ここから見える風景と一緒だった。


 ちょうど夕日が空を赤く染めていた。

 

 スクロールして画面を戻すと、『今度一緒に見たいな』って彼女から返事が来ていた。

 

 この夕日を一緒に見たくて、彼女は具合が悪いのを我慢してたんだ。


 あ~、もう! 何やってんだよ、俺。


 メッセージのやり取りをしていたのは俺じゃないけど、そんなこと言い訳にしたくない。

 ガンッと座っていた椅子を殴った。


 命すら危険にさらし、彼女の笑顔も守ることが出来なかった。


 俺は何をしにこの世界に来たんだろう――。


 これ以上公園で夕日を見ていたくなくて公園を出たけど、行く当てもなくて俺はトボトボと歩いていた。


「キャーーーーーーッ」


 女性の悲鳴が響いた。


 声がした方を見ると、反対側の歩道から小さな男の子がボールを追って飛び出していた。

 すぐそばにトラックが迫っている。


 身体が勝手に動いていた。


 男の子を守ろうと道路へ飛び出していた。

 トラックの急ブレーキと女性の悲鳴が重なる。


 不思議と痛みは感じなかった。

 それに周りの音も、何も聞こえない。

 体が重くて指を一本動かすのも億劫だ。

 何もかもがどうでもよく思える。


 次第に意識が闇に飲まれていく。

 

 薄れゆく意識の中で、泣きながら男の子を抱える母親らしい人の姿が見えた。


 ……良かった……無事で……。


 そう思ったところで、プツンと意識が途絶えた。



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